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第14章 ジラがはじめて眞知に会う話

必死に勉強したのに、最悪のコンディションでテストを受けた俺。夜、突然、眞知から電話をもらいます。落ち込んでいた俺は少しだけ友紀をもらえたような気がした。

 

「眞知と話せてうれしかったでしょ。がんばったご褒美よ」

「ありがとうございます。がんばったことを評価してもらえるだけでうれしいです。だけど、テストは体調が悪くて……肝心なときに。自分でも情けなくて涙が出ます。那加があれだけ教えてくれたのに」

「いいよ。付け焼き刃がだめなら、積み重ねるだけ……次のテストに向けてね」

 次もやるのか、一番になるまでか? と内心思うが口には出さない。眞知と昨日話すことができて、俺の心の中には少し勇気が残ったような気がした。間違いなく少しだけでも彼女に近づいているという勇気が。

「前よりはずっと順位を上げるでしょうしね」

 それだけは自信を持てる。もしかしたら、国語以外でも上位者に名前が載るかもしれない、というくらいには勉強がわかるようになった。

「だとしたら、ジラにとっても悪くない話っていうことよね。勉強したっていうことは」

 俺は、目を見開く。そうだ、確かに俺は命令通り勉強をやってきた。だけど、命令通りというなら、学校で出される山のような課題も、先生の命令通りやってきた。それは各教科から出される課題もきちんと出してきた。でも、考えてみると、それは、ただ、終わらせることを目標にやってきただけだった。重なって間にあいそうもない時、いくら考えてもわからないときは、ただ答えを写して提出してきた。そういう意味では忠実な奴隷だった。同じ奴隷でも、那加と勉強するようになってから、理解しないまま答えを写すという無駄な勉強がなくなった。那加はいつでも的確に何をどう勉強すべきか、問題をどう考えどう解くべきかを教えてくれた。おかげで勉強することで自分が進歩しているという実感を前よりも持てているような気がする。前より少しだけだが勉強が好きになっている、授業やテストも理解している自分になっていることに、その時、初めて気がついたのだ。それだけ、那加の命令は俺にとって『正しい』命令だったらしい。

 俺のご主人様は、那加はなんて賢いんだ。ほんとに同学年か?

「勉強はこれからも続けるけど、それと平行してジラには次の指令を実行してもらわなくちゃいけないわね。困難だけど、たぶんジラにとっては楽しい仕事かもよ。だってジラの大好きな酒出さんの役に立てるんだから」

「え?」

「ソフトボール部のマネージャーが長期入院するというので困ってるらしいのよ」

「は?」

「それで、ジラがぜひやりたいって言ってるって言っておいたら、部のほうでも是非ということになって、あさってから始める約束になっているのよ。がんばりなさい」

「……って、俺、初耳ですけど」

「私の奴隷なんだから、相談する必要はないでしょ。相手もあることだから、決まってから知らせたのよ。ジラをぬか喜びさせても悪いから……みなみんの近くで、みなみんの役に立てるのよ。こんないい話はないでしょう」

「俺、運動部はまったく経験がないんですけど」

「運動神経ゼロなのは知ってるわよ。力はないし、足は遅いし……でも、自分でやるんじゃないんだから……マネージャーとして目いっぱい働きなさい。細かい指示は後で出すから、私の命令に忠実に勤めるのよ」

「はあ」

 結局、俺は、また、なんだか苦労させられるみたいだ。奴隷生活は厳しい。


 二日後、俺は、グラウンドのソフトボール場で、酒出に紹介されていた。

「同じクラスの鯨岡高志くんです。マネージャーが入院して困ってるって話を聞いて、退院するまで手伝ってくれることになりました」

「よろしくお願いします。短い間かもしれないけど、精一杯やらせてもらいますんで、俺で役に立つことがあったら、何でも言ってください」

 俺は頭を下げる。視線が冷たい。勢揃いしているのは女子ソフトボール部の面々。顧問の先生まで女性だ。男がこんなところに何しに来たという目で見ている。

 顧問の先生に促されて、一人一人、名前を言ってこの短い儀式は終わった。実は紹介されなくても、名前はわかっている。那加の命令で、酒出に部活の集合写真とメンバーの名前を教えてもらって、昨夜、必死で覚えてきたからだ。

 部員たちが練習に散る脇で、俺は顧問の先生にマネージャーの仕事を教わった。とは言っても、膨大な仕事の一部だが。

「男なのにマネージャーなんか務まるのかしらね」

「弱そうだよね。すぐ逃げ出すんじゃない。かえってお荷物にならなきゃいいけど」

「おおかた、南が目当てで来てるんじゃない」

 などと、聞こえよがしのつもりか、何かわからないが、言っている声が聞こえた。はあ、なるほど、あれが那加が言っていた三人、相馬,北、大野ですね。確かに性格悪そう。酒出がどんなにいい子でも、というよりいい子であればあるほど、悩んじゃいそうだと思う。俺は、何しろ悪口だけは言われ慣れているので耐性はありますが、それでもめげてしまいそうです、と心の中で独り言を言う。

「この三人をどうにかしようなんて思っても無駄だからね。動かないところはあきらめて、動くところを動かすの」と那加は謎のような言葉を言っていた。

 意味はわからないが、奴隷にとってはどうでもいい。言われたことをやるだけだ。どうせ働くなら、酒出のために働けるのは気持ちがいい。

 俺は、その日から、一生懸命、働いた。それが、那加の命令だった。とにかく、マネージャーらしい仕事を完璧にこなした上で、みんなが快適に過ごせるように気を配れと言う。


 テストは少しずつ返されてきて、思いの外よかったり、逆にだめだったりしたが、点数はぐんと伸びて、時々はほめてくれる先生もいた。国語は学年一番だった。もともと、得意だったが、一つだけは委員長を抜いたことになる。初日の数学は、最後の5分が、結局、挽回できなかった。とは言っても、那加にきつく言われていたとおり計算間違いをチェックしながらやったので、他はほぼ完璧にとれた。あと五分あったら、一〇〇点も夢でなかった……というのはないものねだりで、あと五分あったら、最後まで解けたかわりにつまらない計算ミスをしていたんだろう。

「おまえ、どうしたんだよ。すごいじゃないか」

 ある朝、教室に入ると、珍しく菅谷がよってきた。

「何のこと?」

「テストの順位だよ。おまえ、総合二番だぜ。びっくりしたよ」

「順位が出たの?」

「職員室前に貼ってあるよ」

 俺は職員室に急ぐ。二番というのは思いのほか上出来だと思う一方で、やはり一番は無理だったかと心の片隅で思う。

 順位表の前には人だかりができていた。

「どうしたんだよ。こいつ」と紙を指差しているやつがいる。

 総合の順位をみると、一位が友部透子、そしてその下に俺の名前が出ている。たった二点差だ。次の三位は二〇点以上も離れているので断トツだ。

 初日の遅刻さえなければ、と一瞬思ったが、いまさら仕方がない。と同時に、俺が本当に二番をとったことに改めてびっくりする。努力は報われるんだな、と思わずにいられなかった。ふと気がつくと、人ごみのはずれに那加がいる。ほんの一瞬、見間違いじゃないかと思うくらい一瞬だったが、那加が小さくVサインをくれた。不覚にも俺は一瞬目頭が熱くなる。一〇〇%じゃなかったけど、ご主人様は俺の努力を認めてくれたらしい……と、思ったのだが、後で那加に笑われた。

「ジラったら、面白いね。あれはVサインじゃなくて、二番の二よ」


 大地駅の入り口は混雑していた。俺は髪を気にしていた。昨日は、那加に命じられて、美容院に行ってきたのだ。那加はイラストを差し出して「こんなふうにしてもらって」と命じた。「たぶん、眞知好みになるから」と言う。髪形を指示されたのにも驚いたが、そのイラストのうまさにも、俺は、驚いた。目の前でさらさらっと書いたのに、実に生き生きした整った絵だった。どこまで奥が深いんだ、那加は。

「寝癖がつかないように、きちんと、髪をとかしてくるのよ」という命令は忠実に守ったのだが、風が強くて髪が乱れてしまう。

「眞知に初めて会うんだから、最高にかっこよくしてくるのよ」

 という那加の命令だが、どうやっても、俺がかっこよくはならないよな、と思いつつ、それでも、少しでもよく思われたいと思う自分がいた。初めて出会って、一分で軽蔑されるのだけはいやだと思うと、心臓の高鳴りが止まらない。こんなんで,俺、まともに話せるのか?

「眞知に会わせてあげる」

 昨日の朝、那加は唐突にそう言い出した。

「ニキビはだいぶなくなったし、少しやせたし、外見も、まあ許せるところまで来たから、テストは惜しいところだったけど、眞知にいよいよ会わせてあげるよ。ただし、今回は五分だけね。そのぐらいならジラの心臓も持つでしょうから」

 本当に五分しか持たないかもしれない。もうすぐ眞知が来ると思うと、心臓が飛び出しそうな感じだ。

「おはようございます」

 いきなり声をかけられて飛び上がる。見当違いの方を見ていて、気づかなかった。

 いきなり眞知が、本物の眞知が目の前にいた。


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