もしかして、ピンチ?
お茶会のためのマドレーヌはなんとか死守した。代わりにわたしのおやつが犠牲に……。わたし、一個しか食べてなかったのに!
そして結局、キャンディの誤解は解けないまま月曜日になった。いつもと違ってキャンディから話しかけてこない。すごく遠くからわたしを見つめてため息を吐いている。わたしが声をかけようとすると逃げていくし、困った困った。
「ほっとけばいいじゃないですか、べつに」
「他人事だと思って〜!」
「そう思わせといたほうが楽ですよ」
「やだ!」
キャンディを騙すのも、こんな風に友達をなくすのも、どっちもやだ〜〜!
授業の間の休憩時間は避けられて、昼休みは逃げられて、とうとう放課後になってしまった。今日はジャムのお茶会がある。シャリアディースのヤツに話を聞かなくちゃ。
「キャンディ、聞こえてるんでしょ? わたし、もう行かなくちゃ。帰ってきたら、ちゃんとわたしの話聞いてよね!」
キャンディの隠れているほうへ声をかけて、わたしは学園の馬車乗り場へ向かった。今日は蜂蜜くんが隠れてついてきてくれるから心強い。
王国の紋章がついた馬車の前に行くと、わたしのためにドアが開かれる。そこには先客がいた。
「げっ! シャリアディース!」
「これはまた、とんだご挨拶だね妃殿下」
「妃殿下じゃないってば。……どうして、アンタがここにいるの?」
「私に会いたがっていたのは君のほうだろう? さぁ、乗って」
「う、うん……」
わたしは不安になって後ろを振り返りながら馬車に乗った。蜂蜜くん、ちゃんと追いかけてきてくれるかな? わたしのこと、見えてるかな?
「ああ、あとひとつ。ついてくるな」
「ちょ、ちょっと待って、やっぱり降りる!」
「馬車を出せ。座りたまえアスナ、怪我をさせたくない」
馬車のドアはシャリアディースが片手で押さえていて、わたしには開けられなかった。あんな細腕ですごい力……もしかして魔法を使ってるのかも。
さっきの命令、「ついてくるな」って、きっと蜂蜜くんに言ったんだ。わたしはひとり、危険なヤツの前に座らされている。シャリを問い詰めるつもりだったけど、ふたりっきりで、しかもこんな狭い所に向かい合わせでだなんて想像してなかった。
「少し遠回りして行こう」
「いらない。早くお城に連れてって」
「何故? 今ならどんな質問にも答えよう。だが、今だけだ」
冷たい湖みたいな青い瞳がわたしをじっと見ている。白い手袋をはめた手で、胸の下辺りまである青みがかった銀髪を掻き上げて口を開く。
「真実を知りたいんじゃなかったのかな? それとも……やはり口だけか」
カァッと頬が熱くなる。睨みつけると、シャリアディースはニヤリと笑った。
「いいね。その瞳は美しい。それでこそ君だ」
「御託はいいわ。聞かせてもらおうじゃないの、ぜんぶ。わたしもちょうど、アンタのことが知りたかったのよ」
「私のこと?」
「そう。アンタ、いったい何者なの? 千年生きてるんでしょう? シャリアディース、アンタ、精霊なの?」
「クッ……あはははは!」
「何がおかしいの……」
シャリアディースは大きな笑い声をあげたかと思うと、片手で顔を覆って小刻みに肩を震わせていた。まるで、わたしがとんでもなくおかしなことを言いだしたみたいに。わたしの胸に虫食いみたいな不安が広がる。もしかして、まったく見当違いなことを考えていたんだろうか?
「精霊が何だかわかって言っているのか? 残念ながら外れだよ、アスナ。私は精霊じゃない」
「でも、人間でもないんでしょう?」
「ああ、そうだな……。確かに、私は人間ではないよ。だが、精霊でもない」
「千年生きてても?」
「ああ」
顔を上げたシャリアディースは、わたしを見てフッと笑った。
「私の張った結界について詳しく聞きたいのだろう? いかにも、あれはこの国を他国から守るだけでなく、住民から魔力を集めて中央に集積する役割も担っている」
「そのせいで……!」
「そのせいで生まれつき魔力の少ない者は早くして死ぬ」
「……!」
思わず立ち上がろうとしていたわたしを、シャリアディースが手を伸ばしてきて止める。
「だが、この国を取り囲む現実を君は知るまい、アスナ。だが、それも当然か……。地図を始め、すべての書物から他国の情報を消しているのだから。この島国の全貌すら知る者は少ない。今、それを見せてあげよう」
その通り、この国にある地図はすべて、王都と呼ばれる場所とその周辺しか描かれていない断片的なものしかなかった。アイスくんの住む国の名前は……いでよ、ステータス。えっと、ギースレイヴン……だね!
聞きたくても聞けなかった、ううん、聞くのがちょっと怖かったんだ。
だって、このステータスって、わたしにしか見えないみたいなんだもん。一部とはいえ、そのひとの個人情報を盗み見してるようなもんだから、このことが知られると嫌われそうで、誰にも言っていない。……シャリには言っちゃったけどさ。
この国が島国っていう新情報も驚きだったけど、もっと驚かされたのはシャリアディースの魔法にだった。ARって言うのかな、まるでアニメや映画みたいに、シャリが広げた掌の上に立体映像が浮かび上がっている。半透明だけど、ちゃんと色もついてる。わたしはつい、ため息を吐いていた。
「すごい……」
「美しいだろう?」
最初はスノードームかと思った。
海にぽっかりと浮かぶ島、そのほとんどが丸いガラスみたいなものに覆われていたから。
じっくり眺めてみると、そのドームの中心には小さなお城が見える。ジャムのいる王宮だ。そして、その周りには可愛らしい町があって、その外はだんだん草原や畑になっていく。ドームの端っこに高く突き出たすごく険しい山は、ここから遠くに見えるものと形がまったく同じだ。山の間には滝があって、その上には虹がかかっている。大きな川、湖、ほんの少し砂浜もある。
そして、海を渡った大陸は、そのほとんどが黒い靄みたいなものに覆われて薄暗い。この国に一番近い場所は、特に、真っ黒だった……。




