第58章 運命のテスト4
笠間は一緒に雪だるまを作りながら、酒出は俺のファンだよと言うのだった。
「そんなことないよ。みなみんは、少なくとも、鯨岡生徒会長の熱烈なファンだよ。ジラはすごい、って、ジラの評判がいいことを自分のことのように喜んでいるもの」
「そうだったら、うれしいですけど」
と、一応は言っておく。俺の評判はすべて那加の奴隷のやったことへの評価だ。俺自身のものではない。そして、それを言うなら、笠間がこんなに親身になって応援してくれるのも、かつて、俺が那加の奴隷として行動したせいだ。だから、酒出や笠間が俺を評価していてくれることも、親身になってくれることも、うれしいと同じだけ悲しい。それは、本当の俺自身を知らないというだけのこと、だからだ。俺の評判も、人気も、那加の作った張りぼてにすぎないことを、俺(と那加)だけが知っている。
ただ、それにしても、とも、思う。こんなにひそひそと俺と恋バナをしてくれる仲間を得られたのは、「那加の命令に従って」ではあっても、俺自身が行動した結果であることは間違いない。俺自身のやったことが周囲に認められたのだから、それはすべて、俺が初めから自分の意思でやろうと思えばできたはずのことだ。もし、それが出来ていれば、評価はすべて俺自身のものだった。だから、俺は誰に何も言われずとも、初めからそうしていればよかったはずなのだ。何より、自分自身のために。
俺が、いつも誰にも相手にされない「ダメなやつ」だったのは、何でも最初からあきらめて、どうせ俺なんか、と自分を嘆くだけで、何の努力もしてこなかったせいだということが、改めて考えると、身に沁みるようにわかる。こんな俺にだって、やろうと思えばできる事がこんなにある、場合によっては人気者にだってなれるということを、結果的に那加は教えてくれたことになる。もちろん、那加の神のような采配は、俺がやろうと思って出来ることではないが……
「何言ってるの、事実よ。とても評判がいいよ。マラソン大会もかっこよかったし……もっと自信をもってよ」
「はあ、ありがとうございます」
酒出が返ってきた。ずいぶん時間がかかったな。少し赤い顔をしている。なにかあったのかな。
「ごめん。悪いんだけど、用ができたというか、今日は抜けさせてもらうね」
「どうしたの? 何かあったの」と笠間がきく。
「何かっていうわけじゃないんだけど。テスト期間中でしょ、毎日、大宮先輩に勉強、教えてもらう約束になってるの。さっき、向こうで会って、『今日はどうしたの?』って言われちゃって……終わったらすぐ行くつもりだったんだけど、あんまり待たせると悪いから……ごめん。抜けるわ。ジラも、ごめんね」
酒出は申し訳なさそうに両手を合わせる。
「そっか、約束じゃしょうがないよね。こっちも、結構、地面も見えたし、そろそろ終わりにしていいと思うし、大丈夫だよ。心配しないで」
「ありがとう」
酒出は駆けて行ってしまった。俺はその姿を見送りながら、もしかして、さっきの転倒劇を見てたのかな、などと考える。俺がわざと酒出を巻き込んで転んだように思ったのかもしれない。「ジラは、そんなことしないよ」「お前はそう思いたいだろうけど、俺には分かる」などという会話が頭に浮かんだ。まあ、まったくの妄想かもしれないが、酒出の顔が、少し赤かったような気もしたのは、そのせいかも……などと思ったりする。だとしたら、悪いことをしたかもしれないな。あの時、差し出された手がうれしくて、俺らしくもなく、元気に勢いをつけて立ち上がってしまったからな……ま、今となっては、たとえそうだとしても、どうしようもない。おそらく、俺の考えすぎだろうし……
グラウンドの隅にずらっと並んだ雪だるまに、思い思いの顔をつけて、みんなで大笑いしたあと、解散した。
「ありがと、ジラ。おかげで、あさってから練習できそうだよ」
最後に笠間が俺にハイタッチして、そう言った。
「俺のほうこそ、ありがと」
親身になって心配してくれて、と心の中で付け加える。
たぶん、俺の心の声が伝わったのだろう。
「なんかあったらいつでも相談してね」
笠間は、最後に、そう俺の耳元でささやいてから、みんなのほうへ駆けて行った。
愉快な雪だるまたちは、俺の教室からもよく見えて、残りの二日間、試験を受ける俺を応援してくれているようにも感じられた。
残りの二日間の試験は、どれも那加の予想問題の範囲の問題だったので、かなりよくできた。しかし、それは最大のライバルである友部にとっては「易しい」問題であることを意味する。あとは、どちらがどれだけケアレスミスをしないですませられるかという勝負だ。そういう意味での友部の完璧さは、那加以上だ。厳しいかな、とは思ったが、もうできる事はない。あとはテストが返ってくるのを待つだけだ。
最後のテストが終わって帰ろうとしているところへ友部が来た。
「ジラ、これからあなたの家に行くわ。道案内して」というのでびっくりする。
「え、今からですか? ほんとに?」
「何、びっくりしてるのよ。妹さんから何も聞いてないの?」
え、聞いてないぞ、と思ったとき、朝、妹が何だかわからないことを言っていたのを思い出した。「おにいちゃん、失礼のないようにね」というので、「何のこと?」と聞いたら「学校へ行けばわかるから」というので、それきり忘れていた。こういうことか。
実は、妹は、大大地フェスティバルにやってきたとき、俺と友部が一緒に歩いているのを見つけると、友部に抱きつくように絡みついて、「家に遊びに来て」とねだっていたのだ。いつの間にか、今日という約束ができていたらしい。確か、今日は妹の中学校は創立記念日か何かで休みだった。友部もテストの最終日でちょうどいいということなのだろう。妹は朝からクッキーでも焼いているのかもしれない。
「そうでした。妹がわがままばかり言って、すみません」
「何、言ってるの。妹ができたみたいで、私、すごくうれしいの。ジラ、あなたとのデートはうんざりだったけど、静ちゃんに合わせてくれたことだけはほんとに感謝よ。私、ひとりっこでしょ、ずっと妹が欲しかったの。あんなかわいい妹がいるジラがうらやましいわ」
さて、人にうらやましがられることなんて全くない俺だが、妹がいることだけは、時々、うらやましがられる。
妹の静は、知らない人が見たら誰も俺の妹だとは信じられないほど、俺には似ていない。まず、とてもかわいい。ポニーテールがよく似合う、いかにも活発そうな美少女だ。そして、見かけ通りに社交的で物怖じしない性格だ。友だちもいっぱいいるし、何にでも前向きだ。まあ、俺とは対極の1流グループの一人だ。みんながうらやましがるのはわかる。
しかし、生まれた時から一緒にいる大切な家族として、その存在をありがたいとは思うが、妹がいてよかったと思うことはあまりない。まあ、いるのがあたりまえすぎて、父や母と同様、ありがたみを感じないという部分はあるだろうが、うらやましがれても、え、そうなの? という以上のことはない。
誰とでも仲のいい友部だが、完璧すぎるせいか、近寄りがたい印象を与えるのかもしれない。特定の親友というのはいない印象だ。案外、淋しかったりするのかもしれない。妹は、友部に夢中で、時々メールを交わしたりしているようだ。本当に妹が出来たような気がして、友部もうれしいのかもしれない。
「じゃ、行きましょう」
俺の自転車に、友部の自転車がついてくる。俺は、時々振り返る。友部の自転車はおんぼろと言ってもいいほど古そうだ。友部のような天下の美少女が乗るには、まったくふさわしくない。キーキー音を立てている。




