なにこの空気?
「へくしょんっ!」
いくら日差しがあったかくても、風に吹かれればくしゃみも出るよね。だってずぶ濡れなんだもん。
わたしに水をぶっかけた庭師さんは、慌てて謝って王宮の方へ走ってっちゃった。タオルでも持ってきてくれるのかな。
髪の毛を絞って震えて待っていると、駆けつけてきてくれたのはジャムだった。
「アスナ! 大丈夫か? とりあえずこれで拭け」
「ありがと」
渡されたのは大きな布。さすがにタオルはすぐには出てこないか。……敷物じゃなきゃいいけど。
「アスナ、庭師を許してやってくれ。わざと水をかけたわけじゃないんだ」
「わかってるよ。あんなとこに人が隠れてるなんて、普通は思わないもんね」
「そうだな。……ありがとう」
「?」
どっちかっていうと、ここはわたしが怒られる場面じゃない? 水をかけられたことに腹を立てる権利なんて、わたしにはないんだけど。ジャムって意外と繊細だよね。
そんなことを思っていたら、いきなりギュッと抱きしめられてしまった。
「ちょっ、ジャム! 痛い!」
「あ、すまん。それより早く着替えないとだよな。このままじゃ風邪を引く。風呂で温まるといい。抱えていこうか?」
「いや、いいよ。自分で歩くよ」
「そ、そうか」
なんなんだ、ソワソワして。
ジャムの視線の先をたどって、わたしはジャムの肩をどついた。
「こんの、スケベ!」
「いてっ! いや、違うんだアスナ!」
何も違わない! 胸をガン見してたろお前!
水に濡れたせいで肌にシャツが貼り付いちゃって、ブラが透けて見えちゃってた〜〜! も〜〜!
「最低!」
それでも背に腹は代えられないってことで、お城のお風呂に入れてもらった。元々、わたしのためにお湯を用意してくれてたみたいだしね。
わざとゆっくりお風呂に入る。さすがに体は自分で洗ったけど、髪の毛はお願いしちゃった。マッサージもしてもらって、お茶会の時間なんかなくなるくらい長居した。
「すっごく気持ちよかった〜。ありがとうございました! 制服ください、わたし、帰るんで」
「晩餐の用意が整っております。お着替えになってお越しくださいとのことでございます。着ていらしたお召し物は、ただいま綺麗にしております」
ちくしょう、ダメか。
まぁ、こうなるんじゃないかと思ってはいた。
わたしはおとなしくドレスに着替えて、お化粧してもらって、案内されるままに食堂へ向かった。今夜も真っ赤なドレス。
食堂の前にいた赤い制服の門番さんが、わたしを見て敬礼した。中へ声をかけてから、両開きの扉を開く。大きな広間にはふたりがけの丸テーブルと、壁際に楽器を持った一団が。
正装のジャムが立ち上がってわたしを出迎える。ゆっくりと静かな曲が始まった。……なにこの空気。
「アスナ……綺麗だ」
「…………」
なんだこの。
ロマンチックな音楽が流れる空間に素敵な花が飾られたテーブル、ドレスアップしたふたりが蝋燭の明かりを挟んで見つめ合うディナー? なんだか、とても良くない流れな気がする。
ジャムはわたしの手を取って、テーブルの方へ歩いた。わたしの椅子を引いて、座らせてくれる。そして、席へは戻らずにそのまま隣で話を始めた。
「アスナ。何度も城まで来てくれていたのに、会えなくて悪かった。オレに話があったんだろう?」
「……まぁ、うん」
「どんな用件かはわかってる」
ほんとかよ。
「だが、アスナから言わせるなんて、そんなの、オレは自分が許せない……」
あ、これは。完全にわかってないやつだわ。やっぱり。
ジャムはその場に膝をついて、わたしの手を取った。
「結婚しよう、アスナ。オレと新しい家族を作ろう」
「キャンセルってBボタンだったよね?」
「は?」
いっけない、それはゲームの話だったぁ!
ウフフフフ!
「ったく、そんなわけないでしょ!? なんでわたしがアンタに結婚を申し込むために毎日会いに来てたと思ったわけ? 誰に吹き込まれたのよ!」
「えっ……あっ……」
「悪いけど、わたしまだ結婚なんてしたくないわ。誰ともね。……ごめんなさい、オースティアン」
本当の名前で呼びかけたからか、ハッとした表情になったジャムは、次の瞬間フッと微笑んでいた。その笑顔はどことなく、「やっぱりな」と納得しているようにも見えたので、わたしはちょっと安心した。
「そう、か。おかしいなとは思っていたんだ」
「だったらなんで……」
ジャムは黙って立ち上がると、わたしの向かいの席についた。ジャムがサッと手を上げると、どこからかウエイターさんがやってきて、わたしたちのグラスに水を注いで去っていった。
ジャムはグラスに口をつけて、それからゆっくり話し始めた。
「アスナのほうから結婚したいと言ってくるとしたら、それは何か理由があってのことだと思った。結婚を決めても、実際に事が運ぶのはどうせ一年後か二年後だ。なら、その間だけでもオレの名前を貸してやろうと思ったんだ。だが、アスナが受けてくれるなら、もちろんオレは本気で結婚するつもりだったぞ」
「ジャム……」
結婚するのにそんなに時間がかかることも驚きだったけど、何より、ジャムがそんなことを考えていたっていうのにビックリ。もしかして、ジャムのほうからプロポーズしてきたことにも、意味があるのかも。軽そうに見えて、しっかり考えているんだなぁ。
ジャムは言いにくそうに続けた。
「婚約式を済ませていない今の状態だと、オレの妃候補っていう立場もあやふやなままだしな。……あまりひとりで出歩くなよ? それと、キャンディスとその周囲には気をつけろ」
なんじゃそりゃ。




