分岐点 2
「どうしたのアイスくん! 大丈夫?」
「あいたたた……あ、ああ、あ、アスナさん!」
「うん。ひさしぶりだね」
アイスくんは倒れ込んだまま顔だけ上げてわたしを見た。なんだか必死な表情だ。頭に草がついていたので、わたしはしゃがみこんで取ってあげた。なんか、ほっとけないんだよね。
「アスナさん、お、女の子と、キ、キキキキ……」
「き?」
「キスなんてダメです!」
「しないよ? 何言ってんの?」
わたしの言葉にアイスくんはホッとしたような笑顔になった。そして、ふっと視線を下に落とすと、真っ赤になって地面に顔を突っ込んだ。
「ご、ごごご、ごめんなさい!」
「え? あっ」
わたしは慌てて立ち上がった。
気をつけてたつもりだったけど見えちゃってたみたい!
アイスくんもバツが悪そうに立ち上がる。
「なんか、ごめんね!」
「い、いいえ! 僕が悪いんです!」
「いやいや、わたしが……」
わたしとアイスくんが頭を下げあっていると、そこに超不機嫌そうな顔をして、腕を組んだキャンディが割り込んできた。
「それで? 男子禁制の我がマリエ・プティに忍び込むだなんて、覚悟はできているのでしょうね?」
「……怖っ」
すんごい冷たい声だった。
えっ、キャンディそんな声出るの? めちゃめちゃ怒ってない?
「アスナ、これは冗談では済まされませんわ。即刻警備員に知らせなくては」
「キャンディ」
「待って!」
ひとを呼びに行こうとするキャンディを、アイスくんが大きな声で呼び止めた。それでも無視するキャンディを、わたしが追いかけて引き留めた。
「待ってよ、キャンディ。お願い、ちょっとだけ話をさせて?」
「…………」
「ここがダメって言うなら、すぐに学校の外に行くからさ」
「いいえ、ここでお話なさって。でも、少しだけですわ」
「すぐに出ていきます。アスナさん、ちょっとこっちへ……」
「やましいことがないなら、私の前でお話しなさいませ! アスナ、本当なら今すぐこの男を突き出すところですのよ? この意味、おわかりかしら」
ひえ〜っ!
そんなに怒らなくてもいいのに……。
「わ、わかったよ。アイスくん、今日はどうしたの?」
「あの……その……」
「時間がありませんわよ?」
「キャンディ!」
威嚇するんじゃないよ、まったく!
アイスくんはうつむいてモジモジしてたけど、キャンディの言葉を聞いてハッと顔を上げた。
「あの、僕についてきてほしいんです。色々話すより、見てもらったほうが早いから……。僕たちを、助けてください」
「だめですわ!」
「待って、キャンディ。わたしも、アイスくんに聞きたいことがあったんだ。ね、アイスくんがわたしを連れて行きたい場所って、特別なところかな? それって、アイスくんの国に関係がある?」
「!」
「わたしも行けるの? 結界の、先に」
「やっぱり、知ってたんですね……」
「どういうことですの、アスナ? 私にもわかるように、ちゃんと説明してくださいまし!」
アイスくんは、バツが悪そうに首輪を弄りながらうつむいている。わたしは、とりあえず座れる場所まで移動して、キャンディに事情を説明することにした。
「えっと、キャンディは結界ってわかる? この国は、かなり昔から鎖国……他所の国との関係を完全に絶ってしまっててね、今、この国には外国のひとはいないはずなんだ」
結界の存在は、限られた人間しか知らないはず。ドーナツさんはお父さんが結界の修復のために家を出たから知っていた。ジャムは言わずもがな、蜂蜜くんやゼリーさんはシャリに逆らえないからか、知らされている。
なんでゼリーさんが知ってるのに、エクレア先生は結界のことを知らなかったんだろう? キャラメルもチョコも、結界のことを聞いてみたら知らなかった。
「この国を守るため、宰相閣下が張っておられる結界ですわよね。私にも多少なりとも王族の血が流れておりますもの、聞いたことくらいはありましてよ」
良かった、知ってるんだ。説明の手間がちょびっと省けた。
「じゃあ、外の世界が今、魔力の枯渇に苦しんでるのは知ってた? この国には魔力があるよね? 魔工機械が生活になじんでいるもんね」
「……いいえ、知りませんでしたわ。では、結界があるおかげで、私たちは無事に生活できているんですのね」
しみじみとキャンディが言う。
実際には、結界も魔力を吸い取っているから、この国のひとたちは長生きできないんだけどね……。でも、今これを言うと、話が完全に逸れちゃう。あと、ギースレイヴンのアイスくんの前で言っちゃいけないことかもしれないし。
魔力の枯渇は命にかかわること。外の世界で人々がどうやって暮らしているのかはわからないけど……あの真っ黒な土地でまともに暮らせているとは思えないよ。
「アイスくんはね、その外の世界から来たんだよ。どうやってかわかんないけど、結界を越えてきてるの」
「まあ! そんなの、信じられませんわ。アスナ、気持ちはわかりますが、騙されていますわよ」
「本当なんだって。だよね、アイスくん」
アイスくんは迷っているみたいに顔色をコロコロ変えている。キャンディが睨んでるからだよ〜。でも、アイスくんはわたしの目を見て、それから頷いた。
「結界を越えるなんて……簡単に言いますけど、不可能ですわ。結界の魔法の仕組みを思えば当たり前です!」
「当たり前なの?」
「そうでした、アスナは別の世か……!」
別の世界から来たって言いかけて、キャンディは慌てて口を閉じていた。そうだよ。わたしはここの世界の人間じゃないから、魔法のこと詳しくないもん。まだシャリに教わってないからね。教わる約束をしただけで。
「あの、僕、アスナさんが別の世界から来たこと、知ってます……」
「えっ!?」
「だよね。ここに来て一番最初に会ったの、アイスくんだもん。わたしに、助けてほしいって言ったよね? でも、わたしも助けてほしい。わたしは、自分の世界に帰りたいの。そのためのヒントを探してて、いつかは結界の外にも行こうと思ってた……ねぇ、アイスくんは、わたしを助けてくれる?」
「それは……」
アイスくんは目を見開いて、わたしを見つめてきた。真っ赤な、さくらんぼみたいな瞳。それが揺れている。迷ってる? アイスくんは悲しげに眉を歪めて、下を向いた。その指で、首輪に触れながら。
「約束は、できません……」
「わかった。とりあえず、連れてってよ」
「アスナ!?」
「いいん、ですか……?」
「だって、行かないとわからないんでしょ? なら、行ってみようかなって。またここに帰ってこられるよね?」
「アスナ、いけませんわ! 行くならせめて、私も連れて行きなさい。これでも魔法は得意ですのよ!」
キャンディはわたしの腕にしがみついた。
あ、これ、絶対に離さない気だ!
「……向こうは、魔力がほとんどない空間なんです。魔力が多いひとほど、一気に魔力が吸い取られて、苦しみますよ」
……どうしよう。
わたしの魔力は3だから、考えなくてもいいとして、キャンディはつらいんじゃない? キャンディを見ると、やっぱり不安そうな顔をしていた。
わたしは……
▶【キャンディを連れて行く】
▷【ひとりで行く】




