第49章 大大地フェスティバルを友部と歩く話
大大地フェスティバルが始まりました。
いよいよ、大大地フェスティバルが始まった。始まってしまえば、俺たち生徒会役員はそれほど仕事はない。本部に二人待機し、残りはペアになって見回りすることになっている。最初は、俺は友部とペアで見回りをする役目だった。
同じ1年生同士、同じクラス同士なのだから、そういう組み合わせになるのはごく自然ではあるのだが、この組み合わせ表を作った多賀先輩は、わざと二人が長く一緒にいられるように時間割を作ってくれたようで、あのいつもの、屈託のない明るい笑顔で、俺にこっそり耳打ちをしたのだった。
「いいこと教えてあげる。透子は綿飴が好きみたいだよ。ごちそうするといいよ」
生徒会役員の三人の女子の先輩は、あの素っ気ない内原先輩も含めて、どうも、俺が友部が好きで、恋していると思っている節がある。まあ、友部と「賭け」をして無理矢理デートしたという噂は耳に入っているだろうし、生徒会にも俺が無理に誘ったと思われているので、そう思われるのも無理ないかもしれない。それで、この心優しい先輩たちは、密かに俺を応援してくれているらしいのだ。時々、わざと二人きりの場面を作ってくれたりしているように感じることがある。今回も友部が嫌とは言えない形で、俺が友部と二人きりで話すチャンスを作ってくれたのかなと思う。たぶん、内心は、この絶対美少女に、俺ではとても手が届かないと思っていて、憐れみもいくらか入っている気もするのだが……
多賀先輩の暖かい配慮もむなしく、友部は「さあ、行きましょう」と素っ気なく言って先に歩き始めた。並んで歩こうなんて気は全くないようだ。マラソン大会の日には、自分のメダルを俺にかけてくれて、「あなたが勝利者よ」と言ってくれた友部だったが、次の日には、もう、相変わらず、そっけない友部に戻っていた。とは言っても、昔のように手厳しくしかられるというようなことは、最近は、もうほとんどなく、むしろ、会長である俺の(つまりは那加の)考えを、よくくみ取って、忠実に実行してくれていた
俺は、先を行く友部の美しい黒髪を眺めながら考える。昔は、いつも俺に冷たい言葉を浴びせる友部を嫌っていた。那加が「透子はいい人よ」と言うのを間違いだと思っていた。だが、結局は、那加のほうが正しかったようだ。メダルをかけてくれた時は、正直、感動した。今は、嫌いどころか……「好き」なのか? 俺は自分に問いかけた。俺は複雑な気持ちだった。友部と一緒にいると、どうせ俺は相手にされないなという悲しみが胸を刺す。これを恋というのだろうか?
俺は、友部の家を訪ねた時のことを思い出した。
お母さんは、俺が家を継いでくれるなら、友部と結婚させると言っていた。まさかと思ったが、もしかすると、いくらか本気も入っているのかもしれない。没落する前の名家のお嬢様だったら、そういう風に親が決めた跡継ぎにふさわしい人と、愛のない結婚をさせられていたのかもしれない。もしかすると、お母さんもそうだったりして、そういう形で結婚するのにそう違和感はないのかもしれない。今は没落して、俺のような三流でも家さえ継いでくれるなら結婚させる、というところまで追い込まれているようだが……俺が、「家を継ぎます」と宣言すれば、お母さんは友部に、結婚しなさいと言うのかもしれない。そして、もしかすると、親に説得された友部が俺と結婚するなんてこともあり得るかもしれない、などと考えてみる。そしたら、俺はうれしいのか?
もし俺が一流グループの人間だったら、うれしいかもしれないなと思う。友部のような、絶世の美少女を妻に迎え、一緒に暮らせるのだ。食事を作ってもらい、一緒にテーブルを囲んで楽しい会話をする。夜は、友部を当然のようにベッドをともにして、やがて友部に似た優秀でかわいい子どもが生まれる。笑いの絶えない、家族団らんの暮らしをする。友部家は豊かではないが、俺がそこそこ一生懸命に働けば、まあまともには暮らせるだろう。友部のような絶対美少女と暮らしている俺の幸せを人はみんなうらやましがるだろう。しかし、それを幸せだと思えるのは、一流グループの人間だけだろう、と俺は思う。一流グループの人たちはそれなりのスペックを持っていて自信もあるから、友部を幸せに出来るし、そういう自分は友部に愛される資格があると思えるだろう。
俺は三流なので、もしかして、俺と友部が結婚するなんてことが、百万が一、あったとしても、俺は友部を幸せに出来ないだろう。友部が俺に「愛しています」と言ってくれることは、一生、絶対にないだろうなと思うからだ。友部が友部家を保つための言わば道具として俺の利用価値を認めたとしても、もしかして、その利用価値としての俺を大切にしてくれることがあったとしても、俺を俺自身として愛してくれることはない。そしてそうである限り、友部も、そして、俺も、本当の意味で幸せにはなれない。友部は心のどこかで、自分の境遇を嘆き、俺はずっと片思いのままだ。だから、俺が友部に恋していると言い切れないのは、もし、恋しても、それはずっと片思いのままなんだろうな、という気持ちがあるせいなのかもしれない……。
友部はあちこちに目をやって見回りの仕事をきちんと果たしながら、ただ黙って先を行く。その美しい黒髪が左右に揺れるのを見ながら、俺はそんなことを考えていた。多賀先輩は、俺が友部と二人きりいることで楽しく過ごせると思ってくれたのかもしれないが、まあ、那加の奴隷でない俺のできることなんて、せいぜい黙ってあとをついて行く程度だな。
ふと、綿飴の店が目についたので、多賀先輩のアドバイスを思い出して、走って行って、買って来た。友部に差し出す。
「え、私に?」
友部はその美しい目を丸くした。
「急に走って行ったから、何事かと思っちゃった……見回り中に、こんなの食べてていいの?」
「いいんです、メダルのお礼です」
「え?」
友部は少しびっくりしたような顔になった。本当になんてきれいな顔なんだ、とあらためて思う。大きな目も、鼻の線も、薄紅色の唇も全く完璧で非の打ち所がない。
「ああ、マラソン大会の……何を言ってるの……メダルはジラにこそふさわしいと、そう思ったから、正しい勝利者にあげただけよ。ジラ、あなた、ほんと、すごいよ。すごいと思う。私、今日こうして目の前で見るまで、大大地フェスティバルがうまくいくかどうか、半信半疑だったもの。ジラ、あなた、魔法使いみたいだ、って思うこともあるよ。私、ジラの指示の通りに、いろんなこと頑張ってきたけど、今だから言うけど、うまくいくわけないよって思ってたこともある。でも、最後にはこうやって実現しちゃうんだって思った。みんなが楽しそうなのを見て、ジラってすごいって改めて思ったよ」
「いや、実は、俺も半信半疑で……」謙遜に聞こえることを狙ったが、全くの本音だ。何しろ、考えたのはすべて那加だ。「幸運もかなりあると思うし、特に……」
俺たちは、自分のクラスの前に来ていた。俺は、ブースの中にいる青柳を見つけて立ち止まった。
「青柳さんにはお礼を言わなくちゃ」
二人で青柳のところへ行く。青柳はゴミをまとめているところだった。
「青柳さん、生徒会長として、お礼を言わせてください。本当に助かりました」
「私からもありがとう。これ、会長から、お礼の印」
友部は渡されたまま、手つかずだった綿飴を差し出す。
「え、いいよ、そんな。私、何もしてないし……」




