第27章 秘密の部誌の話
文芸部に入った那加。次の日の朝のミーティングで、俺は文芸部には秘密の部誌があるのだと見せられた。中身はエロ本だとという
「誰が作ったんですか」
「あの二人よ。昨日こっそり渡されたの。ジラには絶対見せるなって額田さんに念を押されたから、中身は見せられないけど……あ、そうそう、今度からヴィーナス先輩も額田さんもジラのことジラって呼ぶことになったから、よろしくね」
「その本、どんなことかいてあるんですか」
「だからエロ本よ。うふふ、読みたいでしょ? ジラなんか読んだら鼻血出しちゃいそうよ。でも、二人に怒られるから、見せられないわ。だけど、何が書いてあるか、ちょっと教えてあげる。ほら、この前の部誌に二人とも小説、書いたでしょう。その中では登場人物の絡みのシーンもちらっと出てくるよね。たとえば、先輩の小説では美しい天使が、人間の美少年と浜辺で出会って助けることになるよね。部誌に載せた分では二人がキスするシーンまでは出てくるし、天使の裸身の描写も出てくるけど、それだけだよね。ところが、この本にはキスのあと愛の交歓に至るまでの描写が事細かに書き込んであるというわけ。天使のシークレットゾーンのことも詳しく書き込んであるのよ。部誌には載せられないから、こっちに載せてるんだって。ほんとは載せたいけど、許してもらえそうもないから、だって」
「えーっ、そんなの作ってたんですか」
「ジラもある程度はわかっていると思うけど、先輩って、性的なことを美しいとしか思ってないよね。キスやセックスは二人がともに幸せになれるとても美しいことって思ってるし、ヌードも、あそこの部分を含めてとても美しいのに、妙に隠すのはもったいないって思ってるよね。だから、セックスの描写なんかも、もっともっとオープンにして、美しいものは美しいって言いたいのよね。言いたいこと、わからなくはないよね。ううん、というより、先輩の、これを読んで、先輩のことはよくわかったような気がする」
「どういうことですか?」
「要するに、純粋なの。先輩は自分では誰よりもエッチ大好きって思ってるけど、実はみんながどれほどエッチが好きかわかってないのよ。あれほど頭がいいのにって思うけど、人間の欲望なんて、自分のものしか絶対にわからないものだし、女神のような先輩もまだ17歳だし、世の中に対する経験も浅いものね。たぶん処女なんだろうし」
「どういうことですか」
「性欲ってさ、基本的には。セックスしたいって気持ちだよね。先輩は、どちらからも求め合って一緒に幸せになるのがセックスだって思ってる。それなら確かにすてきだけど、実際は、そんなすてきなものとは限らないよね。特に男の人なんか、相手の気持ちなんか無視して自分の欲望だけ満たせればいいって思う人が結構いるでしょ。性欲って、場合によっては、とても自分勝手な衝動として理性を押しつぶしてしまうものになるのよ。女だって、芸能界の美女たちがあれほど不倫してることを見れば、同じよね。男も女も、美しいとかそういう次元でなく、しばしば、ひたすら性欲に突き動かされて行動しているのよね。まあ、普通の人は、自分の中にある性欲をそういうもの、ときにはとてもやっかいなものであることをちゃんと理解しているわけ。だけど、先輩は、そういう黒い衝動としての性欲を知らないんだね、きっと。まったく、女神様だから。あの人が『エッチが好き』と言いたがるうのは、あの人にとってのエッチはいつも理性的で、自分勝手とは全く無縁のエッチだからなんだと思うよ。純真に素直に『新緑が好き』と言ってるのと同じなのよ。あの人は自分がそうだから、みんなも自分と同じと思っちゃうのね。だから、どうしてみんながエッチな描写を表現することに否定的なのか、理解できないんだと思う。あの人、人を抱きしめる癖があるけど、抱きしめられてうれしい人ばかりじゃないってこと、わかってないよね。自分がうれしいから、他の人もうれしいと思ってる」
「那加は嫌だったんですか」
「ううん、ちっとも嫌じゃなかった。むしろふわっとして不思議な幸せな気分だった。たぶん、ヴィーナス先輩の純真な好きという気持ちが伝わるからなのね」
「そんなものですか」
「額田さんが隙あらば先輩に抱きついている気持ちもわからなくないわよ。彼女は、とにかく先輩が大好きね。崇拝してるわ」
「額田さんもそのエロ本に書いてるんでしょ」
額田はそもそも部誌にかなりきわどい話を載せている。先生に何か言われないかと俺が心配するくらいだ。
「これだって、そうとう控えてるんだよ。わっしだって、よく考えて、ぎりぎりこれぐらいなら大丈夫かっていうところを狙ってるんだから。わっしが、本気、だしたら、こんなもんじゃないから」と言っていた。さぞ、その秘密の部誌には本気を出しているのだろう。
「ふふふ、読んでみる? 延々とベッドシーンばかり書いてるんだけど、たぶん本人が思ってるほど過激じゃないわね。まあ、もちろん私だって、過激さを判定できるほど、エロ小説のこと知っているわけじゃないけど。ただ、一つだけ先輩と決定的に違うのは、額田さんの作品は黒いってことね。さっき言った性の闇の部分をよくわかっているわ。この前の作品、部誌に載った分は読んだんでしょう。それにやたら詳しいベッドシーンの描写を付けて載ってるだけよ」
「ああ、ええと、『百合と薔薇』でしたっけ」
確かに読んだぞ。
「確か、美少女が美少年のふりをして相手に近付く話でしたよね」
「そう、主人公の美少女が街を歩いていた可憐な少女に一目ぼれをして、何とかベッドをともにできないかと考えるわけよね。女同士として接近すると気持ち悪いって思われかねないと思った主人公は、男装をして美少年のふりをして近づくわけだ。この発想が、すでに先輩とは違うわよね。要するに相手をだましてまで自分の一方的な欲望――この場合、愛とかでなくて、ずばりセックスだもんね――を満たそうとするわけだから、黒いよね。さらに、この美少女主人公は、少女となかよくなることに成功すると、ホテルの一室に誘いこみ、力ずくで思いを遂げようとするんだから凄い。どこまで黒いの、と思うよね。ところが、いざ服を脱がせようとすると思いの外強い。それでも強引にやっと服を脱がせると、なんと胸がない。可憐な少女だと思っていた相手は、実は女装していた男性であることがわかる。相手は黙っていてすまなかったが、僕は女装趣味はあっても同性愛者じゃないので、これ以上はやめてと言う、そこで、主人公も、実は、女であることを明かして、男でも女でもかまわない、あなたが大好きなのと言う、相手もそれに感動して、結局、二人は結ばれて、濃密な愛のシーンが続くというわけよ。この話、ジラはどう思った? えーっ、これってハッピーエンドなのって思わなかった? だって、主人公の自分勝手な黒い欲望が相手をだまして、ほとんど強姦しようとしたのに、結局、すべて許されてハッピーエンドなのよ?」
「まあ、那加の言うとおりですけど、額田さんはどっちかというとコメディとして書いてますよね」
「もちろん、そう。だからこそなのよ。まるで、私みたいな黒い人間を皮肉っているようにも思えるの。あんたら、格好つけて黒くないような顔してても、結局はこうでしょ。これでハッピーエンドなんでしょう、笑っちゃうよねってね。人間なんてせいぜいこの程度でしょう? って、何というか絶望感と言ったら言い過ぎかな、皮肉があるような気がする。あのひと、自分はこの学校で一番淫乱な女だって言ってるよね。あれも一種の皮肉なのかな、なんて思っちゃった。淫乱なくせに淫乱でないような顔をしてすまし顔しているあなたよりは、ちゃんと認めている私のほうが黒くないよって」
「そうなんですか」
「彼女はこの学校で一番のブスだとも言っていたよね。実際は、十分に美少女の仲間入りできるくらいかわいいって、ジラ、気が付いてる? あの人いつも髪がぼさっぼさよね。まったくとかしてないって感じ。それと、かなり、顔の産毛が濃いのに全くケアしてないでしょ。濃い眉毛はつながってるし、だけど、睫毛長いし、眼もパッチリしてるし、鼻とか口も形がいいし、ほんの少しやせると理想だけど、今のままでも、顔そりしていて、髪の毛をきちんととかしたぐらいで十分アイドルとして通用するぐらいの美少女になれるわ。私は、もしかすると額田さんは、それを知っていてわざと、ブスのふりしてるのかなって疑っているんだけど」
「ほんとですか? でも、だとしたら、何のために?」
俺は、半信半疑だった。額田が自分で言うほどのブスではないと思ってはいたが、そんな美少女であるとは知らなかった。自分を飾ろうとしないのは、俺と同じで、どうせ磨いても無駄だし、と面倒くさがっているだけのような気がした。俺も、最近は那加の命令で、ルックスに気を使っているが、内心、どうせ無駄だよなという気持ちもある。額田も同類のような気がする。
「何のため? わからないけど、例えば、男に言い寄られないためかな」
「えーっ? それって矛盾してませんか。自分であれほど淫乱だって言いふらしてるのに……いつもいい男いないかって言ってますよ」
「そうよね。私にもよくわからない……とにかく屈折した人だわ。ただ、額田さん、どっちかっていうと男の子より女の子のほうが好きなんじゃないの」
「そういえば、先輩と一緒になって校内の美少女たちのうわさを、しょっちゅう、してますね。ま、イケメンのうわさの時もあるようですけど……」
「確かなことは、額田さんは先輩が大好きだってことよね。女神さまを崇拝する信者のようにね。自分の中の黒いものを意識している額田さんにとって先輩の純真な美しさは、きっとあこがれなのよね。隙あらば抱き着いている。まったく二人はいいコンビよ。屈折しまくりの額田さんと超どストレートのヴィーナス先輩。ほんと、面白いね。私、あの二人、好きだわ。文芸部に入ってよかったわ」
「それはよかったです」
「あの二人、ジラのこと、好きみたいよ。あ、もちろん、恋愛感情とかじゃなくてだけど」
「いやいや、そんなはずはありませんよ。部誌作るときは人手が多いほうがいいし、少しは役に立つか……くらいです。額田さんなんか、いつも俺を毛嫌いして、先輩に近づくなとか、いろいろ命令ばかりしてますからね」
「そうなの? でも、今回の先輩の作品、天使が人間の男の子を助けて、愛し合う話だよね。さっきも言ったけど、私、これって、先輩とジラのこと書いたのかなって思ってドキドキしちゃった。まして、こんなベッドシーンつきだとね。ジらはドキドキしなかった?」
「さっきも言ったじゃないですか。そんなこと考えもしませんよ」
ご主人様は時々こんなことを言う。オタクというのは思い込みが激しい人種だと思い込んでいるらしい。
「そっか、さすがに、そんなことないか」
「俺が暗い顔してるから部員が増えないんだ、って額田さんにいつも言われます」
「じゃ、今回は、ジラが部員を連れてきたってことで、株も上がったんじゃない」
「だといいですけど、額田さんは、俺のこと、軽蔑しきってますからね」
「ふふふ、そうかもね。でも、選挙にはきっと協力してくれるわ」
「選挙? 生徒会長選挙ですか。やっぱりやるんですか」




