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18.誰なの?

 ものすごい勢いで玄関が開くと……そこには……二足直立のでかい灰色のねずみが立っていました。

「でかっ! ボスねずみ? 着ぐるみ?」

入り口の幅よりちょっとでかいくらいのボスねずみは、問答無用で部屋に前進してきます。

「ム……ムガ――――」

姉御が、井戸から女が這い出てくるのを目撃したような顔をしています。


 ボスねずみは、ボディをミチミチ言わせながら、力ずくで入り口の突破を図り、両腕が派手に破れて半分もげました。そんな様子を恐ろしげに見守る姉御の様子を見て、大福ねずみはボスねずみの前に立ちはだかりました。

「チェンジ!」

勇ましく叫びましたが、ビッグフットに踏まれかけました。

 姉御は、畳にへたり込んでいます。こんなに怖がっている姉御を見たことがなかった大福ねずみは、ボスねずみに向けて、側転してからの肘攻撃をしかけました。

「スペースローリングエルボ~!」

 動物のジャンプ力は見事でしたが、攻撃はもふもふボディに弾かれました。ネットで見たプロレス技でいつか使ってみたいという思いがありましたが、完全に体格差を見失っていました。


「お兄ちゃんが、遊びに来たよーん」

ボスねずみの中から、男の声が聞こえてきました。

「そういう登場やめろ! 帰れ!」

すぐに姉御が叫び返します。どうやら、中の人に心当たりがあるようです。

「誰だよ、この着ぐるみ~」

「姉御さんの兄です」

急に後ろから声がして大福ねずみが振り向くと、そこには東村が立っていました。

「何でお前がここにいんだよ~」

「実は、姉御さんのお兄さんとは大学時代からの友達なのですよ。大福君の前世を見る件も、お兄さんの紹介でした。今日は、ねずみスーツが重いし運転出来ないから、車で送れと言われましてね」


東村は、大福ねずみの前に座りました。

「最悪だな~」

「最悪です」

 部屋の中央で、兄がもこもことボスねずみを脱ぎ始めました。その様子を横目に、姉御は東村の後ろへ避難します。それを見た大福ねずみが、すかさず姉御の肩に駆け登り、危険そうな人物と距離を取りました。

 ボスねずみがむけると、そこには、新入社員には敷居が高いお洒落なスーツを着こなした男が立っていました。その姿だけ見ると、仕事の出来そうな切れ長の目のいい男です。


兄とは言っても、ぱっちりお目々の姉御とは似ていませんでした。

「スーツがしわになるだろ」

 姉御は突っ込みましたが、いつもの捻りも切れもありませんでした。

「おい、東村! 何でお前も上がりこんでいるんだ」

兄が姉御の突っ込みを無視して、東村の向かいにドッカリと腰を降ろします。

「姉御さんと友達だからですよ。只今、メル友の一つ上に昇格中です」

「お前…俺の知らないうちに。俺の可愛い妹に、手出したら殺すぞ!」

兄が吠えました。

「うるせーうるせーうるせー。兄さんのモノじゃねーし」

ついに、姉御が切れました。

「でさ、お前、あいつと別れたって?」

兄は、姉御の怒りをスルーしました。先程から、あまり人の話を聞いていない様子で、自分だけで、勝手に会話が進行していきます。


「何か、すげーな……兄」

「想像を絶する、俺ルール人間ですよ。お兄さんのまわりでは、胃を痛める者が非常に多いです。ちなみに姉御さんの仮彼氏は同じ大学の知り合いですが、一度胃潰瘍になりました」

大福ねずみのつぶやきに、東村が答えました。

「東村、お前さっきから、誰としゃべってるわけ? 何かいんのか、この部屋」

兄は、キョロキョロ周りを見渡しています。

「このねずみ君と」

東村が、姉御の肩の上の大福ねずみを指さしました。

「あぁ、そう。そいつがしゃべってんのか」

兄の突っ込みはありませんでした。自分で聞いたくせに、東村にも大福ねずみにも、興味が全くない様子です。気の無い返事をしながら、じっと姉御を見つめています。誰に目をやろうともすぐに視線は姉御の方へ戻し、見えるもの全てから情報を得て、姉御の近況全てを分析している感じです。舐めるように見ています。その視線に気付いて、姉御の顔が般若になりました。


「別れるも何も、付き合ってた記憶がない」

「だろーなー」

怒りながらも大分前の質問に律儀に答えた般若を見て、兄は軽い調子で返事をすると、大声で笑い出しました。

「だってさーあいつにさ、お前、妹と付き合ってるんだって? 妹に聞いたよって言ったら本気にしちゃってさー。僕たち付き合ってたんだーとか言っちゃって。放置したら、一年も経っちゃった。あははははは」


 姉御と大福ねずみを本気のケンカにまで発展させた謎は、全て解けました。インテリもやしは、被害者でした。むしろ、薄々気が付いていた以上にインテリは見た目だけのもので、賢さは皆無のようです。

 姉御の般若化は一段階レベルアップしたようで、なぜか軽く笑っていました。しかし、笑いながら人を切る、ヒールでサイコな殺人者を連想させるものです。大福ねずみは巻き添えをくわないように、慌てて姉御の肩から降りました。

「……何でそんなことしたんだよ」

姉御の殺気にひるまない兄は、全く場に馴染まない、ちょっといじけたような顔をして見せました。

「だってさー、お前は、お兄ちゃんの恋人にはなってくれないだろ。だから、どこぞの馬の骨に持っていかれるより、俺の圧力が効く相手を彼氏にしといた方が安心かなって思いついて。俺の許可なしに妹に触ったら殺すよって言ったら、ちゃんと言う事聞く相手」


 大福ねずみと姉御の時間が止まりました。危険すぎる発言は理解不能で、思考が付いて行けません。

「重度のシスコン患者です」

東村が、のん気にお茶をすすりました。

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