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第88章 眞知が嫉妬する話

友部のバスケ対決は引き分けに終わりました。しかし、俺は、奴隷になる前のぼっちの俺には考えられなかった、みんなとの一体感を感じることができたのだった。

「ずるいです!」

 向かい合って座るなりに、眞知が言う。作夜、珍しく電話をくれて、三〇分でいいから会いたいと言ってきたのだ。

 その日は土曜日で、課外が終わってから、生徒会でオーディションの打ち合わせをしたあと、急いで待ち合わせした喫茶店に行く。ちょうど入り口で出会った。

 大大地氏は古い町なので、昔風の喫茶店がいくつも残っている。クラシックな古い板張りの壁に、抽象画のような地味な版画がかかっている。テーブルも板が厚くて高級なんだろうが、黒ずんだ感じの、古そうな代物だ。

「私も、オーディションに出たかったです。ジラの恋人の役、やりたかったです」

 久しぶりに会うと、その美しさに思わず見とれてしまう。夢見るような瞳、ほっそりした鼻、柔らかそうな清楚な唇、何をとっても完璧だ。友部も完璧だが、完璧にもいろいろな形があるなと思う。そして、かわいい声だ。那加とまったく同じ声なのだが、しゃべり方でとてもかわいく聞こえる。

「那加に『立候補してよ』って、言ったんですよ。劇の練習と本番だけは、私がこっそり入れ替わってやるからって……私たち、声がそっくりだから、絶対、ばれないよって言ったんです。指のほくろも同じだし」

「あ、なるほど」

 つまり、劇の部分だけ入れ替わるってわけか。確かに、不可能じゃないかもしれないが……

 グレープフルーツジュースが届いて、ストローをくわえながら眞知が言う。

「那加はダメだっていうんですよ。『だって、私がオーディションに出たとして、誰が私に投票するの?』って。『一票も入らないよ』ですって」

 まあ、そうか。那加の本当のすごさを知っているのは、俺だけだろうし、マスクを取れば、その美しさ(って、俺も見たことはないが)で、それなりに票は集まるだろうが、マスクを取るはずもない。

「『だったら、オーディションだけでも出させて』って言ったんです。だって、私がジラと会っていたこと、実は那加だっていうことになってるんでしょ?」

「いや、それは、そんなに広まってないと思いますよ」

「那加のふりをして、オーディションでマスクをとってみんなを唖然とさせるんです。いろいろアピールして、セリフも言うんでしょう? 『ロミオ様、心から愛してます』って。私、誰よりも心をこめて言いますよ」

「えーと、そう言われても、生徒会長としては『他校生はダメです』としか言えないんですけど……どっちにしても、もう受け付けは終わってしまったので」

「那加が、いろいろ話してくれるの聞いてると、すごいうらやましくなっちゃって……私も、絶対美少女や、みなみんや、さーちゃんや、ヴィーナス先輩に会って、同じ仲間になりたいです。みんな、オーディションを楽しんでいるみたいですね。みんなが一つになって、すごく仲良しっていう感じ。私もその輪に入れたらなあって思います。」

 確かに、言われてみれば、このオーディション、みんなが楽しんでいるような気がする。ぼっちの俺でさえ、昨日はみんなの一員になれたみたいでうれしかった。那加はここまで計算していたのだろうか?

「みんな、外見だけでなく、心も美しい人ばかりみたいですね。いいなあ。みんなに会いたい。本物の美少女たちに会いたいです。お友だちになりたい。那加は、みんなに恋してるんですって。私も、那加みたいに、みんなに恋したい。みんな、素敵な人ばかりで、みんな、ジラが大好きなんでしょう? いけませんよ。ジラ、も・て・す・ぎ・です」

「いやいや、そんなことは」

 いったい那加はどんな話をしているんだ? 俺を、あいかわらず、皆に人気のイケメンに仕立ててくれているのか? 

「それは、那加が、眞知をからかってるだけですよ」

「私も、みんなと一緒にジラのそばにいたい、うらやましいって言ったら、那加が嫉妬はダメっていうんです。『ダメだよ、眞知は、嫉妬なんかしないから、美しいんだから』ですって……。『嫉妬ならかわりに私がいっぱいしてあげるから』なんていうんですよ」

「眞知でも嫉妬なんてするんですか」

「うふふ。那加が私のこと美化して話してくれてるんでしょ。ほんとのわたしを知ったら、ジラに幻滅されちゃいそうだな。私、あまり人を羨ましがるってことなかったんですけど、那加に大大地高の話を聞いてると、みんなの仲間になりたいなあって、思ってしまいます。次は、みなみんと絶対美少女の対決なんでしょ。この眼で見たいなあ。この気持ち、嫉妬っていうんですか?」

「那加のふりをして紛れ込みますか?」

「私、お願いしてみたんです。そしたら、『だめよ。私だって見たいもの』ですって。別に那加のふりをしなくても、大大地高の制服さえあれば紛れ込めると思うんですけど……フフフ、チャレンジしてみようかな」

「ああ、なるほど。いい考えかも知れませんね」

「あ、なんか……」

 眞知がジュースをテーブルに置いた。俺の方に顔を近づけて小声で言う。息が頬をくすぐって、俺はちょっとドキドキする。

「出そうです。ちょっとトイレ行ってきますね。長くなるかもしれないけど」


 眞知がいなくなった席を見つめながら、俺はホットミルクをすする。

「便秘がひどいんです」と昨夜の電話で言っていた。「おなかが張って苦しいんです。那加に相談したら、『ジラとデートしたら?』 って」

「俺と?」

「なぜか、ジラと会うと出るんです。ほら、初めてのデートの時、ジラのこと待たせちゃったでしょう。あの時も、久しぶりに出たんです。桜を見に行った時も、返ってきたら、たまっていたうんちがいっぱい出て、すっきりって感じだったんです。なんか、ジラに会うと、便秘が解消するんです」

「あ……は、そうなんですか」

「それで、三〇分だけでいいですから、明日、会ってください。助けると思って、お願いします」

 うーん、会いたいと思ってもらえるのはうれしいんだけど、そして、眞知に会えるのは、俺にとって何よりの楽しみなんだけど、便秘解消のためだと言われるのはちょっと……と考えて、俺、うれしいかも、と思う。

 もともと眞知とデートすることを目標に奴隷になって、夢がかなってデートして、俺はうれしかった。眞知がまるですてきな想い人に会うように、俺に接してくれるのもうれしかったが、そんなふうに接してもらうと、かえって後ろめたくもあった。それは、眞知が、那加の言葉をうのみにして、俺のことを誤解しているからだということを、思い知らされるような気がして……でも、もし、便秘の解消のために俺に会いたい、と言ってくれるなら、それは、那加の作った虚像に会いに来たのではなく、俺自身に会いに来たことになる。

 俺は、女の子にもてたことはないが、いい人だと言われたことはある。無害だし、嘘をつかないから、どうでも「いい人」であり、都合の「いい人」でもある。いいように使われて、さほど文句も言わないできたから、中学時代の同級生たちは、青柳をのぞいては、俺のことを「いい人」だとは思っても、たいして覚えていないに違いない。でも、その存在のゆるさが、眞知をリラックスさせているのかもしれない。生まれた場所から遠く離れた土地で、おばあさんと那加と三人で暮らしているのだから、自分では平気なつもりでも、相当、緊張を強いられているんだろう。そういう意味で、俺が彼女をリラックスさせる効果があるのだとしたらうれしい。とにかく、それは作られた虚像の俺ではなく、本物の俺だから。

 考えてみると、何となく眞知とは話が合うのかな、と思ってみたりする。最初こそ、眞知の美しさに緊張したが、すぐに打ち解けて、何だか俺もリラックスして楽しく話ができている。


 眞知の空いた席を見ながら、そんなことを考えていると、眞知が戻ってきた。

 案外早い。でも、はじけそうなくらいにこにこしている。

 テーブル越しに手を伸ばして俺の手をとった。やっぱり、那加と違って柔らかい手だ。小声で言う。

「大成功。たっぷり出ちゃいました。ジラのおかげです。ありがとうございます」

「あ、あの、よかったです。えーと……」

 俺は言葉に詰まる。こういう話題って、なんかつなぎにくいぞ。俺のおかげってほんとかな。とにかくほんとにしておくことにするか。

「役に立てたら嬉しいです」

「私、ラノベだったら、ヒロイン失格ですね。三〇分しか会えないのに、そのうち十五分もトイレで踏ん張ってるヒロインなんて、ありえないですよね。かっこ悪すぎです。文字通り『くそヒロイン』です」


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