第34話 本物 ~side Yui~
『レグナートが、何を隠してるのか』
その言葉が、重く通路へ落ちた。ユイはレータを見つめる。
黒いGDの奥。通信越しに聞こえる声は、確かに昔のレータだった。
だが同時に、何かが変わっている。十年前とは違う。
まるで別の戦場を見続けてきたような声だった。
レオンが低く言う。
「……それ以上喋るな」
明確な警告だった。レータは小さく笑う。
『図星?』
次の瞬間。レオンが引き金を引いた。
閃光。赤い弾丸が通路を裂く。だが黒いGDは、一瞬で横へ消えた。
爆発音が響いた。背後隔壁が吹き飛ぶ。
周囲兵士達が慌てて散開する。セラが顔をしかめる。
「ちょっと、ここ旗艦内部なんだけど!」
レオンは構わなかった。銃口を向けたまま低く言う。
「RAVENをここで逃がすわけにはいかない」
その声には、はっきり焦りが混じっていた。
ユイはそれを聞き逃さない。レオンが焦っている。
つまり。レータの言葉は、本当に何かを突いている。
その時だった。通路奥で再び爆発が起きる。
艦全体が揺れた。
『第二隔壁突破!』
『侵入部隊、司令区画へ接近中!』
通信が混乱している。RAVEN側は、本気で旗艦中枢を狙っていた。
セラが険しい顔になる。
「……目的、レグナート?」
『半分正解』
レータが静かに答える。
『でも本命は別』
ユイの目が細くなる。
「“本物”って何」
短い沈黙。レータは少しだけ視線を逸らした。
そして低く言う。
『ユイ』
『あんた、自分がどうやって生まれたか、本当に全部聞いてる?』
その瞬間。空気が止まった。ユイの表情が変わる。
セラも息を呑む。レオンだけが、険しい顔のまま黙っていた。
それが逆に答えだった。ユイの胸に冷たいものが広がる。
「……どういう意味」
レータはすぐには答えない。代わりに、小さく呟いた。
『やっぱり知らされてないんだ』
その声には、僅かな怒りが混じっていた。
次の瞬間。通路照明が再び落ちる。警報音だけが響く。
そして、艦内全域へ、新たな放送が流れた。
『総司令官命令』
『全PT部隊、司令区画防衛へ移行』
『RAVEN部隊を最優先脅威認定』
レオンが小さく舌打ちする。
「来るぞ」
その直後だった。通路天井が内側から吹き飛ぶ。
轟音が響く。金属片が降り注ぐ。兵士達が悲鳴を上げる。
そして、その穴から新たな黒い影が降下してきた。
黒いGD。一機。また一機。さらにもう一機。
全員、黒い翼の紋章を持っている。セラが思わず後退した。
「三機……!」
異様だった。誰も声を出さない。ただ静かに立っている。
しかし、その存在感だけで空気が変わる。
レータが小さく息を吐く。
『……間に合ったか』
その時だった。新たに降下してきた一機が、ゆっくり前へ出る。
黒い外装。鋭いシルエット。
そして、その機体を見た瞬間。
ユイの表情が変わった。
「……ネヴァ」
セラも目を見開く。
「え……あれって」
以前、地球圏で交戦した黒い機体。帝国側機密GD。
それが今、RAVEN側へ立っていた。
レオンの顔色が変わる。
「まさか……奪ったのか」
レータは小さく笑う。
『違う』
『保護したんだよ』
その言葉に、通路空気が凍る。次の瞬間。
ネヴァ側から通信回線が開いた。ノイズ。
数秒後、静かな男の声が響く。
『久しぶりだな、PT-Y01』
ユイの目が細くなる。聞き覚えがあった。
以前、ネヴァ内部から聞こえた声。
『……アシュ』
男は静かに頷く。
『覚えててくれたか』
その声は以前と変わらない。だが今、帝国側ではなくRAVEN側にいる。
それ自体が異常だった。
セラが困惑した声を出す。
「待って、どういう事?」
「なんで帝国機がRAVENにいるの?」
アシュは少しだけ沈黙した。やがて低く言う。
『帝国は、もう帝国じゃない』
その一言で、空気が変わった。ユイには、まだ意味が分からない。
だが、今は問い返す時間すらなかった。レオンの表情が険しくなる。
「……黙れ」
だがアシュは止まらない。
『レグナートは、もう止まらない』
『だから俺達は離れた』
ユイの胸がざわつく。レータ。アシュ。
RAVEN。
断片だったものが、少しずつ一つの形へ繋がり始めていた。
その時だった。艦全体を揺らすほどの重低音が響く。
全員の動きが止まる。直後、艦内通信が悲鳴のように叫んだ。
『第零区画、封鎖解除!』
『ベヒモス反応、活性化――!』
艦内通信が悲鳴のように響く。次の瞬間。
旗艦全体が大きく揺れた。重低音。まるで艦そのものが軋んでいるようだった。
通路天井から火花が散る。兵士達が慌てて姿勢を低くした。
セラが顔をしかめる。
「……何よ、これ」
レオンの表情が険しくなる。
「最悪だ」
その声には、本気の焦りが混じっていた。
ユイはそれを見て、背筋が冷える。レオンがここまで動揺する事は珍しい。
その時だった。艦内モニターが強制起動する。
ノイズ。数秒後、映像が映し出された。
巨大な培養区画。その中央。黒い液体に沈む、山のような巨体。
ベヒモスだった。だが以前見た時と違う。
動いている。ゆっくりと。まるで呼吸するみたいに。
セラが息を呑む。
「嘘……」
次の瞬間。ベヒモスの片目が開いた。
赤い光。それだけで空気が変わる。異常な威圧感だった。
兵士達の顔色が変わっていく。ユイの胸にも、言いようのない圧迫感が広がる。
本能が警告していた。アレは危険だと。
その時、レータが低く呟く。
『……起動したか』
ユイが振り返る。
「知ってるの?」
レータは小さく目を伏せた。
『あれはレグナートの切り札』
『NBとPT技術を無理やり接続した実験兵器だ』
セラが眉をひそめる。
「実験兵器……」
答えたのはアシュだった。ネヴァが静かに一歩前へ出る。
『本来、生まれてはいけなかった』
低い声だった。
『制御系統も未完成のまま動かしている』
『あれは兵器ですらない』
その言葉に、ユイの背中が冷える。未完成。
つまりレグナートは、そこまで追い詰められている。
その時だった。司令区画奥の隔壁が開く。
重い音。全員の視線がそちらへ向く。そこに立っていたのは、レグナートだった。
静かな表情だった。しかし、その目だけは異様に冷たい。
レオンが即座に敬礼する。
「総司令官」
だがレグナートは反応しない。視線は、真っ直ぐレータ達へ向いていた。
長い沈黙。やがてレグナートが低く言う。
「……まだ生きていたか」
レータが小さく笑う。
『しぶといんでね』
レグナートの目が細くなる。
「傭兵崩れ共が」
その瞬間。周囲兵士達がざわついた。
セラが小さく眉をひそめる。
「傭兵……?」
レータは肩を竦める。
『ラスト・オーダー』
『今の俺達の名前だ』
その名前が通路へ静かに響く。ユイはその名を覚える。
帝国でも地球でもない。
別の場所に立つ者達。
それが今、目の前にいた。その時だった。
艦全体を揺らすような咆哮が再び響く。
低く。重く。生き物の叫び声。モニター内で、ベヒモスがゆっくり身体を起こし始める。
警報音が一気に激しくなった。
『培養槽限界!』
『封鎖維持不可能!』
『エネルギー制御暴走!』
兵士達の顔色が変わる。レオンが険しい声を出す。
「総司令官、危険です!」
だがレグナートは動かなかった。ただベヒモスを見つめている。
その目は異様なほど静かだった。やがて小さく呟く。
「……ようやくだ」
ユイの背筋に寒気が走る。この男は。
本気でこれを起動させるつもりだ。その時だった。
レータが低く言う。
『ユイ』
ユイが振り返る。レータの声は、先ほどまでより真剣だった。
『ここに残れば、あんたも飲まれる』
短い沈黙。そして、
『……隊長が待ってる』
その言葉だけを残し、黒いGD群がゆっくり後退を始めた。




