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第89章、眞知と月を見上げる話

便秘がひどいのでデートしてくださいと眞知に言われた俺。眞知は、自分は文字通り「くそヒロイン」ですねと言うのですが……

「かっこ悪くないですよ。『くそヒロイン』、俺にとっては最高にすてきです」

「いくらなんでも、すてきはないでしょ。ジラ、それってお世辞になってませんよ」

「いや、ほんとですよ。俺、眞知が俺のことを頼ってくれている気がして、うれしかったです。あの、お尻、痛くないですか?」

「実を言うとちょっぴり痛いです。きれないように、きれないように、慎重に出したものだから、時間がかかってしまって、すみません」

「よかった。待っている間、ちょっと心配してたんです」

「すみません。さっき、嫉妬の話、したでしょう? 私、大大地高の美少女達がうらやましいのは、こんな便秘に悩まされていないだろうな、ということもあるんです。美しさや賢さで勝てないのは、まあ、しょうがないとしても、ジラの前で、私だけ、こんなかっこ悪いというのが、もうやだ、って感じです。みんな、ずるいです」

 うーむ……気持ちはわかる……と答えるべきなのか?

「ええと、美少女達のトイレ事情は俺にはわかりませんが、苦労してる人もいるかもしれませんよ」

「いいんです。那加の言いつけを守って、私、嫉妬しないことにしたんです。それに……」

 眞知は、手を伸ばして、もう一度、テーブルの上の俺の手の上に手を重ねる。

「こうやって、ジラと二人きりで会えているんですもの。嫉妬で自分を苦しめるのはもったいないですよね。と言っても、嫉妬も、便秘と同じで自分ではどうしようもない部分もありますよね……でも、便秘も解消したし、ハッピーです、今は」

「耳が痛いです。俺も嫉妬ばかりの人間なので……」

 こんなふうに、俺も、自分をさらけ出してしまえればなと思う。俺は、実は、那加の忠実な奴隷に過ぎないんですと、笑って話したら、眞知は何ていうだろう。

 でも、今はそんなことを考えたくなかった。眞知とこうして向かい合って話しているのはとても楽しい。眞知と話していると、俺が本当に「すてきな人」であるかのようにさえ、思えてきてしまう。

 なんてあったかいんだろう、眞知は、と思う。話しているだけで、心がほかほかになる。自分を作らなくていい感じ、何もかも許されている感じと言ったらいいのだろうか。眞知には、何か人を包み込むようなあったかさがある。そう言えば、「那加は、しょっちゅう、私のひざに頭を乗せて甘えてくるんですよ」と眞知が言っていた。那加のその気持ちがわかるって言ったら、俺は少し変か?

 はじめて話してからまだ半年、会ったのは数えるほどなのに、眞知が、俺の一方的な片思いの相手ではなく、何かとても近しい存在として心の中にいるような気がした。

 眞知はイラストを見せてくれた。

 俺の物語の挿絵だ。俺の物語の主人公、アイラの絵だ。水浴びするうしろ姿だが、何も身にまとっていない。振り向いてこちらを見ている。

「部誌にヌードはちょっと問題ありですか?」

「いや、すてきです。このぐらいなら、大丈夫かと……」

 本当にすてきだった。色合いといい曲線の美しさといい、イラストというより写真に近いぐらい精緻に書いてあるのに、写真のように死んではいない。今にもスケッチブックから抜け出しそうだ。腕や髪から落ちようとしているしずくの音が聞こえそうなぐらいだ。大人になりかけの美少女の体の美しさは息をのむくらいだ。顔が眞知にちょっと似ているので、なおさら、俺は胸がどきどきした。

「もっと大胆に描きたかったんですけど。ちょっと控えめにしました」

 俺はもう一度眺める。最近はヌードに縁があるなと思う。ま、ヴィーナス先輩を見習って、ヌードシーンを小説に入れたのは俺の趣味なんですが。深い森に囲まれた湖の浅瀬に、後ろ姿で立っている。逆光で体の縁だけが金色に輝いている。振り向いた乳房のふくらみの先に太陽があって、乳首は輝きの中に消えている。

「これだけ美しければ、きっと先生も許してくれると思います」

 那加も相当に絵はうまいが、画才だけは眞知の方が上かもと思う。

「この絵、私がモデルです」

 俺は、びっくりして眞知を見る。

「って、嘘ですよ。私、こんなに奇麗じゃありません?」

 眞知がいたずらっぽく笑う。「ポーズ集というのがあって、それをもとに描いたんです。那加に言わせると、私はやせすぎですって……那加の方がもっとやせていると思うんですけど……」

「それは那加がからかってるんですよ。眞知はプロポーションも美しいです」

「ありがとうございます。本気にとっておきますね」

 バリバリの本気です。初めての出会いから半年たって、一層、女性らしい体つきになったような気がする。確かに、少しやせ気味ではあるかもしれないが。

「絶対美少女のプロポーションは、完璧なんですってね。那加が、感心してました。陸上のユニフォームって、並の水着より体の線が出ていて、胸がキュンキュンした、って那加が言ってましたよ。きついユニフォームを着せたのはジラの陰謀に違いないって」

「いや、そんなとんでもない」

「でも、一番、胸が大きいのは、さーちゃんなんですってね」

「え、そうなんですか」

「男の人って比べたりしないんですか」

「比べませんよ。比べようもないし」

「去年、水泳の授業あったでしょう?」

「ありましたけど……俺なんかが女の子をじろじろ見ていたら、なんと言われるか……」

「うふふ、まじめですね。ヴィーナス先輩の裸ものぞかなかったんだよ、って那加が言ってました。ジラらしいです。オーディションには水着審査はないんですか?」

「まさか。そんなことしたら学校に生徒会活動を止められちゃいますよ」

「そうでもないと思いますけど……じゃあ、何をやるんですか。自己アピールと、演技なんですか?」

「そうです。ミニ演技です」

「ジラの手をとって愛の告白をするんですって?……うふふ、ジラがうらやましいです。私も美少女達に愛の告白をされてみたいな」

「あは、そうですね。おいしい役ですよね。もうしわけありません」

「ううん。ジラはそれだけの働きをしていると思いますよ。美少女たちがそろって、心を込めて、愛の告白をしてくれるなんて……ジラ、も・て・す・ぎです」

「現実の世界では全くもてないので……ええ、俺にとっては、夢のような世界だと思いますよ。自分で言い出しておいて、こんなこと言うのもなんですが」

 実際は、那加の命令なのだが、それを言うわけにはいかない。俺を最初から指名してくれたことは、俺にとっては確かにうれしい。本来の俺にとっては高根の花である美少女達から、演技とはいえ愛の告白をされるのだから。那加が俺にくれた最後の夢なのかもしれない。

「現実の世界でもジラはすてきですよ。少なくとも、私はそう思います」

「ありがとうございます」

 眞知といると、なぜか、話がはずむ。三〇分のはずが一時間近くなってしまって、喫茶店を出ると、もう夕方だった。日は沈んだばかりらしく、大地市の西の丘に細い三日月と金色の星がかかっていた。

「金星と月が並んで、きれいですね。月がウィンクしてるみたい」

 西の空がよく見えるように、眞知が喫茶店のわきの小道に入るので俺もついて行く。

「金星ってヴィーナスっていうんですよね」

「ああ、そうですね」

 空を見上げて並んでいると、眞知が俺の手の中に小さい手を滑り込ませる。人気のない小道には誰もいない。ちょっとドキドキしながら、俺も軽く握り返す。俺の胸の中にあったかいものが広がる気がした。

 俺が眞知をみると、眞知も俺を見つめていた。うるんだような瞳が美しい。吸いこまれそうだ。かわいい鼻と柔らかそうな唇。なんて美しい人なんだろうと思った。

「ああ、俺、この人が好きだ」と思った。抱きしめたくなった。

 抱きしめて「あなたが好きです」と言ってしまおうかと思った。

「今日、会えてよかったです」

 眞知はすぐ近くで俺を見つめた。あと30センチ首を傾ければ、キスができそうなくらいだった。眞知の美しさに、俺はめまいがするほどだった。眞知もまた、俺の告白を待っていてくれるような気がした。胸の鼓動が早くなるのを感じる。

 俺は眞知に正面から向き直り、眞知の手を握っていた手を、腕の上に滑らせて肩のあたりまで上げた。もう一方の手も反対側の二の腕をつかんだ。服の上から眞知の腕の柔らかい感触を感じる。眞知が、少し驚いたように目を見開いて、俺を見つめる……。


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