第39話 終結 ~side Yui~
「利用するだけだ」
セラが嫌そうな顔をする。
「正直で助かるわね……」
だがユイは逆に少し納得した。
その方が信用できる。
カイルは回れ右をすると、そのまま艦内奥へ歩き出す。
「来い。ここはまだ戦域だ」
ユイとセラは顔を見合わせ、後を追った。
輸送艇内部は想像以上に広かった。
だが内装は無機質だった。
必要最低限の設備しかない。傭兵部隊というより、移動基地に近い。
通路奥では数人の整備員が慌ただしく動いている。
損傷したGD。弾薬。パーツ。 戦いの匂いが染み付いていた。
その時、横の格納区画が見える。 ユイの視線が止まった。
「……ネヴァ」
黒いGD。
アシュ機だった。
だが近くで見ると損傷が酷い。
左肩装甲が吹き飛び、フレームもかなり歪んでいる。
その横では、レータが整備員と怒鳴り合っていた。
「だからスラスター先に直せって言ってんだろ!」
「無茶言うな!予備が足りねぇ!」
「知るか!」
セラが小さく吹き出す。
「思ったより普通ね」
その時、アシュ本人が機体下から顔を出した。
「うるさい」
無表情だった。 レータが振り返る。
「お、来たか」
ユイを見る。
「改めて歓迎するぜ、PT-Y01」
ユイは少しだけ眉をひそめた。
「その呼び方やめて」
レータが肩を竦める。
「じゃあユイで」
そのやり取りを見ながら、カイルは通路奥へ進んでいく。
ユイは小さく息を吐き、後を追った。
やがて一つの部屋へ辿り着く。 ブリーフィングルームだった。
中央モニターには、現在の戦域マップが表示されている。
帝国艦隊。アーク・ノア。そしてベヒモス。
カイルはモニター前へ立つ。
「まず確認しておく」
低い声だった。
「俺達は地球側じゃない」
セラが顔をしかめる。
「帝国側でもないんでしょ?」
「ああ」
カイルは頷く。
「ラスト・オーダーは、どこにも属さない」
傭兵。 それが一番近い。
だが単なる金目当てにも見えなかった。
ユイは静かに口を開く。
「……レグナートを知ってるの?」
部屋の空気が少しだけ変わる。 レータとアシュが視線を逸らした。
カイルだけは動かない。
やがて彼は短く答える。
「ああ」
「昔からな」
それだけだった。
しかし、その声には妙な重さがあった。
ユイは小さく目を細める。 この男は、まだ何か隠している。
『高熱源反応接近!』
『ベヒモス進路変更!』
全員の表情が変わる。 モニター内で、巨大怪物がこちらへ向きを変えていた。
セラが顔を引きつらせる。
「嘘でしょ……」
カイルは静かにモニターを見る。
その目だけが冷えていた。
「追って来たか」
赤黒い巨体は、砲火を浴びながらも前進を続けている。
「冗談でしょ……」
セラが顔を引きつらせる。 アーク・ノア側艦隊も即座に迎撃へ移っていた。
無数の光線が宇宙を走り、爆炎が広がる。
それでもベヒモスは止まらない。 いや。
止まれない。 ユイはモニターを見つめながら、小さく呟いた。
「暴走してる……」
既に制御限界を超えていた。 本来ならもっと早く停止していたはずだ。
しかし、無理矢理起動された影響で、内部出力が崩壊を始めている。
その時、別モニターへ帝国艦隊が映る。
損傷した旗艦。 後退する艦隊群。
その中央で、巨大な転移ゲートが展開され始めていた。
セラが目を見開く。
「まさか……」
カイルが静かに言った。
「回収する気だ」
直後、帝国側通信が戦域全体へ流れる。
『全艦、ベヒモス回収を最優先とする』
レグナートの声だった。 大型拘束艦。
無数のアンカー射出装置。 ベヒモスへ向けて展開されていく。
「正気じゃない……」
セラが呟く。
しかし、レグナートは本気だった。
まだ諦めていない。 ユイは小さく拳を握る。
あの男は、また同じ事を繰り返す。 もっと大きな規模で。
その時だった。 ベヒモスが突然動きを止める。
全員の視線がモニターへ向く。 赤黒い外殻。
膨張する光。 嫌な予感が走った。 カイルの目が細くなる。
「全艦離脱」
低い声だった。
「爆縮する」
ベヒモスが咆哮する。
そして、 赤黒い光が一気に収束した。
閃光。 爆発。 衝撃波が宇宙全域へ広がる。
アーク・ノア艦隊も、帝国艦隊も、一斉に後退を余儀なくされた。
輸送艇内部が激しく揺れる。 セラが咄嗟に壁へ手をつく。
「っ……!」
ユイも視線を上げる。 爆炎の中心。
そこには巨大な空間裂傷が発生していた。
歪む空間。 暴走した転移反応。 カイルが低く呟く。
「転移暴走か」
直後、ベヒモスの巨体が光へ飲み込まれる。
帝国側拘束艦も巻き込まれて消えた。
そして、 空間裂傷そのものが崩壊する。
静寂。 戦場から、怪物は消えていた。
セラが呆然と呟く。
「……消えた?」
誰も答えない。 アーク・ノア側艦隊も停止していた。
帝国側も動きを止めている。 完全に予想外だったのだろう。
その時、帝国側艦隊がゆっくり後退を始めた。
撤退。 戦域から離脱していく。 カイルが静かに言う。
「終わりだ」
短い言葉だった。
しかし、ようやく戦場の緊張が切れる。
ユイは小さく息を吐いた。 終わった。
だが同時に理解する。 これは始まりでもある。
ベヒモス。 PT計画。 レグナート。
帝国は、まだ止まっていない。
その時、アーク・ノア側通信が再び開く。
『ユイ!』
カイトだった。
『聞こえるか!?』
ユイは少しだけ目を閉じる。
そして静かに通信を開いた。
「聞こえてる」
『無事なんだな!?』
「……うん」
やがてカイトが低く言う。
『無事でいろ』
ユイは外部モニターを見る。 撤退する帝国艦隊。
その先に残る、自分の役目。
そしてラスト・オーダー。
ユイは静かに首を横へ振った。
「まだ帰れない」
『……っ』
「やる事がある」
カイトは何も言わなかった。 否定もできないのだろう。
ユイ自身、それが危険だと分かっている。
それでも行くしかない。
やがてカイトが小さく言った。
『……分かった』
その声は苦かった。
しかし、止めなかった。
ユイは少しだけ笑う。
「ありがと」
通信が切れる。
その時、カイルが背を向けたまま口を開く。
「帝国へ戻るなら、しばらくは俺達と動け」
ユイが視線を向ける。 カイルは振り返らない。
「レグナートは、お前を探す」
低い声だった。
「一人じゃ無理だ」
ユイは少しだけ黙り込み、やがて静かに頷く。
こうして。 ベヒモス事件は終結した。
だがその裏で。
帝国。地球。ラスト・オーダー。
三つの勢力は、静かに次の戦いへ動き始めていた。




