第26章 那加が文芸部に入る話
文芸部に入った那加、次の日の朝のミーティングで文芸部のことを振り返ります。
次の日の朝、那加は朝のミーティングで、昨日のことを振り返って言った。
「案の定、面白いね。あの二人。ヴィーナス先輩って。実際に会ってみると、ほんとすごい美人ね。私、好きだわ。ああいう人。あの美しさは神秘的と言っていいくらいなのに、思いっきり人間的なんだもの。人間的なのに思考法はちょっと不思議よね。普通でないのに普通なところがすごい。そう言えば……知ってる? 先輩が一年生だった時の話なんだけど、ある授業に遅刻してきたんだって。先生が理由を聞くよね。そしたら、『グラウンドの奥の新緑がきれいだったから』って答えたんだって。『新緑を見に行っていて遅刻したって言うのか?』って先生が言うと『知ってますか? 新緑が美しい季節は桜よりずっと短いんですよ』って。それで、『放課後行ったらいいだろう』って先生が言ったら『放課後まで生きていられるとは限りませんもの』って答えたんだって。教室は一瞬シーンとしてしまったらしいよ。面白いね。あとは、授業中、小説ばかり書いてるらしいよね。入学して間もない頃、数学の先生が、内職するなって注意したんだって。そしたら、『もう問題は解いてあります』って教科書を見せられたらしい。答えだけだったけど、教科書の半分ぐらい解いてあったって。数学はとにかく得意みたいね。ガリ先生が『あいつは俺より数学できる』って言ってたよ。数学オリンピックの予選問題を解かせたら、すでに予選通過できるレベルだったんだって。で、出場を勧めたら断られちゃった。『いいです。私、せいぜい予選通過できるレベルですから。数学オリンピックは私より優秀な人が、それこそ数学に時間を使って勉強して来るんですから、かなうわけないです。私、小説が書きたいので』って。先生たち、残念がってたわ。だって、予選を通過するだけだってすごいのよ。水都一高の人でも何年に一人という感じらしいもの。うちから予選通過したらたいしたものだものね」
「那加とか委員長が受けたらどうなりますか」
「あはは、委員長はともかく私? 私はジラより数学の点、取れてないよ。ジラは数学オリンピックのレベルがわかってないね。まあ、透子さんなら、必死に練習してがんばれば、予選通過かもっと上も狙えるかもしれないけど……そんな気があるかな。透子さん、文系の学問の方が好きだと思うよ」
「そんなものですか。それにしても、それほどの部長が、自分の好きな小説ではなかなか賞が取れないですよね」
「そうね。私が語れる分野じゃないけど、運もあると思うよ。面白いんだけどね。この前の小説で天使が主人公にキスするシーンがあるでしょ。あれって天使が先輩に、ジラが主人公に重なって面白かった。ジラなんか、どきどきしちゃったんじゃない?」
「そんな読み方しませんよ」
「ふふふ、私だけか。先輩の作品は黒さが少ないかなとも思うよ。要するに、純真すぎて、人間の欲望の黒さを知らないって言うか、なんと言ったらいいのかなあ、人間がみんな自分と同じ清廉さを持っているという感覚があるんだと思うよ。まあ、まだ高二ですものね。経験が足りないよ。姿から見ると二〇代かとも見えるけど。これ、知ってる?」
那加はコピー本を出して俺に見せた。最初は最新の部誌かと思ったが、どうも違う、表紙は、この前出したばかりの部誌と同じだが、厚さが違うし、綴じ方も違う。
「何ですか、それ」
「秘密のエロ本よ」
「エロ本? 部誌と同じ表紙の?」
「そう、表紙はカモフラージュよ。うちの文芸部の部誌なら誰も、手に取りも、開いてもみないだろうって高等作戦。部誌の不人気を逆手にとった、実に巧妙な作戦よ」




