本当の、気持ち?
お風呂上りのクリームくんを捕まえて、ベッドに放り込む。文句を言われたけど、無視無視。
「何するんだ!」
「はいはい、子どもが夜更かししない~」
「俺様の仕事を邪魔するな!」
「いいから! 見てほしい物もあるし」
そう言うと、クリームくんはわたしの方を見た。よし……!
わたしは白黒の写真を取り出した。そっと開いて、クリームくんに渡す。クリームくんはそれを見て、眉間にギュッとシワを寄せた。怒ってる?
「これを、どこで?」
「ごめんなさい。オルゴールに入ってたの。すぐに渡さなくて、悪かったと思ってる……」
「父上の写真だ。あれに隠してあったのか」
「うん。これが引っかかっちゃって、動かなくなってたんだよ」
クリームくんはベッドの上に起き上がって、写真をじっと見つめてる。わたしは思い切って聞いてみた。
「この写真のひと、誰かに似てると思わない?」
「……ああ、そうだな。白黒だからこそ、ハッキリとわかる。アイスシュークは、あのひとの子だ」
クリームくんは表情ひとつ変えずに断言した。そして、写真を元のように折りたたむと、枕元にある机の引き出しにしまった。
「もう寝る。アスナ、お前も寝ろ」
「えっ? そ、それだけ……? もっとこう、他に、ないの? だって、アイスくん、クリームくんのお兄さんだったんだよ!?」
「だから?」
そう言って寝転がろうとするクリームくんを、わたしは肩を掴んで引き留めた。
「だから? じゃないでしょ! アイスくんのこと、奴隷にして、酷い扱いをしてきたんでしょ、その……、悪いと思わないの!?」
「何に対して?」
「…………」
クリームくんの冷たい言葉が、わたしに突き刺さった。
何に対して、って、どういう意味なの。
「俺様はそんなこと知らなかった。知らされていなかった。それに、酷い扱いと言うが、俺様は奴隷に対して一切態度を変えたことはないぞ」
「やめて……」
「どの奴隷に対しても同じように接してきた。奴隷を使うのは、俺様たち上に立つ人間の当然の権利だ。だいたい、奴隷を作り出したのは誰だ? 俺様か? 違うだろう」
「やめて! そんな言い訳なんてどうだっていい、王子の立場なんて関係ない! わたしに、そんな、嘘つかなくていいから……!」
「嘘なんか……」
「嘘だよ! じゃなきゃ、そんなつらそうな顔、するわけないじゃん!」
次の瞬間、わたしは、クリームくんに押し倒されていた。泣きそうに、顔をクシャクシャにしてクリームくんが叫ぶ。
「じゃあ、どうすればいいって言うんだ!」
「クリームく」
「今さら謝ったところで何かが変わるのか? ずっとこれが正しいと教えられてきたんだ、今さら、そんなこと言われたって……疑問に思わなかったわけじゃない、でも、従わなければ次は自分がこうなるんじゃないかって、ずっと……ずっと……!」
「クリームくん……」
「怖かった……」
わたしは震える背中にそっと手を置いた。クリームくんの体がビクンッと跳ねて、涙の粒が落っこちてきた。
「変えていこうよ。間違ったと思ってるなら、それは、きっと正すべきなんだよ」
「どうやって? 私にはそんな権限もなければ、変えていく力もないのに……。どうやったらいいかも、わからないのに……」
「味方を集めよう? クリームくんの周りには、クリームくんの力を信じてついてきてくれるひとが、きっといるはずだよ。この国ぜんぶの奴隷は解放できなくても、ここの奴隷たちだけでも……! わたしは、クリームくんならできるって信じてるよ」
「アスナ……!」
「わひゃっ?」
クリームくんはわたしにギュッと抱きついてきた。重……くはないけど、苦しいよっ。
「アスナ、このままここに残って、私を支えてくれ。アスナがいてくれたら、きっとできると思う!」
「ちょ、ちょっと待って。わ、わたしは、帰らなくちゃ……」
そう言うと、クリームくんはわたしから離れてくれた。そして、ベッドの上に座って、わたしのことも引き起こしてくれる。ふたりでベッドに座って、クリームくんはわたしをじっと見た。
「アスナの事情は知っている。だからこそ、帰してやらないといけないと思っていた」
「そうなの?」
「ああ。アスナの血と心臓を捧げる儀式を執り行なえば、アスナの魂はアスナの世界に帰って行く。だから、いつかは儀式をしないといけないと……」
「ま、待って! わたしはこの体でこの世界に落っこちてきたんだよ!? この体のまま帰りたいよ! 魂が帰るって言ったって、そんなの、信じられない!」
「だが事実だ。でも、それはもういい。アスナはここに残れ。ずっと、私の側で、私を支えてくれ。私の、伴侶として」
「伴侶!? そ、それって、奥さんってこと?」
「ああ、そうだ」
ええ〜〜〜!?
どうしてそういう話になるの? そんなのおかしいよ!
「そんなこと言われても困る! だいいち、わたしの方が年上じゃん!」
「それがなんだ」
クリームくんがムッとした表情になった。
それがなんだ、って、だってそんなの犯罪だよ〜!
「無理だよ、歳が離れすぎてるもん!」
「そんなもの、関係ない。今すぐでも構わない」
わたしが構うよ!
「アスナ……」
「ちょっ、ダメぇっ!」
顔を寄せてくるクリームくんを、わたしは両手でブロックした。クリームくんの目が燃え上がる。
「拒むな。受け入れろ」
「やだ……。ダメなの。わたしは……」
「うるさい。首輪で無理やり言うことをきかせてもいいんだぞ」
「……ひどい」
わたしは思わず両目をつむった。
こんな形で、ファーストキスを奪われるなんて……!
でも、いつまでたっても唇に触れるものはなかった。薄目を開けると、ちょうど、クリームくんが部屋を出ていくのが見えた。
「クリームくん!」
結局その日、クリームくんは戻ってこなかった。




