懺悔
ぱちぱちと爆ぜる火をぼんやりと見つめる。
何者かに襲撃されて、それから休み無しで丸一日歩いて街の傍の森で野宿。
なぜ街の宿屋とかそういう施設に泊まらないかを尋ねたところ、こちらの方が都合がいいからだと言う答えが帰ってきた。
水浴びの後、ソルさんに買ってきてもらった男物の服に着替えて、手の治療をしようとしたところ横から治療道具をアルにひったくられてしまった。
水浴びに行くというソルさんを見送りながら、アルに傷口を消毒してもらう。
ちょっと街に行ってみたかったのになぁなんてもんもんと考えていると、アルは面白くもなさそうに、金の髪と瞳を持つのはトリスカトルアの王族の特徴だから他国で姿が見られると面倒なことになるのだと説明してくれた。
「そっか、それなら野宿の方がいいね」
頷くがアルは無言のまま私の手から血を洗い流した後、クリーム状のもので傷口を覆って布を巻く。
私はアルの傷の方が気になっていたのだが、問題ない、の一言で済まされてしまった。
アルは例え自分の頭が砕けようとも死なないなんて冗談みたいなことを真顔で言うし、ソルさんも肯定するのでそれ以上どうしようも無かったのだ。
「ねえ、アル。私……詩季九折は生まれてはじめて人を殺してしまいました」
沈黙に耐え切れなくて、私の口から出てきたのはそんな言葉だった。
「仕方ないって、私にはそれしか手段が無かったって思うんだけど……」
言いたいことが上手く言葉にならない。これじゃただのいいわけだ。
「手段が無かった、か。大人しく助けを待とうとは思わなかったのか」
少年らしくない、大人びた苦い表情でアルは形の良い唇開くと薄い息を吐き、眉を僅かに寄せた。
糖蜜色の綺麗な瞳に無表情な私が写っている。
これじゃあ、いつもと逆だ。
「……待っていれば、助けてくれたの?いやこの言い方はないか。一人でいるのが怖かった。何かをしていないと不安だった。じっとしていればどんどん悪い方向に進んでしまうみたいで。それに……アルとソルさんが心配だった。純粋な心配と言うより、二人が居なくなったらどうしていいかわからなかったからなんだと思う」
だから、私は本を使った。
暗闇の中だったからわからなかったけど、この手で、この唇で、何人もの人を……。
アルの瞳に写る私は皮肉気に笑っていた。
「どんな理由をつけようともお前がしたことには変わりない。クオリお前は自分の行動を後悔しているのか……それとも、許されたいのか。どちらにしても遅すぎるがな」
冷たい金色の瞳と突き放すような物言いが今は心地いい。
だから私は震える手を握り締めて、無理やりにでも笑っていった。
「後悔してるよ。しないはずが無いじゃない。許されるものなら許して欲しい」
言っててまた泣きたくなってきた。私は案外泣き虫なのかもしれない。
「大丈夫だって、自分で決めたことでしょう!って何度も何度も自分に言い聞かせた。でも、駄目だった。あのときの光景が頭から離れなくて、それをやったのが自分だって思うと苦しくて。自分がやったことに目を瞑って耳を閉じて、それから逃げたくなる。私がやったことは変わらないのに。私は自分の意思で、人を……殺めました。今更何をどうやってもそれだけは変わらないなのに……」
心がざわざわと騒いでかみ締めた唇がじんと痛んだけど、そんなことはどうでも良かった。
あれは私が悪いんじゃない、死んだのは全部あの人たちが悪いんだ。
だから、私の所為じゃない―――と心が悲鳴をあげる。
目を、そらすな。それはきっと一番いけないことだ―――良心が責める。
「全部、私がやったことなのに。いや、全部私がやったことだから。それら全部ひっくるめて受け止めなくちゃいけないんだと思う。今回は運が良かったけど、次に同じことがあってもちゃんと生きていられるように。だって―――私、死にたくない。まだ生きてやりたいことがたくさんある。元の世界にも、帰りたい。だから、次もきっと同じことをする。しなくちゃ……いけない」
自分に言い聞かせるように強く、言葉を紡げば紡ぐほど激情が体中を駆け巡り、視界の中でアルの姿が滲みんだ。
どんなに言い回しを変えようとも結局は身勝手な我が儘だ。
言い切ったところでまだ完全に割り切れてなんていない。
あんな惨い殺し方をしたんだ。
生き残った人や殺した人の家族に恨まれ、命を狙われてもおかしくはない。
今も目を閉じれば悪夢のような一晩の映像が脳裏に鮮明に浮かぶ。
赤黒く、あの生臭さい臭気 に冷たい汗が背を伝い、嗚咽が漏れそうになったが、震える指先を握り締めて必死で息を整える。
アルはそんな私をただ静かに見つめていた。
皮肉に笑うでもなく、小ばかにするでもなく、私の醜い吐露を受け止めてくれる。
「私が当面ここで生きていくためにはアル達が必要。いやらしい言い方だけど、これは本当のことだし。アル達がいないと困るから有事には自分にできるだけのことをする。……それが、どんなことでも。私が生きるために。だからね。こんな私だけど、改めて……よろしくお願いいたします」
たどたどしくも一つ一つの言葉をゆっくりと紡いでじっとアルを見つめると彼はにやりと笑って鷹揚に答えた。
「ふん、せいぜい足手まといに成らぬように気をつけるのだな。気が向けば手を貸してやらんことも無い」
そして―――たった今手当てしてくれた手の甲に、そっと口付けた。
「馬鹿で不器用な女だが……お前のような人間は、悪くない」
手に触れる柔らかな感触と艶やかに笑う唇、ゆらりと揺れる苛烈な金色の瞳に捉えられ、不覚にも私の意識は体ごと硬直してしまった。




