第52章 大大地フェスティバルが終わる話
大大地フェスティバルの最中、心配していた雨がついに降り出した。
2時間後、俺は、本部のテントの中で、糸を引くように降り続ける雨にかすむ広場を見つめていた。
「あと1時間、もってくれるとよかったんだがな」と、後ろで、赤塚先輩が言うのが聞こえた。
「十分、十分、うちのクラスなんか、もう、最初の2時間で、ほとんど売れてしまってたみたいよ」と多賀先輩の声。
パシャパシャと足音がして、後台先輩の声が聞こえた。
「わあ、ひどい雨になっちゃったね。売れ残りのジュース持って来たよ。みんなで飲もう。ジラ会長も、こっちおいでよ」
振り向くと、生徒会役員たちは、みんな長机を囲んで座っている。後台先輩の髪からはまだ雨粒が滴っていた。
「撤収は、ほぼ、無事に終わったよ。さすが、透子の危機管理計画は完璧ね」
「まあ、今日は、最初から、雨覚悟で準備してましたからね」
「あとは、テントと特設ステージだけど、この雨じゃ当分は無理だから、明日か明後日だな。われわれも引き上げるか」
「その前に、せっかく、ジュース持って来たから、みんなで飲まない? 地元特産の高級ブドウジュースよ」
紙コップが配られて、紫色の美しい液体が注がれる。いい香りだ。
「いい匂いだな」
赤塚先輩が、コップを手に取る。
「じゃあ、大大地フェスティバルの成功を祝って乾杯しよう。みんな、ジュースをもって」
赤塚先輩に続いて、みんな立ち上がる。
「まずは、この計画の立案者でもあり、実にうまいアイディアとリーダーシップで計画を成功に導いた鯨岡生徒会長の功績をたたえて、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
みんな、俺の紙コップに自分の紙コップをぶつけてくれる。みんな、とてもうれしそうだ。俺は、ちょっと胸が詰まって「ありがとうございます」と頭をさげるのがやっとだった。
「それから、私からは、友部透子副会長に乾杯」
といったのは多賀先輩だ。
「今回の、雨のときの撤退計画を2種類も作ってくれて、準備万端で臨んだからこそ、こんなにスムーズに、混乱もなく、撤退できたんですもの。このスムーズな撤退がなかったら、成功とは言えなかったわ。今回の成功のもう一人の立役者は、絶対、友部透子副会長よ。その素晴らしい働きに乾杯」
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
みんな、紙コップを友部に差し出す。俺も友部の紙コップに、自分のをそっと押し付ける。
友部は、少し恥ずかしそうだ。珍しく頬を赤くしている。
「そんな、そんな。この成功はすべて先輩たちが支えてくれたおかげです。ありがとうございます」
「私も、ひとこと、いいですか」
内原先輩が珍しく身を乗り出した。
「今回は、会計がすごく大変だったんですけど、高萩君のコンピューター処理能力はすごかったですよ。お金の管理なんて、目立たなくて地味な仕事ですけど、それがちゃんとしてないと、絶対に、成功なんて言えませんよね。だから、私は、ぜひ、高萩君にも乾杯を送りたいんです!」
「そう言えば、マラソン大会の時も、高萩君のコンピューター管理能力にはびっくりしたわ」
というのは多賀先輩py2exe
「だって、休憩所にはいる時と出るときにチェックするだけで、最終順位をたちどころに出しちゃうシステムを構築するなんて、私には想像もつかない」
「じゃあ、マラソン大会も含めて、こんなコンピューターの天才が生徒会に入ってくれたことに感謝して、乾杯」
「乾杯!」
「乾杯!」
高萩は少し恥ずかしそうに笑った。
「ありがとうございます。ぼくにまで気を使ってもらって……先生に誘われて、コンピューターの仕事だけやるって約束で入ったんだけど、こんな気持ちのいい暖かい先輩たちの下で、こんなに楽しく働けるとは思っていませんでした。ぼくからは先輩たち、みんなに、感謝と、やさしさと情熱への尊敬をこめて乾杯を送りたいです」
「俺も」
と口をはさむ。
「いろいろ、勝手なことばかり言っても、いつも快く協力していただいて、本当にありがとうございました。感謝します」
「私からも、乾杯を送らせてください」
と、友部が言う。こういう時の友部の凛とした姿はとても美しい。
「高萩君も言っていましたけど、今回も一緒に働かせてもらって、先輩たちは、ずっと生徒会をやってきて、本当に生徒のため、みんなのためっていうのを真剣に考えている人たちなんだなあって、改めて感心しました。自分のことはいつも後回しで、他の人のことをまず考えるという姿勢に感激しました。こういう立派な人たちもいるんだなあ、って改めて感じて、その一員に入れていただけて、本当によかったなあと、幸せに思います。本当に勉強になりました。これからも、もっともっと、先輩たちから学びたいです。本当にありがとうございます。乾杯です!」
また、紙コップの乾杯が続く。やがて、一段落ついて、みんなが腰を下ろした後、赤塚先輩が、皆に向かってしみじみと言った。
「しかしなあ、ほんと、鯨岡会長にはまいったよ。友部がさっき、俺たちに気を使っていろいろ言ってくれたけど、正直、去年1年間、生徒会役員をやって、俺は何をしてたんだろうって、今は思うよ。去年、最初に立候補した時、みんなの前で、みんなのために働きます、楽しい学校を作ります、って演説したけど――その時も、そのあとも、言葉に嘘はないつもりだよ――でも、何もしなかった。というよりできなかった。こんなふうに、がんばればできる事が、こんなにたくさんあるなんて、想像もしなかった。正直、昔の俺が、大大地フェスティバルの構想を聞かされたら、『そんなの無理に決まってる』って、ひとことでかたづけてたと思う。もし、試してみようと思っても、先生に提案して、無理だ、と言われた時点で諦めていたと思う。だけど、ジラはそれを実現しちゃうんだものなあ。ほんと、ジラはすごいよ。俺、ジラを会長に迎えて、自分が生徒会に入っていてよかったと思ったよ」
「私も」
後台先輩が言った。
「中学校から、生徒会、やってるんだけど、こんなに生徒会活動が楽しかったことはないわ。ジラが来てから、まるで世界が変わったわ」
「私も、奇跡を見てる気分でした」
内原先輩が小さな声で言った。
「会長の発想は、もちろん、すごいと思いますけど、それを実現しちゃうこの生徒会のメンバーって、なんて素晴らしい人たちだろうって思います。私もその一員なんだというのが、とてもうれしかったです」
「私は別として」
多賀先輩が言った。
「この生徒会って、すごいメンバーよね。赤塚君はリーダーシップ抜群のイケメンスポーツマン、後台さんは放送部の美少女エース、内原さんも成績抜群の美少女、透子はそれこそ何でもできちゃう絶対美少女、高萩君はコンピューターの天才、こんなきら星のような集団が、心を一つにして事に当たるんだもの、何でもできちゃうに決まってるよね。そんな集団の中で、鯨岡会長は――会長、怒らないでね――外から見たら、たぶん、私の次くらいに、さえない、大したことのないやつに見えるんじゃない? 普段は、自信なさそうに、おどおどした感じだし、物事をはっきり言わないし、時々、とんでもないうっかりミスをやらかすし……」
「まったく、その通りだよ。なんで、こんなきら星集団に、こんなさえないやつがいるんだって、知らない人が見たら思うよ」
赤塚先輩が断言する。ま、その通り、だと、俺も思いますが。
「だけど、」
多賀先輩は立ち上がって俺の前に来ると俺をまっすぐに見る。
「だけど、そのとびっきりさえないやつが、実は、一番、すごい奴なんだな。豊かなアイディアと実行力で、私たちみんなの中心になって、私たちみんなを引っ張って、私たちみんなの心の支えになってくれているんだよね。ジラ、改めて、ありがとう。私たち、みんな、あなたの下で働けてとっても幸せだよ」
「え、そんな……」
それしか言えなかった。急に、涙があふれ出して止まらなくなったからだ。
16年間生きてきて、こんなに温かい言葉をかけられたことはなかった。
いつも教室の隅で、誰にも相手にされず、友達らしい友達もなく生きてきた俺が、こんなに人の輪に囲まれ、人に大切と思ってもらえるなんて……俺はうれしかった。もちろん、みんなが見ているのは、俺自身でなく、那加の奴隷としての俺だ、とは分かっていたが、それでも俺の涙は止まらなかった。
「ジラ、どうしたの? 大丈夫」
隣にいた後台先輩が、やさしく肩に手をまわしてくれた。思いやりの塊のような多賀先輩は、少し離れて座っていた友部のところに行って、手を引いて友部を立たせると、俺の隣に座らせた。そして友部の手を取ると反対側から俺の肩に手をまわさせた。友部は逆らわなかった。むしろ俺の肩においた手に力を込めてくれた。
俺の涙はますますあふれ、鼻水も止まらず、内原先輩が出してくれたティッシュを使い切ってもまだ足りないのだった。




