第117章 オーディションの朝4
オーディションの朝の那加とのミーティング。俺はずっと胸に引っかかっていたことを言葉にできる気がした。
「俺は弱いやつです。人の顔色を窺ってびくびくしている自分が嫌でたまりませんでした。ご主人様は俺のそんな弱さを克服するために、俺に『奴隷になれ』って言ったんだなと最近は気がつきました。俺、今まで、自覚していなかったんだけど、改めて思い返してみると、那加の命令を実行するときだけは、不思議に自信が持てるんです。きっとうまくいくって、自分が正しいことをしているって思えるんです。その時だけは、人からどう思われようと、俺は俺だと思えるんです。心がすっきりして、自信が持てるっていうか、俺はやりたいことをやるんだ、って。そして、やることなすこと、実際に、うまくいくんです。美少女たちのためにいろいろ頑張り、そして、俺のおかげで幸せになった彼女たちは、自然に俺に好意を寄せるようになる。俺は、ずっとそういう自分になりたいと思ってきました。それが現実になるんです。まるで、俺でない俺が主人公のラノベを読んでいるようです。那加は、俺を奴隷にすることで、空想の中でなく、現実世界で俺がそういう風にふるまえることを教えてくれました。本当に感謝しています。俺にも、現実の世界で、できることがあることを教えてくれました。そして……たぶん、那加は、いつか、それが本物の自信になると思っていたんだと思います。……でも、俺、わかってしまったんです。那加が考えているよりずっと、俺の心は弱すぎるみたいです」
俺は言葉を切って、那加を見る。那加は黙って俺を見つめている。
「俺は、この毎朝のミーティングが大好きです。俺が何をすればいいか、何ができるかをご主人様が教えてくれます。そして、俺はここを降りて、精一杯、活躍し、みんなと一緒に俺も幸せになれるんです。那加の言葉は、俺にとって、神様の言葉です。このミーティングの中で、何度も、那加は、『ジラはもう本物だよ』って言ってくれました。『大丈夫だから自信をもって』って。俺はずっとそれを信じたかったです。でも、それは違うんです。多分、ご主人様も、そのことはわかって言っているとは思いますが、俺が自信をもってふるまえるのは、それがご主人様の命令だからという一点にかかっているんです。ご主人様の命令がなかったら、この朝のミーティングがなかったら、俺の虚像は割れた風船のようにしぼんで、ただ、だれも見向きもしない、破れたごみが残るだけです。那加のような天才には想像もつかないかもしれないけど、俺はそれだけのちっぽけなやつです」
ふうと俺は少し息を吐いた。そしてもう一度、那加を見つめ直した。
「でも、那加のおかげで、俺も少しは強くなったと思います。俺、文化祭が終わったら、那加の奴隷をやめようと決心したんです。やめて、本来の自信のない、情けない男に戻ろうとおもいます。戻るけれど、那加が与えてくれたことは無にしないつもりです。俺は、本当の俺を始めるんです。そして……」
「まず、手始めに、すべてを正直に話して、眞知やさーちゃんや委員長に告白しようと思います」
「三人に告白するって、二股どころか三股をするつもりなの」
俺は、唇に笑いを浮かべた。
「そうですね。それが理想です。前に那加が言ってたじゃないですか。ハーレム制度があったらなって……」
それから、俺は、少し唇をかむ。
「好きなんです。俺、眞知が真剣に好きだと思うんです。本当にすてきな人です。前の俺だったら、どうせ相手にされないだろうという思いが先に立って、勝手にふてくされていたと思います。だから、こんなに素直な気持ちで、人に恋することができるというのをすごくうれしく思います。眞知を大切にしたいって、素直に思えるんです」
俺は少し言葉を切った。考えを整理するために。
「俺、さーちゃんも好きです。大好きです。俺、幼馴染という絆を失うことが怖くて、ずっと逃げていたんです。自分で逃げて、自分にも恋していないふりをしていたんです。俺、那加のおかげで、ずっと、彼女に恋してきたことを素直に認められる気持ちになったことをうれしく思います。俺、さーちゃんとずっと一緒に生きていけたらと思います。それから……」
俺はまた言葉を探す。委員長のことは何と言ったらいいんだろう。
「委員長にも恋してます。実は、最初は嫌っていたんです。でも、那加のおかげで一緒にいる時間がすごく増えて、知れば知るほど、どんどん魅かれて、今は素直に恋していると思えます。あれほど完璧なのにすごく人間的で、俺にできることなら恋人になりたい、キスして抱きしめて俺のものにしたいって素直に思います」
「おやおや、三人に恋して、三人とも恋人にするつもり?」
「ご心配なく……俺が素の俺に戻った時には、三人とも俺のことなんか相手にしませんから……俺は、相手にされないことがわかっていて、それでも、俺の気持ちを伝えたいとそう思えたことがうれしいんです。たとえ報われなくても、『あなたに会えたというだけで、あなたに恋したというだけで幸せでした』ってそう伝えたいんです。本当の自分になって、ありのままの自分になって、自分の気持ちを打ち明けたいって、そう思えたとき、俺は、やっと、この奴隷という素敵な夢を脱ぐ決心がついたんです。これを脱がなければ、本当の意味で俺の気持ちを伝えられないから、本気で告白するために、この劇を最後の夢にしようって、思っていたんです」
「おやおや、三人ともジラの告白を拒否したりしないと思うけど……少なくとも、眞知は、ジラが、眞知を本当に大好きならそれで十分のはず。ジラのスペックなんて気にしないよ。でも、いいよ。わかった。そうじゃないかと思っていたけど、ジラは三人とも好きなのね。それとも五人?……どちらにしても、ジラの気持ちはわかった。ほんとうにみんなが好きなんだね。私、焦りすぎてたようね。劇が終わったあと、ジラがまずだれに告白する気かなんて、今のジラにだってわからないものね。覚悟を決めて待つしかないわね」
那加は軽くため息をついた。
「私、眞知に、きっと眞知を選んでくれるよなんて、ちょっと調子のいいこと言いすぎちゃったみたいだね。反省しなくちゃ」
「すみません」
「あはは、謝ることないよ。悪いのは私。そのかわり、劇が終わったら、必ず、一番、好きな人に告白してね。そして、恋人になって。それまで待つわ。その日までなら、あなたに恋して恋焦がれて、もう限界と思っている乙女も、なんとか耐えられると思うから」
ふう、と息を吐いて、那加は俺の手を放すと、イスにもう一度すわりなおして、いつもの少し斜めのポーズをとった。
「なかなか計算通りにはいかないものね。現実は難しい。特に恋の話はね……」
那加はしばらく考えていた。那加にも難しいことがあるんだな、と俺は思う。そう、もちろん、那加は神様じゃない……
「それはそうと」
急に体を起こしてこっちを向く。
「一応、話しておくけど、今日のオーディションで万が一……」




