第100章 青柳が天使になる話5
青柳と小尾先輩の歌声対決。二人がステージ中央から両側に開くと、さらに二人の天使が姿を現します。
怒号のような歓声が沸き起こる。どこに隠れていたんだろう。なんと友部と酒出だ。羽をつけた天使の姿で現れた。二人とも白いロングドレスを着ている。友部はいつものセミロングのヘアに金色のカチューシャをつけている。酒出は花の冠をかぶっている。二人とも少し緊張しているように見えた。
遠い空を見つめて
はるかな雲流れる
「故郷」のメロディにオリジナルの歌詞をつけて歌っている。
きれいな声だ。友部はミュージカルもいけるぞ、と思う。酒出も、生真面目な緊張した声だが、素直でまっすぐな、この曲にぴったりの声だ。二人の声が合わさってきれいな響きを作っている。
そこにさらに青柳と小尾先輩の声が合わさった。ユニゾンだが4色の糸が絡み合った絶妙は澄んだ響きだ。なんて心をあらわれるような響きなんだろう!
夢はいつもめぐりて
ひかり澄みし故郷
四人の魅力をよく知っている俺にとって、この美少女たちの共演は壮観だった。
四人は体を寄せ合ってお互いの腰に手をまわして歌う。友部や酒出も、緊張がほぐれてきたらしく、うれしそうな表情になっているのが、胸にきゅんときた。ああ、なんて素敵な人たちなんだろう。
四人が四人とも、個性的なのに、それぞれが、みんな、なんて美しく輝くのだろう。今すぐにでも、舞台の上に駆け上がって、ひとりひとり、抱きしめられたらとさえ思った。もちろん、そんなことはしなかったが、同じ思いを抱いた観客も多かったろう。
その両脇に、矢祭と額田も体を寄せ合って6人になった。
夢を追いしあの空
決して消えぬ思いは
今を生きるあなたと
ひかり澄みし故郷
矢祭がマイクを握った。
「さあ、みんな、最後にみんなでこの天使たちと一緒に歌おう。ふるさとの一番だよ。行くよ」
会場は大合唱になった。俺も歌った。舞台には行けなかったが、天使たちと一緒に歌った
うさぎ追いし、かの山
こぶな釣りし、かの川
夢はいつもめぐりて
忘れがたき故郷
音楽が、天使たちが、みんなを一つにしてくれた。
そして曲が終わった。みんなが夢中で手を叩いている。友部と坂出が舞台に立ったのは、本当に短い時間だったが、それでも観衆を熱狂させるのに十分だった。
俺も夢中で手をたたく。ふと、那加をみると、夢中で手をたたきながら涙ぐんでいるように見えた。いつも冷静な那加が、こんなに夢中になるとは、と少し意外な気もしたが、那加だって一人の16才の女の子だ。そして、この美少女たちのファンだった。
拍手の中、矢祭がマイクを握る。
「みなさまにご紹介します。特別ゲスト、オーディションに参加する、あと二人の方にも共演していただきました。この大大地高校の輝く宝石、絶対美少女とさわやか美少女に盛大な拍手をお願いします」
さらに盛大な拍手が起きて、歓声が上がる。舞台では、案の定、小尾先輩が、友部と酒出にどさくさにまぎれて抱きついている。
「いよいよ、明日は、オーディションです。誰に入れるか、みなさん、もう決めましたか。さてさて、では、せっかく舞台に立っていただいたので、この機会に、ひとことずつ、みなさんに、明日への意気込みを語ってくださるよう、お願いしたいと思います。まずは、おいらの天使、青柳佐和!」
青柳がマイクを握る。顔が紅潮して、ますます美しく魅力的になっている。
「みなさん、今日はありがとうございました。青柳佐和です。かわいくないけど、スタイルもよくないけど、何一つとりえないけど、明日まで、がんばります。よろしくお願いします」
拍手が沸き起こる。「佐和ちゃ―ん」などという声も聞こえる。青柳は、少しまぶしそうに、手を振ってこたえる。このはにかんだような表情がいかにも青柳らしい美しさだ。
「次、美の女神ヴィーナスこと、小尾先輩、お願いします!」
「こんにちは。小尾です。泡沫候補です。だけどこの舞台に立てて幸せです。明日までがんばります。応援、よろしくお願いします」
また、拍手の嵐。「ヴィーナス様ぁ」という声。小旗を振っているものや、名前の書いた横断幕を持っている者もいる。あらためて、その人気にびっくりする。
この人気ぶりには、我らが文芸部の最新の部誌も一役かっている。那加のアイディアで小尾先輩と額田の写真を挿絵にした俺の小説を載せることになり、ロケをした。春休みに完成し、新学期早々、新入生歓迎号として発行したが、あっという間に完売してしまった。校内の無料配布分はすぐになくなったし、大地市内にある古い本屋にも置いて販売したのだが、1週間で売り切れてしまって再販してくれないかという話になっている。俺の小説の素晴らしさのせいでは……もちろんなく、ヴィーナス先輩の美しさと額田のかわいさのせいだ。ほとんど写真集のように思われていて、写真を見ても俺の小説なんて誰も読んでないだろう。なにはともあれ、この部誌のおかげで、ヴィーナス先輩の存在は、広く浸透し、入ったばかりの新入生の間では、もしかすると、この4人の中では、小尾先輩の知名度が一番かもしれない。
「では、次は、さわやか天使、みなみんこと、酒出南さん。ひとことどうぞ」
「こんにちはー」酒出は、マイクを受け取ったが、それを使わずに、両手を後ろで組んで舞台の前に進み出ると、胸を張って、大声を出した。
「ありがとう、みなさまー。スポーツ馬鹿の私がこんな衣装を着ちゃいましたー。似合わないですねえ。でも、楽しい。立候補して、皆様に挨拶して、皆様の心温かさに触れることができました。本当に立候補してよかったなあと思ってまーす。感謝してまーす。あしたまでがんばりまーす」
さすがにグラウンドで普段声を出しているだけあって、よくとおる声だ。すごい拍手がこたえる。「かっこいいよ、みなみーん」「がんばって」。口々に叫んでいる。このオーディションを通して、酒出のファンも、間違いなく、相当に増えている。
「最後に、絶対美少女、凍れる炎の天使、友部透子さんお願いします」
「こんにちは。絶対美少女、スーパーアスリートの友部透子です。私に勝てると思う人がこんなにいてびっくりです」
「透子さまあ」と黄色い声がかかる。ファンクラブの女子たちだ。「透子様が一番です―」
友部も答えるように手を振った。
「もー、ほんとにめまいがするぐらい、魅力的な天使たちですね。でも、負けませんから、ご心配なく。最後に勝つのは私よ!……と信じて明日もがんばります。よろしくおねがいします」
友部は両手を大きく広げて頭を下げる。また万雷の拍手だ。俺も大きく拍手する。やはり、友部の存在感はある意味で別格だ。
拍手が鳴りやまず、一度、舞台から下がった天使たちが、もう一度、舞台に上って、頭を深々と下げた。矢祭がマイクを握る。
「ありがとうございました。みなさん、もっと見たいよね。でも、今日はここで終わりです。歌声対決の結果も、みなさまの胸の中で採点してもらって、明日の投票に生かしてください。というわけで、明日は生徒会主催のオーディション。いよいよ、決戦の時です。おいらも佐和の応援で舞台に上がるよ。今日はありがとう。また、明日お会いしましょう」
「最後に」と青柳がマイクを握る。「今日、この演奏会に来てくださった皆様に、ささやかなプレゼントがあります。お帰りになる前に、ステージわきの像(ステージは中庭にあるのだが、その脇によくわからない小さい女の子の像がある)のところに寄っていってください」
そうして、手を振って、天使たちが舞台から消えると、さすがに拍手もやんだ。それにしてもささやかなプレゼントって? と思っていると、四人の天使たちがステージわきに立って、何か小さなものを渡し始めた。透明な袋に入ったおそらくクッキーのようなものだ。青柳は昔からお菓子作りが得意で、中学時代には、俺もおすそわけを何度ももらったことがある。
自然に列ができたので、俺も那加と一緒に並ぶ。
「透子さんとみなみんが出てきたのには驚いたわね。知ってた?」
「いや、まったく」
「ほんとに、すてきな美少女たちね。顔も、心も。みんな生き生きしてる。これもジラのおかげかな」
「まさか。でも、中井さんのおかげではあるかもしれませんね」
俺は心からそう言った。何度も言う通り、那加の言う通りにいろいろなことを実行していると、なぜかみんな生き生きしてくる。魔法みたいだが、まさか、本物の魔法じゃないだろう。たまたま、役者がそろっていた部分もあるだろうが、しかし、那加が、その役者の個性を考えて、その役者の幸せのための筋書きを作っていることのほうがきっと大きい。
俺たちの番が来た。青柳と小尾先輩がふたりで袋に入ったお菓子を渡している。「ハートが私で、星がヴィーナス先輩よ」
青柳が俺に渡してくれて、小尾先輩が那加に渡した。
「お菓子も対決ってわけですね」
那加が言うと、小尾先輩はうれしそうににっこりした。那加の耳元でささやくのが聞こえた。
「実は、青柳さんに教わりながら作ったの。歌もお菓子もすばらしいの。青柳さんって本当にすてき」
人ごみをぬけだしたところで立ち止まると、那加はもらったお菓子を大切そうに両手にのせて眺めた。
「入る前は、この学校がこんな楽しいところだとは想像もしていなかった。眞知も大大地高にしてあげればよかったかな。そうしたら、きっと、あの舞台に乗っていたね」
那加は、ふう、と少しため息をついた。そして、「じゃ、また、あした」というと振り向きもせずに、俺を置いたまま、行ってしまった。
たくさんの生徒たちの中に溶け込むその姿は、神様でも何でもない、ごく普通の高校生に見えた。さっき、演奏会が終わった時、涙ぐんでいたように見えたのは俺の見間違いだろうか。
あの涙はなんだったのだろう。天才たちが集う中学校では、那加はあまりいい思いはしていなかったと、眞知は言っていた。そして、何の理由か知らないが、こんな田舎の学校へ来て、大変な苦労をしている。あれほどの天才が能力を隠し、眞知にそっくりだという美貌を隠し、コンビニでバイトをして手を荒している。その胸中はどんなだろう。
酒出にしろ、友部にしろ、今、あんなに生き生きと輝いているのは、那加のおかげが大きいことを俺だけが知っている。青柳やヴィーナス先輩を含めて、このオーディションを学校中が楽しんでいるように見えるのも、もともとは那加のおかげだといってもいい。周到な戦略でみんなを幸せにしながら、誰も那加のしたことを知らず、感謝もできない。ただ、この俺一人をのぞいては。
「それでいい。誰も私を知らなくていい」と那加はきっと言うんだろうな。もしかすると、俺を奴隷にしたのは、たぶん、俺のためという部分も相当にあったろうが、半分は俺という隠れ蓑を作って、みんなを幸せにするためだったのか? とも考えた。
とにかく、俺だけがこのことを知っている。だからこそ、せめて俺だけは、どんな形にしろ、ご主人様の本当の意味での役に立ちたい……だが、、何をしたらいいのだろう? 何ができるのだろう。
俺は、那加の本当の気持ちの一部でさえ知らないのだ。そう思うと、自分が歯がゆくなった。
ああ、ご主人様、あなたも一人の人間なのですね。俺は、あなたの役には立てないのですか?




