注文の多いメイドさん?
馬車を降りて王宮へ向かう途中、シャリアディースが小さな声で話しかけてきた。護衛の騎士が前と後ろにふたりずつ、話し声がギリギリ聞こえないような位置にいる。わたしも小さな声で返事をした。
「なぁに?」
「オースティアンに伝える役割は私に任せてくれないか。折を見て話す」
「わかった。ギースレイヴンのことは、わたしには何もできないもんね」
「……どういう意味かな?」
「えっ? だから、ギースレイヴンに手紙を送るなり、他の国に使者を送るなりして、あの国の兵器の開発や魔力の枯渇を何とかするんでしょう? 結界を一時的に解除するとか、すり抜けるとかして」
「結界は越えられないし、一時的な解除もできない。諦めたまえ、アスナ」
「えっ、ウソ! 待って待って、そんなことって……ちょっと、隠し事すんのやめてよ! そんな場合じゃないのわかってるよね?」
「嘘ではない。私が作った結界なのだ、私が一番よくわかっている」
「でも、その結界にも綻びがあったりしたんでしょ? なら、そこから出入りできるんじゃないの?」
「ありえない。綻びに近づけば、綻びは自己修復しようと手近な魔力を吸収する。人間ならば生命ごと吸い取られて死ぬぞ」
「…………」
背筋がゾワッとした。
いやいやいやいや、そんなまさか!
でも、シャリアディースが嘘を言っているとは思えない。じゃあ、シャリは知らないんだ! アイスくんに会わなくっちゃ……。
そこまで考えて、わたしはふと気づいた。
結界の綻びに近づいた人間が吸収されちゃうってことは……
「あ、ねぇ、待って。それじゃ、ジャムのお父さんたちって……」
「…………」
「そう……」
シャリアディースが無言で首を振ったのを見て、わたしの心は重くなった。
「死体を確認したわけではないがね。だが、もう五年になる」
「わかったから、もう、いいよ。それ以上言わなくて……」
「結界には近づくな、アスナ。私の結界を破ろうとするなら、君だとしても容赦しない」
「……わかった」
「それと……」
「ひゃっ!?」
いきなり顔を近づけられて、わたしは思わず背中に隠していたハリセンに手をやっていた。チョコとキャラメルが絡んでこないから、最近はめっきり使いみちのない隠し武器だ。
「オースティアンと会う日とは別に、週に一度は私の部屋へおいで。魔法を教えると言ったろう?」
「え……」
「クッ……ふははっ! なんだ、その嫌そうな顔は。君は本当に、他の誰とも違う反応をするな。見ていて飽きないよ」
笑われてしまった。
そんなこと言われても、知らないし!
「いつでもいい、好きなときに来るがいい。私と契約……」
「やだ!」
「契約するのは、嫌なのだろうから、せめて習ったらどうかと言おうとしたのだが? 魔法は君の武器になるかもしれないよ?」
「わたしの魔力で使える魔法なんかあるの?」
だって、たったの3しかないんだよ?
わたしの言葉に、シャリアディースは黙ってしまった。顎に手を当てて考え込んでいる。そこまで難しいならべつにいらないんですけど!?
王宮について、わたしが最初にしたことは手に持っていたマドレーヌの箱を預けることだった。メイドさんがたくさんいる。わたしは囲まれてどんどん奥へ奥へと連れ込まれてしまった。
「あのね、その中身は手作りのお菓子なの。王様がお茶会に持ってこいって言ったのよ。毒なんか入ってないよ。でも、検査が必要とかそういう理由なんだよね」
「お預りします。上着をこちらでお脱ぎください」
「え、いや、べつに脱がなくてもいいんですけど」
「お預りします。髪飾りをこちらに置いてください」
「待って、さすがにちょっとそれは……」
「お預りします」
なにこの注文の多いレストラン?
上着を脱がされ、シュシュとピンは引き抜かれ……ハリセンも無言で取り上げられた。そこは何か言ってよ。
「お召し物をお預りします」
「お風呂の用意ができております」
「入浴剤はいかがいたしますか」
「ちょっと待って! どういうことなの? わたしはお風呂なんか入らないよ?」
「どうぞこちらへ」
この展開は身に覚えがある……!
断りきれなくなってドレスアップさせられるやつだ!
「やだよ!」
わたしは逃げ出した。
メイドさんたちは手に持っていた物を置いて、いっせいにわたしを追いかけてくる。まるでロボットみたいに無表情のままで。
……怖い! 怖すぎる!
わたしが何したって言うのよ!
どこへ逃げればいいのかもわからないまま、わたしは廊下を走った。角を曲がって外に出ると庭園の中だった。しめた、これで隠れられる! 手頃な茂みの影にうずくまってしばらくじっとしていると、うまくメイドさんたちをやり過ごすことができた。
「いったい何が起こってるわけ?」
この前のお茶会では、着替えなんて用意されてなかったのに。フツーに制服でお茶してたじゃん。誰の差し金なのか……。ジャムかな? ジャムだな……。
ジャム色の頭をしたチャラ男の顔が頭に浮かんできて、イラッとする。このまま帰ってやろうかなぁ。
そんなことを考えていたら、天から水が降ってきた。そりゃあもう、バッシャーンって。
「つ、め、た〜〜〜い! も〜〜〜、ジャム!?」
怒りながら立ち上がると、庭に水をやっていたオジサンがあんぐりと口を開けてわたしを見ていた。あれっ、ジャムのせいじゃなかったか?




