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第94話 工廠監査

 ルクス・ヴァルキュリアの工廠区画は、艦内でも特に異質な場所だった。

 居住区画のような生活の匂いはない。

 医療区画のような清潔な静けさもない。

 そこにあるのは、金属音、駆動音、冷却装置の低い唸り、そして整備用アームが動くたびに響く警告音だった。

 巨大な格納フレームには、いくつもの機体が固定されている。

 地球製のルミナス・フレーム。

 帝国製のグレイブ・ドール。

 そのどちらとも言い切れない改修機。

 そして、まだ形になっていない計画の残骸。

 黒瀬誠司は、その光景を無言で見上げていた。

 隣には三島、技術監査官、兵装管理官、情報保全官が控えている。

 彼らの前に立つのは、ルクス側の整備責任者であるタツヤ・グレンだった。

 さらにその横には、腕を組んだグリッド・ハックボルトと、表情の薄いアシュがいる。

 地球側と、ラスト・オーダー側と、元帝国技術側。

 異なる技術者達が、同じ工廠に立っていた。

 それは協力体制であると同時に、互いの技術を監視し合う場でもあった。

 タツヤは端末を操作しながら言った。

「ここから先が工廠区画だ。現在稼働中の整備ライン、封鎖ライン、保管区画、危険物隔離区画に分かれている」

 黒瀬は視線を動かさずに尋ねる。

「未登録兵装は」

「ある」

 タツヤは即答した。

 三島がわずかに顔を上げる。

 タツヤは肩をすくめた。

「隠しても仕方ないだろ。帝国の艦を奪ったんだ。倉庫を開ければ、こっちの規格にないものはいくらでも出てくる」

「それらはすべて管理されていますか」

 黒瀬が問う。

「管理しようとしている、が正確だな」

「完全ではないと」

「完全だったら、あんたらを呼ぶ必要もない」

 グリッドが横から低く笑った。

「この艦はな、綺麗な軍港で整備された新造艦じゃねぇ。拾ったもの、奪ったもの、壊れたもの、使えるものを全部突っ込んだ戦場帰りの化け物だ」

「化け物、ですか」

 黒瀬はその言葉を繰り返した。

 グリッドは悪びれずに頷く。

「ああ。だが、飛ぶ。戦える。人も守れる。それで十分だ」

「十分かどうかを確認するために、我々が来ています」

「だろうな」

 グリッドは鼻を鳴らした。

「好きに見ろ。ただし、触る時は言え。下手に動かすと、工廠ごと吹っ飛ぶやつもある」

 三島の顔が引きつった。

 黒瀬だけは表情を変えなかった。

「では、順番に確認しましょう」


 最初に案内されたのは、地球側LFの改修ラインだった。

 整備フレームの中央に、白と青を基調とした機体が固定されている。

 まだ外装の一部は外され、内部フレームと追加配線が露出していた。

 だが、その姿には、以前のアルタイル・カスタムとは明らかに違う印象があった。

 重い追加装甲で無理やり性能を引き上げていた機体ではない。

 細く、鋭く、そして整っている。

 カイトはその前に立ち、少しだけ落ち着かない様子で機体を見上げていた。

 黒瀬が端末を見る。

「LF-X04 アルタイル・ノヴァ」

 タツヤが頷いた。

「カイト用の再設計機だ。元のアルタイル・カスタムは、正直かなり無理をしていた。出力不足を追加装甲とブースターでごまかしていたからな」

「危険な改修だったと」

「危険だった。だが、あの時点では必要だった」

 タツヤは機体を見上げる。

「今回は違う。カイト本人の反応速度、戦闘経験、操縦癖に合わせて、フレームから見直している。重装化じゃなく、最適化だ」

 技術監査官が端末に記録を入れる。

「帝国由来部品の使用率は」

「直接の中枢部には使っていない。センサー補助と姿勢制御の一部に、ルクス側で解析した技術を反映している程度だ」

 黒瀬の目が細くなる。

「程度、という表現は曖昧です」

「なら数値で出す。後で提出する」

「今後は最初からそうしてください」

「はいはい」

 タツヤは雑に返事をした。

 カイトは思わず苦笑する。

 だが、黒瀬は気にした様子もなく、アルタイル・ノヴァを見上げた。

「この機体は、地球側規格として扱えるのですか」

「扱える。少なくとも、帝国製GDよりはずっと地球側に近い」

「では、カイト機の正式更新案として記録します」

 黒瀬は端末に入力した。

 カイトはその言葉を聞き、少しだけ背筋を伸ばした。

 正式更新案。

 それは、この機体がただのその場しのぎではなく、次に進むための機体だと認められたということだった。


 次に向かったのは、支援機改修ラインだった。

 そこには、薄藍と真珠色の装甲を持つ機体が固定されていた。

 ルナ・スケイル・リフレクト。

 ミオの支援用LFである。

 機体の背部には、鱗のような防御パネルが何枚も重ねられ、その縁に淡い金色の反射ラインが走っている。

 ミオはその前に立ち、地球側技術者に説明していた。

「この機体は、単独撃破を目的としたものではありません。通信中継、防御支援、電子妨害の中和、味方機の生存率向上が主な役割です」

 黒瀬が問いかける。

「戦場全体を支える機体、ということですか」

「はい」

 ミオは穏やかに頷いた。

「特に今後は、地球側LF、ルクス側改修機、ラスト・オーダー系機体、PT専用機が混成で動く可能性があります。その場合、通信規格や防御制御がずれると危険です」

 技術監査官が感心したように画面を見る。

「この反射パネルは?」

「防御フィールドの局所展開と、敵電子妨害の反射補助です。ただし、反射というより中和に近いです」

 タツヤが補足する。

「派手な火力はない。だが、こいつがいると前線の生存率が上がる。カイトみたいな突っ込み癖のある奴には必要な機体だ」

「ちょっと待て」

 カイトが反応する。

「誰が突っ込み癖だ」

「お前だ」

 タツヤ、ミオ、グリッドの声が重なった。

 カイトは何も言えなくなった。

 三島が小さく笑いかけて、慌てて表情を戻す。

 黒瀬はそのやり取りを見ていたが、すぐに端末へ視線を落とした。

「LF-PT-M01R ルナ・スケイル・リフレクト。広域支援機として記録します。監査上の危険度は中。理由は、電子戦能力が高いため」

 ミオは少しだけ苦笑した。

「支援機でも危険扱いですか」

「通信を支配できる機体は、戦場を支配できます」

 黒瀬は即答した。

「火力だけが危険ではありません」

 その言葉に、ミオは静かに頷いた。

「その通りです」


 続いて、格納庫の奥にある別ラインへ移動した。

 そこには、砂白と白磁の装甲を持つ細身のGDが固定されていた。

 フェンリオン・リサイト。

 セラの機体だった。

 以前のフェンリオンと大きく形は変わっていない。

 だが、頭部と砲撃ユニットのセンサー光は、かつての金色ではなく、青緑に変わっていた。

 セラは機体の前に立っていた。

 腕を組み、少し不機嫌そうに見える。

 だが、それが緊張を隠すための表情だと、カイトには分かり始めていた。

 黒瀬が記録を読む。

「GD-PT-S01R フェンリオン・リサイト。帝国製パルスティア専用高機動狙撃機の再調整型」

 セラの肩がわずかに動く。

 黒瀬は続ける。

「変更点は、帝国命令系統の除去、照準補助AIの再調整、セラ本人の判断を優先する発射制御への変更」

 タツヤが頷いた。

「火力を上げたわけじゃない。むしろ制御を重くした。以前のこいつは、命令があれば撃てる機体だった。今は、本人が撃つと決めなきゃ撃てない機体にしている」

「兵器としては反応が遅れるのでは」

 兵装管理官が尋ねる。

 セラが口を開いた。

「遅れていい」

 全員の視線がセラへ向く。

 セラはフェンリオンを見上げたまま続けた。

「前は、撃てと言われたら撃った。迷う前に照準が合って、命令の通りに引き金を引けた」

 彼女の声は硬かった。

「でも、それでは駄目だった」

 黒瀬は静かに聞いていた。

 セラは続ける。

「この機体は、私が撃つための機体。命令が撃つ機体じゃない」

 しばらく沈黙が落ちた。

 黒瀬は端末に記録を入れた。

「発射判断の主体を、搭乗者本人へ移行。確認しました」

 セラは少しだけ意外そうに黒瀬を見た。

「何か言わないの?」

「言うべきことはあります」

 黒瀬はセラを見返した。

「その判断が本当にあなた自身のものか、今後確認します」

 セラは一瞬だけ目を細めた。

 だが、反発はしなかった。

「……好きにすれば」

「そうします」

 黒瀬は短く答えた。


 その隣のラインには、鉄灰と黒紺のフレームを持つ機体が置かれていた。

 LF-PT-R01 ヴァナルガンド。

 レイ用の高機動近接機である。

 まだ完成状態ではない。

 腕部や脚部には仮組みの装甲が多く、姿勢制御系の調整も終わっていない。

 だが、そのシルエットは、既に獣のような鋭さを持っていた。

 レイは無言で機体を見ていた。

 リンも少し離れたところから、それを見つめている。

 黒瀬は両者を一瞥した。

「同じR系列ですか」

 ミオが答える。

「はい。レイはPT-Rオリジナル。リンは量産型PT-R系列です」

 ミオは一拍置いて、補足した。

「同じR系列ではありますが、同一個体ではありません。レイは原型、リンはそこから作られた量産・派生側です」

「機体の関係は」

 タツヤが説明する。

「ヴァナルガンドはレイ用。ガルム・カスタムの戦闘データと、レヴァン由来のPT対応技術を一部流用している。近接戦特化だが、帝国GDではなくLF側の設計に寄せる」

 黒瀬はリンを見る。

「リンのヴァイス・リッパー・リビルドとは別系統ですか」

「別だ。あっちは帝国製処分部隊用高速追撃機を、ラスト・オーダー側で作り直したもの。こっちは地球側LF系をベースに、PT-R用へ新造する方向だ」

 グリッドが横から口を挟む。

「同じ速い機体でも、思想が違う。ヴァイス・リッパーは追い詰めて狩る機体。ヴァナルガンドは、前線で噛み砕く機体だ」

「物騒な表現ですね」

 三島が言った。

 グリッドは笑った。

「実際、物騒だからな」

 レイが低く言う。

「使いこなす」

 その短い言葉に、リンがわずかに反応した。

 黒瀬はそれも記録していた。

 同系統のオリジナルと量産型。

 似ているが、同じではない。

 機体もまた、それを示している。


 次の区画では、暗赤と黒鉄を基調とした機体の設計データが表示されていた。

 RVN-PT-L01 ヴァルクレイド。

 レータ用の指揮・分析系機体である。

 機体そのものはまだ完全な形にはなっていない。

 現在は、クロウヴェイル側の格納データと、ルクス工廠の部品を組み合わせた改修案として管理されていた。

 レータは端末を覗き込みながら、なぜか自分の機体の説明を真剣に聞いていた。

 三島が少し不思議そうに尋ねる。

「搭乗者本人ですよね」

「はい」

 レータが頷いた。

「ですが、私もまだ全仕様を把握していません」

「自分の機体なのに?」

「私用に調整される予定の機体です。予定は未来です。未来は未確定です」

 三島は返答に困った。

 ミオが小声で補足する。

「レータは、たまにこういう言い方をします」

「たまに?」

 カイトが小さく言う。

「結構いつもじゃないか?」

 レータは真面目な顔で振り返った。

「カイト、それは誤解です。私は必要な時にだけ論理的です」

「自分で言うのか……」

 少しだけ空気が緩んだ。

 黒瀬はそのやり取りを見ていたが、表情は変えなかった。

 タツヤが説明を続ける。

「ヴァルクレイドは、直接火力より指揮・分析・戦場統括に寄せる。レータはコマンダータイプだ。単機で暴れるより、複数機を動かす時に価値が出る」

「指揮機は危険です」

 黒瀬が言った。

「乗り手次第で、戦場全体を変える」

 レータはその言葉に頷いた。

「その評価は正しいです」

「自覚はあると」

「あります。だからこそ、私には監査が必要です」

 黒瀬は少しだけレータを見た。

 彼女は真面目だった。

 真面目すぎるほどに。

「記録します」

 黒瀬は端末に入力した。


 次に案内されたのは、艦艇改修ブロックだった。

 そこには、機体ではなく、巨大な艦体構造図が表示されていた。

 クロウヴェイル。

 アーク・ノア。

 そして、それらを統合改修する計画。

 クロウヴェイル・ノア。

 ジン艦長とカイルが、この区画では同席していた。

 黒瀬は図面を見つめる。

「クロウヴェイル・ノア計画。クロウヴェイルとアーク・ノアの統合改修艦」

 カイルが頷いた。

「まだ完全な統合ではない。クロウヴェイルを基礎に、アーク・ノアの通信系、指揮系、地球側規格を残す形だ」

 ジン艦長が続ける。

「アーク・ノアの通信機能は、当面維持する。地球上層部との連絡、統合軍との情報共有、帰還時の識別にも必要だ」

「独立運用と地球側連絡機能の両立、ですか」

 黒瀬が言う。

「その通りだ」

 ジン艦長は静かに答えた。

「ルクスが外宇宙へ出るなら、完全に地球と切り離されるわけにはいかない。だが、地球の指揮下だけでは動けない場面も出る」

 カイルが肩をすくめる。

「つまり、中途半端な艦だ」

「便利な艦とも言える」

 ジン艦長が返す。

 カイルは少し笑った。

「まあな」

 黒瀬は二人のやり取りを見た後、図面へ視線を戻した。

「再出航には追加審査が必要です」

「分かっている」

 カイルはすぐに答えた。

「ただし、救難信号や帝国の動きが確認された場合、判断は早くしてもらう」

「早く判断するために、今確認しています」

 黒瀬は淡々と言った。

「クロウヴェイル・ノアは、ただの艦ではありません。地球側、ラスト・オーダー側、ルクス側の技術と指揮系統が混ざる。混ざったものは強い。ですが、壊れ方も予測しづらい」

 カイルはその言葉を否定しなかった。

「そうだな」

 ジン艦長も頷く。

「だからこそ、今のうちに整理しておく必要がある」

 黒瀬は記録を更新した。

「クロウヴェイル・ノア計画。再出航前追加審査対象として継続監査します」


 工廠監査は、次第に深部へ進んでいった。

 そこから先は、空気がさらに重くなる。

 量産型GD保管区画。

 厚い隔壁の向こうに、帝国製のグレイブ・ドールが並んでいた。

 GD-01 モルテム。

 GD-02 セレネ。

 GD-03 ラメント。

 GD-04 リリス。

 GD-05 グラディウス。

 GD-06 バリスタ。

 GD-07 ヴェイル。

 GD-08 ヴェス。

 GD-09 カタコンベ。

 GD-10 ノクターン。

 GD-11 ファランクス。

 GD-12 エレジア。

 GD-13 オブスクラ。

 GD-14 カロン。

 GD-15 オルトロス。

 GD-16 アビス。

 GD-17 ノワール。

 そのすべてが完全稼働状態というわけではない。

 損傷機もある。

 部品取り用もある。

 封印されたままの機体もある。

 だが、それでも、番号が揃っているという事実には重みがあった。

 三島は思わず息を呑む。

「これだけの数が……」

 グリッドが低く言った。

「全部動くわけじゃねぇ。だが、部品は使える。直せるやつもある。敵が使っていたものでも、こっちが生き残るには必要になる」

 黒瀬は一機ずつ視線を動かした。

「再利用する予定は」

 タツヤが答える。

「すぐに前線へ出す予定はない。だが、防衛用、部品取り、解析用として使う可能性はある」

「帝国命令系統は」

 アシュが初めて口を開いた。

「残っているものもある」

 全員の視線がアシュへ向いた。

 アシュは表情を変えない。

「完全に消せたと断言する方が危険だ。特にノワール、アビス、オブスクラは、隠密・電子系の残滓が残りやすい」

 黒瀬はアシュを見る。

「あなたは元帝国研究側でしたね」

「ああ」

「信用してよい情報ですか」

「信用しなくていい。検証すればいい」

 アシュは淡々と返した。

「俺の言葉を信じる必要はない。だが、疑うなら、疑う手順を間違えるな」

 三島が少し眉を動かす。

 黒瀬は、しばらくアシュを見ていた。

「合理的な意見です」

「そうか」

「あなたも監査対象です」

「知っている」

 アシュはそれだけ言って、また黙った。

 黒瀬はGDの列へ視線を戻した。

 いずれも、現時点では封印管理および解析対象だった。

 実戦投入ではなく、命令系統の残滓、構造情報、対抗策の確認が優先される。

「これらは兵器ではない」

 その言葉に、タツヤがわずかに眉を上げる。

 黒瀬は続けた。

「正確には、兵器であると同時に、未来の選択肢です」

 格納庫の空気が静まる。

「選択肢?」

 カイトが聞き返した。

 黒瀬はGDの列を見つめたまま言った。

「地球は、この技術を使うこともできる。封じることもできる。破壊することもできる。解析して対抗策を作ることもできる」

 彼の声は冷たかった。

 だが、ただ切り捨てる声ではなかった。

「ですが、選択肢は間違えれば災厄になる」

 カイトは言葉を失った。

 黒瀬の視線の先にあるGD達は、沈黙している。

 ただ並んでいるだけだ。

 だが、それらがかつてどれほど多くの戦場で使われたのかを思うと、ただの機械には見えなかった。


 工廠のさらに奥。

 そこには、通常の監査チームすら立ち入りを制限される区画があった。

 ネメシス・レクイエム残骸保管区画。

 厚い隔壁には、三重の認証ロックがかけられている。

 照明は暗く、空気は冷たい。

 入室したのは、黒瀬、三島、技術監査官、タツヤ、グリッド、アシュ、ユイ、カイト、そしてジン艦長だけだった。

 隔壁が開く。

 その先にあったのは、巨大な黒い残骸だった。

 漆黒の外殻。

 赤黒い脈動光を失った、骨のような機械フレーム。

 ところどころに残る骨白の装甲片。

 それはもはや完全な機体ではない。

 だが、死んだとも言い切れない存在感があった。

 カイトは喉の奥が乾くのを感じた。

 ユイは静かにその残骸を見つめている。

 黒瀬が低く言った。

「これが、ネメシス・レクイエム残骸」

 タツヤが頷く。

「現状では起動不能。出力炉は分離済み。暴走原因と見られる人工知能パーツも一部封印している」

「一部」

 黒瀬は即座に反応した。

「すべてではないのですか」

 アシュが答えた。

「すべてを取り外せば、機体構造そのものが崩れる可能性がある。レクイエムは通常のGDとは違う。制御系と構造材が深く結びついている」

「危険ですね」

「ああ」

 アシュは短く答えた。

「危険だ」

 黒瀬は残骸を見上げた。

「これを改修する計画があると聞いています」

 室内の空気が一段重くなった。

 タツヤはすぐには答えなかった。

 グリッドも黙っている。

 ユイが一歩前に出た。

「計画案です」

 ユイはすぐに付け加えた。

「理論案です。接続試験も、出力試験も、まだ行っていません」

 黒瀬の視線がユイへ向く。

「名称は」

 ユイはわずかに息を吸った。

「ノクス・レクイエム」

 その名前が、暗い区画に静かに落ちた。

 三島が端末を握る手に力を入れる。

 黒瀬は表情を変えない。

「内容は」

 タツヤが答えた。

「ネメシス・レクイエムの外殻、高出力機関、変形構造を一部再利用する。暴走原因となる人工知能パーツは除去、または封印。中核操縦ユニットとして、ユイのノクス・リリスを組み込む」

 黒瀬の目が鋭くなる。

「ノクス・リリスを、ですか」

「そうだ」

「それは、ユイを制御装置として使うという意味ですか」

 カイトが反射的に顔を上げた。

「違います」

 ユイが言った。

 その声は静かだったが、はっきりしていた。

「私は制御装置ではありません」

「では何です」

「搭乗者です」

 黒瀬はユイを見つめた。

 ユイは逃げなかった。

「ノクス・リリスは、私が帝国側で使用していた機体です。操縦系統も、同期系統も、私に合わせられています。それを中核にすれば、レクイエムの危険な制御系を減らせる可能性があります」

「可能性」

「はい。確実ではありません」

 ユイは認めた。

「だから、今すぐ使うべきではありません」

 カイトはユイの横顔を見た。

 彼女は、この機体を恐れている。

 だが、必要なら向き合うつもりでもいる。

 それが分かった。

 黒瀬は技術監査官へ視線を向ける。

「評価は」

 技術監査官は苦い表情で答えた。

「理論上は、成立する余地があります。ただし、危険性が高すぎます。出力系、変形構造、残存AI、搭乗者負荷、暴走時の停止手段。問題が多すぎる」

「停止手段は」

 タツヤが答える。

「中核部のノクス・リリスを強制離脱させる構想がある。外殻を捨てる形だ」

「離脱できなければ」

 沈黙。

 その沈黙が答えだった。

 黒瀬は端末を閉じた。

「これは承認できません」

 カイトが顔を上げる。

 黒瀬は続けた。

「少なくとも今は」

 ユイは反論しなかった。

 ただ静かに頷いた。

「分かっています」

「本当に分かっていますか」

 黒瀬の声が少しだけ厳しくなる。

「これは切り札ではありません。現時点では、制御不能の災厄候補です」

 カイトは思わず一歩前に出そうになった。

 だが、ユイが手で制した。

 彼女は黒瀬を見たまま言う。

「その評価は正しいです」

 黒瀬は沈黙した。

 ユイは続ける。

「だから、封印してください。監査対象にしてください。私一人の判断で起動できないようにしてください」

 カイトは息を呑んだ。

「ユイ……」

「必要になるかもしれません」

 ユイは残骸を見上げた。

「でも、必要だと思った時ほど、誰かに止めてもらう必要があります」

 黒瀬の目がわずかに動いた。

 その言葉は、予想外だったのかもしれない。

 ユイは静かに言った。

「私は、自分が正しいと信じすぎるのが怖いです」

 その一言で、区画の空気が変わった。

 カイトは、胸の奥が締めつけられるのを感じた。

 黒瀬はしばらくユイを見ていた。

 そして、低く言った。

「ノクス・レクイエム計画は凍結。ネメシス・レクイエム残骸は、地球統合軍とルクス側の共同封印管理対象とします」

 タツヤが頷く。

「妥当だな」

 グリッドも渋い顔で言った。

「今動かすもんじゃねぇ」

 アシュは残骸を見上げたまま、短く呟いた。

「動かさずに済むなら、それが一番いい」

 黒瀬はその言葉を記録した。

     *

 監査終了後。

 工廠区画の出口で、カイトはユイに声をかけた。

「本当に、よかったのか」

 ユイは振り返る。

「ノクス・レクイエムのことですか」

「うん。あれ、ユイの機体になるかもしれないんだろ」

「はい」

「なのに、自分で封印してくれって」

 ユイは少しだけ考えた。

「カイト。力は、欲しいと思った時ほど危険です」

 カイトは黙った。

「今の私達には、強い力が必要です。帝国と戦うには、きっと足りないものが多い。でも、足りないからといって、何を使ってもいいわけではありません」

 ユイは工廠の奥を見た。

「レクイエムは、そういう力です」

「怖いのか?」

「はい」

 ユイは正直に頷いた。

「怖いです。ですが、必要になった時に逃げたくもありません」

「……難しいな」

「はい」

 ユイは小さく息を吐いた。

「とても」

 カイトは少しだけ笑った。

「じゃあ、その時は俺も止める」

「止めるのですか」

「必要なら」

 ユイはカイトを見た。

 その目に、少しだけ驚きが浮かぶ。

 カイトは続けた。

「ユイが無理しそうになったら止める。でも、本当に必要なら一緒に考える。勝手に背負わせない」

 ユイはしばらく黙っていた。

 そして、ほんの少しだけ微笑んだ。

「ありがとうございます」

 その言葉は小さかったが、工廠の騒音の中でもカイトにははっきり聞こえた。


 同じ頃。

 監査チームの記録室では、黒瀬が工廠監査の一次報告をまとめていた。

 三島が横に立ち、端末を確認している。

「監査官。危険度評価、かなり高めになりますね」

「当然です」

 黒瀬は淡々と答えた。

「アルタイル・ノヴァは地球側規格で管理可能。ルナ・スケイル・リフレクトは支援機として有用。ただし電子戦能力に注意。フェンリオン・リサイトは搭乗者意思の確認継続。ヴァナルガンドとヴァルクレイドは完成前監査継続。クロウヴェイル・ノアは再出航前審査必須」

「ノクス・レクイエムは」

「凍結」

 黒瀬は即答した。

「現時点で承認する理由がありません」

「ですが、必要になる可能性は」

「あります」

 三島が少し驚く。

 黒瀬は端末に記録を打ち込みながら言った。

「だから破棄ではなく凍結です」

「封じるけれど、捨てない」

「そうです」

 黒瀬は画面を閉じた。

「この艦にあるものは、どれも危険です。だが、危険だからすべて捨てれば、次に来る脅威に対抗できない」

 三島は工廠の方角を見た。

「難しいですね」

「難しいから監査が必要です」

 黒瀬は立ち上がった。

「兵器は分かりやすい。撃てるか、飛べるか、壊せるかで評価できる」

 彼は通路の向こうに視線を向けた。

 そこには、工廠から居住区画へ戻っていくユイ達の姿が小さく見えた。

「問題は、それを使う者です」

 三島は黒瀬を見る。

「次は、やはり」

「PT個体群の観察に移ります」

 黒瀬は言った。

「工廠で、この艦の力は見た」

 そして、少しだけ声を低くする。

「次に見るべきは、その力を持つ者達が、何を望んでいるのかです」

 ルクス・ヴァルキュリアの工廠には、未来の戦力が眠っていた。

 地球を守るための力。

 帝国へ対抗するための力。

 そして、一歩間違えれば、すべてを壊す力。

 そのすべてを抱えたまま、ルクスは地球の空の下に留まっている。

 信頼には、まだ遠い。

 だが、隠さずに見せた。

 それだけは、確かな一歩だった。

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