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第25章 ちょっとだけ文芸部の話

那加が文芸部に入るというので俺は那加を連れて文芸部の部室に行くことになった。

 文芸部の部員は俺を入れて三人しかいなかったので、那加が部員になってくれるというのは、もちろん、それは大歓迎だった。那加なら、たいして時間もかけずに俺よりもずっと面白いものを書いてくれそうだし、もしかすると絵も描いてもらえる。

 文芸部は3階の小講義室というところで週に2回活動している。放課後、俺が那加を連れて部屋に入ると、部長の小尾美香先輩と、もう一人の部員である額田河合はもう来ていた。俺に続いて那加が部屋に入ると、二人はいすから飛び上がるようにして立ち上がると、こっちへかけよって来た。

 小尾先輩はまるでお祈りするみたいに両手を胸の前に組み合わせて、俺と那加の顔を見比べる。「もしかして、新入部員?」

「はい。文芸部に入りたいそうです」

 俺が言うと、小尾先輩は美香はぱっと顔を輝かせた。そして、次の一瞬、この風変わりな部長は、那加の手をとって「ありがとう。あなたに会えてうれしいわ」というと、いきなり両手を那加の腰にまわして抱きしめた。女の子同士とはいえ、びっくりする。これにはさすがのご主人様もちょっと面食らったようだった。そして、抜け目なくと言うか、どさくさに紛れてと言うか、額田も脇の方から二人を抱きしめてうっとりしている。

 いきなり抱きしめるのは、先輩の癖というか得意技だ。額田が入部してきたときもそうしていた。俺が入ったときも、抱きしめこそしなかったが、長いこと手を握られてちょっと焦った。

 俺が入学間もない頃、初めて文芸部の部室をたずねたとき、部屋にいたのは部長一人だった。

 俺が部屋に入っていくと、窓際に座っていた小尾先輩が振り向いた。そして、俺の姿を見るといきなりやってきて、両手を握ったのだった。俺は先輩の美しさに驚き、そんな美少女が俺の手を握っているという現実に驚いて、声も出なかった。

 先輩の言葉にも驚いた。小尾先輩は真剣な顔でこう言ったのだ。

「運命って、あるのね。今、あなたのことを考えていたところよ」

「は?」

「ついさっき、部屋に入って窓を開けたらね、さっと風が入ってきて、私に告げたの。今日は新入部員が入ってくれるって、それもとびっきりすてきな」

「はあ」

「そしたら、ドアの開く音がして、ふり向くと、あなたが、そこにいたの。現実って、時々、小説よりもすてきだわね。だって、こうして、あなたの手の温もりを実際に手で感じられるんですもの」

「あ、はい」

「文芸部に入ってくれるんでしょう」

「あ、はい。そのつもりで、ここに来たんですけど」

「だと思った。うれしい。ね、人生ってつらいことばかりのような気がしても、すてきなこともたまにはあるものね」

 要するに小尾先輩はいつもこんな風なのだ。

 今日も先輩は那加をそのままたっぷり三分は抱きしめていた。そして、ようやく解放すると

「あったかくてすてきね」

 とまだ手を握ったまま言う。

「あなたの心の美しさが、きれいなさざ波のように、きらきら虹色に輝きながら、私の心に伝わってきたわ。本当にすてき。あなたが本当に文芸部に入ってくれるなんて夢のようだわ。中井那加さん。那加って呼んでいい? 本当に入ってくださるのね」

「え? わたしのことを知ってるんですか?」

 那加は、ちょっと驚いて俺の方を振り向く。

「私のこと、なんか話していたの?」

 俺は、あわてて首を振る。「いえ、そんな、なにも」

「あなたみたいな有名人を私たちが知らないはずはないでしょう?」

 先輩は、額田と顔を見合わせて、うなずき合う。さっきまで脇の方から抱き合う二人をうっとりと抱きしめていた額田も、少し離れて、那加の顔を見上げている。

「いつもマスクとめがねで顔を隠し続けてるんだから、いったいそのマスクの下はどんな美少女なんだろうっていつも二人で噂していたの」

「いらっしゃいませ、那加様」

 額田が恭しく頭を下げる。

「あっしは女神様に仕えるしがないゴブリンの額田河合でございます」

「そして、私は部長の小尾美香よ。よろしくね」

「よろしくお願いします。ヴィーナス先輩、あなたこそ有名人ですね。1年生の間では、神秘の女神って呼ばれてます」

 部長の小尾美香先輩は、ヴィーナスというあだ名で呼ばれている。切れ長の夢見るような眼をして、鼻が高く、あごがとがった洋風の美少女だ。髪の毛が腰ぐらいまである。あれだけ長い髪がいつもさらさらなのはすごいと噂されている。

 本が好きで、よく図書室で本を読んでいる。お気に入りの席で、いすに持たれて、半身になって、本に熱中しているのを通りがかりによく見かける。ちょうどバックの窓が緑の木立になっていて、その姿がまるで絵のように美しい。通り過ぎるたびに思わず立ち止まって見入ってしまうほどだ。校内では1年生に限らず、誰もが知っている。俺が文芸部だというと、あまり親しくない人からさえ「ヴィーナスってどういう人なの」と聞かれるくらいだ。そう聞かれても、「とにかく普通の人じゃない」とみんなの期待通りに答えるしかないのだが。

「那加様」と額田が二人の間に割って入る。「わっしも有名人っす。わっしは校内一の微少女っす。びっていうのは美しい方じゃないすよ。小さいって言う意味の微小の微です。この学校で一番小さい女です」

 額田はとにかく背が低い。140センチないかもしれない。小学生並みだ。そして、なぜかいつも髪の毛をぼさぼさにしている。

「でも、一番は背の低さだけじゃないっすよ。わっしは、この学校の女子で一番の『ぶさいく』で、1番の淫乱スケベっす。あくまでも女子の中でですよ。男子も含めると鯨岡の次の2番っす」

「鯨岡君が一番なのね?」

「学校一のだめ男が、まさか那加様を連れてくるなんて、わっしは、正直、びっくりっす。まさか友だちってっことはないすよね」

「まあ、友だちって言えるかな。同級生だったから、文芸部に連れて行ってって頼んだの」

「この男は、しょうもない妄想を書いて小説を作った気になって自己満足してるストーカー野郎なので気をつけてください。相手にしないのが一番す」

「うふふ。わかったわ。せいぜい気をつける」

「あの、那加、一つだけ、聞いていい?」

 小尾先輩が額田と顔を見合わせて、那加の両手を握り直す。

「いつもあなたを見かけるたびに、あのマスクの下はどんな美少女だろうって、河合と二人で想像してたんだけど、どうしていつも顔を隠してるのか、理由を教えてほしいって言ったら怒る? やっぱり、秘密なの?」

「怒りはしませんけど、すいません。それだけは教えられません」

「醜いやけどの跡があるんじゃない、とかいろいろ噂は聞いたんだけど、私と河合の間では、あまりに美しすぎて見る人がみんな石になっちゃうからじゃないかって結論になってるんだけど、違う?」

「あは、私、メデューサですか?」

 那加は思わず笑った。

「理由は秘密なので、ご想像にお任せします」

「ヴィーナス様ぁ」

 額田が手を引っ張る。「三人だけで話しましょ」

 それから俺に言う。

「鯨岡はしばらく隅っこの方で小説でも何でも書いていて」

 額田は俺をあごで使う。しょうがないので、俺は部屋のすみに座って、創作ノートを取り出した。見ると、三人は俺の反対側の窓際にすわって、なにか、こそこそと話している。

 女子会ですか。ま、俺は、ハブられるのは慣れてるんで、いいんですがね。


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