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52.幸せな時間

 温泉到着から一夜明け、怠惰な午前中を満喫した面々は、午後からそれぞれ出掛けることにしました。姉御と大福ねずみは山の軽いハイキングコースへ、東村は、来世の嫁がやっているというふもとの方のだんご屋を尋ねるということでした。

「夕方ここに、迎えに来ますよ」

 ハイキングコース入り口で車を降ろされた姉御と大福ねずみは、未来嫁に持っていけ、とケサランパサランを一匹車に放り込みました。幸せのおすそわけです。


 東村が去ると、大福ねずみは大人のスキー用ミトンに押し込まれました。スーパーセンターで買った余分な物の一部は、これを作るためのものだったようです。高さも収まり心地も調整されていて、ちゃんと姉御の服の胸元に固定されるようになっていました。

「これいいね、姉御。あったかい。すごいね~」

褒められた姉御は、照れ臭そうな半笑いで頭を掻いています。

「このぐらいしないと、弱っちいねずみは寒さで死ぬかと思って」

「……そ、そうだよね~」

手先は案外器用なのに、言語のチョイスは不器用でした。


 ハイキングコースの案内板を見ると、迷いそうもない一本道の周回コースで、道の所々に名所が示されています。お目当ての半月の滝も書き込まれていました。

 早速二人は、山道へと繰り出しました。足元は結構ゴツゴツしていて、日陰には雪も少しだけあるようです。山の上の方は真っ白でしたが、中腹にあるハイキングコースには積もっていないようです。


「結構ガタガタ道だね~。姉御、転ばないようにね、オイラのためにも~」

大福ねずみは、姉御の派手な前方転倒で、一発昇天可能な位置取りです。

「う~ん、そうだな」

姉御は立ち止まりました。

 巨大なリュックを背中から降ろし、前方に軽く放り投げると、地面に落下せずにふわふわと浮きました。姉御がそっと上に座ると、リュックはゆっくり動き出しました。リュックの中には、ケサランパサランが詰まっているのです。


「うわ~、便利~! 夢の乗り物だね~」

「だよなー」

ハイキングとしては、反則でした。


 夢の座布団でふわふわと浮きながら、楽に山道を進んで行きます。

 静かでした。

 葉が落ちた木々と、取り残されたような常緑樹の濃い緑。湿った木肌や、岩のしっとりとした暗い色彩。冬独特の暗く厳かな山間。そんな中を、己の足音も、荒い息づかいも無く進んでいると、不思議な気分になりました。


 山に溶けてしまいそうで、自分の存在が確認出来ないような不安に襲われた大福ねずみは、慌てて口を開きました。


「姉御、赤い実がなってるよ~」

「そうだな」

会話が途切れると消えてしまいそうで、続けて口を開きます。


「姉御、花が咲いてる。こんなに寒いのに~」

「ああ、本当だ」

「姉御、あの笹の葉っぱ、すげ~大きいね~」

「そうだな、笹船を作ったら、お前が乗れるかもな」

「姉御、きのこが木に刺さってる」

「あぁ、サルが座るらしいぞ」

「姉御、寒くない~?」

「あぁ」

「姉御~」

「ん?」

「姉御……」

「うん」


 大福ねずみが見上げると、姉御は、嬉しそうな顔をしていました。皆と遊んでいる時よりも穏やかですが、同じようにニッコリしています。大福ねずみは嬉しくなって、同じように静かにニコニコしました。


 大福ねずみが黙ったので、今度は姉御が話し始めました。

「お前はいつもいつも、姉御姉御って、色んなことを教えてくれるなぁ。空が綺麗だとか、庭の花が咲いてるとか。雨が降って来たとか。 一人の時は気に留めなかったことも、お前に教えてもらうとすごいことに思えてさ、毎日楽しいよ」

「オイラはね、姉御に何でも教えたくなっちゃうんだよね~」

「そうか」


 薄い雲から、チラチラと、雪が舞い始めます。戯れにこぼれてきたような雪は、雲間から射す光を受けて、地面に着く前に溶けて消えてしまいそうです。

 道の先の方から、規則的で優しい水音が響いてきました。進む度に、音が大きくなって来ます。

「……ここだ……ここだよ! 姉御、見て!」

「あぁ、滝か」

 ケサランパサランリュックが止まりました。


 幾つもの岩が連なり、水の道が通っています。山の斜面を下る細い川は流れが速く、あちこちで岩にぶつかり、白く弾けて飛沫を輝かせています。滑らかに隆起する水の塊は高低差がある天然の石積みの上で線を描きながら落下し、次から次へと、滝と呼ばれるものへと変化し続けているのでした。

 

 滝の高さは四メートル程でしょうか。大きくはないけれど、美しい弧を描いて広がる白い帯は、密やかで神々しくさえ感じられました。

「これは、半月の滝だよ。オイラ、知ってるんだ……」

「半月か……本当に、満月を半分にしたみたいだな。真っ白で、青くて、綺麗だ」

姉御はそれっきり黙ると、歩いて滝に近づき、良く見える場所に腰かけました。重みが無くなったリュックからは、ケサランパサランがふわふわと外へ出て来始めたようです。


「ちょっとまった~~! 鑑賞前に、ひと仕事! ケサラン、スコップ持ってきて~~」

突然、空気をぶち壊す現場監督ねずみが叫びました。

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