SFの世界にこんにちは?
「えっと……結界のことはもうどうしようもないんですけど、一応、代わりになりそうなものは作ってもらえました」
「えっ?」
アガレットさんのエメラルドの瞳が大きく見開かれる。ああ、本当にキャンディそっくり。優男系イケオジの無防備な表情とか! か、顔がゆるむ!
「どういうことだい? 詳しく説明してくれるかな?」
「はい。ちょうど結界が消えてしまったとき、わたしたち、風の精霊と一緒にいたんです」
「えっ?」
「結界がなくなってしまったら、ギースレイヴンが攻め込んできてしまうと思ったので、代わりに風の膜を張ってもらったんです」
「ええっ!?」
「それで、見た目だけは結界があるように見えるかなと思って……。あ、魔力の拡散防止にも少し効果があるみたいです。拡散防止って、わかります?」
「わ、わかるよ? わかるけど、待って、理解が追いつかない……。風の精霊様がこの国にいたの? だって、ずっと精霊様はこの国にはいなかったのに。いるはずないのに……」
「あ、はい。わたしが連れてきちゃって」
「はっ!? つ、連れてきたの? どこから? どうやって?」
「結界の、外からです。大地の精霊の力を借りて」
「はっ……」
アガレットさんは固まったかと思うと、片手で顔を押さえて高笑いしはじめてしまった。ゼリーさんがわたしの肩を後ろから掴んでちょっと距離を取らせる。警戒してるんだな、うん。
まあ、でも、アガレットさんの気持ちもわからなくないかな。だって、こんなのあんまりにも荒唐無稽でしょ。
「はははははっ! すまない、そうか、そうだったのか……」
笑いが収まったアガレットさんは、長い指で目許をぬぐうと、わたしたちのほうへ向き直った。その微笑みはすっかり落ち着いていて、さっきの大笑いなんかなかったことになってるみたいだ。
「ありがとう、アスナくん。この土地は長い間……あまりにも長い間、精霊様の加護を失っていた。隣国のことは脅威だが、それでも、自然な流れに帰ってこられたんだと思うと、私は歓迎すべきだと思う。ただ、やはり結界に守られているばかりだった我々は、すぐには順応できないだろう。防衛の意味でも、魔力の拡散を押し留めてくれたという意味においても、風の精霊様の加護はありがたいよ」
アガレットさんが、わたしの手を両手で握った。
「!」
「アスナくん、本当にありがとう。精霊様に出会えた幸運と、君の機転と、その両方がなければこの国は大変なことになっていたよ」
「そ、そんなこと……」
て、照れる~~!
「まさかギースレイヴンのことまで知っていたとはね。あの国は、千年も前から我々を狙っているんだ。結界がなくなったと知ったら、すぐにでも兵を挙げて押し寄せてきただろうから」
「そうですね。それに、兵器のこともあります」
「兵器?」
「シャリ……宰相閣下が、わたしにそう言ったんです。ギースレイヴンは工場で兵器を作っていて、よその国を攻撃して自分の領土を広げてる……侵略戦争をしているんです」
「それは、初耳だな」
「そうなんですか?」
「ああ。それも含めて、話を聞かせてもらいたい。学園まで送っていくつもりだが……どうだろう、明日も城へ来てもらえないだろうか?」
「はい。今日はさすがに、ちゃんと説明しなきゃいけない相手がいるので遅くなる前に帰りたいんですけど、明日なら大丈夫です」
「良かった。さあ、ここだよ」
何の変哲もないドアに見える。両開きの、装飾のされた重いドア。お城にあるのは全部これだ。
まるで音楽ホールについているものみたいなの。重いし、絨毯があるせいで開けにくいやつ。それをアガレットさんはサッと押し開けてわたしを部屋に通してくれた。
中はたくさんのコードと配電盤みたいなもの、キーボードと接続してあるパソコンに似たもの、そしてディスプレイがひしめきあってた。すごい、最先端機器じゃん! これじゃSFの世界だよ~!
「じゃあ、ここに手を触れて」
「あ、はい!」
入ってすぐの台に水晶球みたいなものがハマってた。コーヒーカップのやつと似てる!
どっちの手を乗せたらいいのか迷ったけど、結局、右手にした。
手を置くと、ふぉんって電子音が聞こえた。ちょっとしたダルさがあって、魔力が吸われていってるのかなぁと思う。アガレットさんはキーボードをカチャカチャといじっていた。
「もう、いいですか?」
「充分だよ、ありがとう」
そう言われてわたしは水晶球から手を離した。
まだ魔力切れってほどじゃないけど、献血の後みたいに少しぼんやりするなぁ。
「送っていこう」
「はい」
わたしたちは部屋を出た。お城の外には馬車が待っていて、それに乗ってマリエ・プティまで帰ることになった。ヴィークルがあるのに、お城のひとたちは馬車を使う。それってきっと、魔力の節約のためだったんだね。
「アスナくん、君にだけ言っておきたいことがあるんだ」
「え? ここでも大丈夫ですよ。このひとは、ギズヴァイン先生の幼馴染でボディガードなんです。今日はたまたま一緒にいて、お城までついてきてくれたんですよ」
「ギズヴァイン卿の息子さんのね……。じゃあ、味方だと思っていいのかな?」
アガレットさんの言葉に、今までずっと黙っていたゼリーさんが胸に手を当てて頷くと、しっかりした声でこう言った。
「はい。命に代えましても」
「よろしい」
いや、よろしくはないんですけど。
命に代えるものなの!? こわっ!
「なら、他言無用で頼むね。ギズヴァイン卿の息子さんと私の娘であるキャンディスには後で事情を説明することになるから、構わないよ」
「はい、わかりました」
わたしの言葉に頷いて見せて、アガレットさんは真剣な表情になった。
「国王陛下が消えた」
「えっ!?」
「完全に、失踪してしまった。ちょっと目を離した隙にいなくなってしまったんだ。そして、宰相閣下もいない。どういうことだと思う?」
「わからない、です……」
「そうだ。我々にもわからない。とにかくこの事態をどうにかしなくてはならないんだが、捜索と同時に国民の生活も守らなくてはならない。隣国のことを知っていたアスナくんにだから言えるのだが……あの結界がなくては、魔力の供給が追いつかないんだ」
知ってる……。
そうか、アガレットさんも知ってたんだ……。
ジャムは、知らされてなかったのにね?
この国は、やっぱ、おかしいよ……。




