表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
330/412

第328話 返事を測る部屋

 命令層中枢の内部は、戦場ではなかった。

 少なくとも、カイトが想像していたような場所ではない。

 砲台が並び、GDが待ち構え、防衛線が張られている。

 そういうものを覚悟していた。

 だが、開いた扉の奥に広がっていたのは、白く冷たい空間だった。

 壁も床も天井も、どこか曖昧だった。

 巨大な部屋の中にいるようでもあり、何層もの記録装置の内側に取り込まれたようでもある。

 幾何学的な光の線が宙に浮かび、そこに文字列と波形が流れていた。

 ジンの声が通信に入る。

『全機、進入速度を落とせ。敵影はないが、命令層反応が濃い』

「了解」

 カイトはアルタイル・ノヴァ・ブレイスを前進させながら、周囲を見回した。

 攻撃されているわけではない。

 だが、見られている。

 それも、外側からではなく、内側を覗かれているような感覚だった。

『……気持ち悪いですね』

 ミオの声が震える。

 ルナ・スケイル・リフレクトの支援網は最低限に絞られている。前回の入口突破時よりも、ずっと慎重な展開だった。

『こちらの通信内容じゃなくて、支援網の癖を読まれている気がします』

『癖?』

 セラが聞き返す。

『はい。どう繋ぐか、どこを守ろうとするか。そういうものです』

 ナユの声が続いた。

『残響も変です。ここ、音が返ってくる前に、返し方を決められているみたい』

「返し方を決められている……?」

 カイトは思わず呟いた。

 その言葉に、ユイが答える。

『ここは、そういう場所なんだと思う』

 ノクス・レクイエムはまだ本格起動していない。

 ユイは中核部で待機したまま、外部観測だけを行っている。

 それでも彼女の声には、明らかな緊張があった。

『返事を聞く場所じゃない。返事を、命令に合う形へ変える場所』

 その言葉が、白い空間の冷たさと重なった。


 ルクス・ヴァルキュリア艦内、解析室。

 リクト、アルベルト、レオニスが、次々と流れ込んでくる中枢情報を読み取っていた。

 ただし、直接接続はしない。

 外部遮断層を挟み、読み取り専用の隔離画面へ流している。

 アルベルトが顔をしかめた。

「やはり、通常の軍事認証ではありません」

 黒瀬が通信越しに問う。

『どういう意味ですか』

「所属、階級、機体番号ではない。ここで照合されているのは、もっと古い分類です」

 リクトが画面を切り替える。

 そこに表示されたのは、幾つもの系列名だった。

 Y系列。

 M系列。

 R系列。

 S系列。

 L系列。

 I系列。

 A系列。

 その横に、細かい数値と反応波形が並んでいる。

 レオニスが低く言った。

「これは個人名ではない。系列ごとの初期反応記録です」

 三島が息を呑む音がした。

『初期反応……』

「はい。人格が育つ前、あるいは命令適性を測るために使われた記録です。名前ではなく、系列。意思ではなく、反応。返事ではなく、従属率」

 艦橋が一瞬、静かになった。

 ジンが短く言う。

『全機へ共有しろ。ただし、必要最低限だ。全部見せるな』

 黒瀬が頷く。

『同意します。読ませすぎると、精神負荷が大きい』

 カナデの声が割り込んだ。

『私の方で心理反応を見ます。PT本人達に見せる情報は、こちらで制限してください』

 アルベルトは小さく頷き、表示を分割した。

「では、分類名と危険反応だけ送ります。詳細評価文は伏せる」

 だが、中枢側はそれを許すつもりがないようだった。

 前方の白い空間に、新たな光の壁が現れる。

 そこに文字が浮かんだ。

 ――Y系列応答記録。

 ――M系列支援適性記録。

 ――R系列近接適性記録。

 ――S系列照準反応記録。

 ――L系列統率補助記録。

 ――I系列記録保存反応。

 ――A系列補完反応。

 カイトは息を止めた。

 こちらが選ぶ前に、中枢が見せてきた。


 ユイの視界に、Y系列の文字が重なる。

 その下に、古い波形が流れていた。

 自分のものなのか。

 それとも、自分と同じ系列の誰かのものなのか。

 一瞬では判別できない。

 ただ、その表示を見た瞬間、胸の奥が冷たくなった。

 そこに名前はない。

 ユイも。

 竜奈も。

 クレスケンスも。

 どの名前もなかった。

 ただ、Y系列とだけ表示されている。

『……ユイ』

 カイトの声が届く。

 ユイは目を閉じ、短く息を吐いた。

「大丈夫。見えてるだけ」

『本当に大丈夫か?』

「うん。今はまだ、引っ張られてない」

 それは事実だった。

 けれど、平気という意味ではない。

 名前を奪われる感覚は、思ったよりも深く刺さった。


 ミオの前にも、M系列支援適性記録が表示されていた。

 そこには、支援網の反応速度、通信安定性、同時接続数、命令伝達補助率が並んでいる。

『……嫌ですね、これ』

 ミオは小さく言った。

『私が誰かを支えたいって思ったことまで、数値に変えられているみたいです』

 カナデがすぐに通信を入れる。

『ミオさん、それはあなたの現在の支援ではありません。帝国が昔、そういう見方をした記録です』

『分かってます。でも、見えると少し嫌です』

『嫌だと思えるなら大丈夫です。記録に飲まれているなら、嫌だとも思えません』

 ミオは少し間を置いて、短く笑った。

『……なるほど。嫌だと思えるのは、私が私だからですね』

『ええ』

 そのやりとりを、イリスは後方で静かに記録していた。


 レイの画面には、R系列近接適性記録。

 反応速度、踏み込み角度、切断判断、敵機接近時の迷いの少なさ。

 レイは一度だけ眉を寄せた。

『斬るのが速いと、こうやって書かれるのか』

 リンが通信越しに言う。

『……レイさん、それは褒め言葉ではないと思います』

『分かってる。だから気に入らない』

 セラの方には、S系列照準反応記録が浮かんでいた。

 射撃命令受諾率。

 照準補正適性。

 命令射撃時の躊躇低下。

 その文字を見た瞬間、セラの声が途切れた。

『セラ?』

 ナユが呼ぶ。

『……大丈夫』

 セラは答えた。

『まだ撃ってない』

 それは、短い言葉だった。

 けれど、今のセラには大きな意味があった。

 命令を見た。

 射撃の記録を見た。

 それでも、まだ撃っていない。

 ナユは静かに返す。

『うん。見てる。撃ってないの、分かる』


 レータの前には、L系列統率補助記録が表示されていた。

 重装運用適性。

 前線防衛判断。

 指揮補助反応。

 局地統率率。

 その下に、別の赤い警告が混ざる。

 ――突発判断誤差。

 ――広域被害可能性。

 ――指揮型継続運用凍結推奨。

 レータはしばらく黙っていた。

 アミィが隣で小さく声を出す。

『レータさん』

『うん、見えてる』

 レータは、いつものように軽く笑おうとした。

 だが、少しだけ失敗した。

『ひどい書き方だね。まあ、間違ってるって言い切れないのが嫌だけど』

『でも、それだけではありません』

 アミィが言った。

『今のレータさんは、私に聞いてくれます。守る線を、一緒に確認してくれます』

 レータは目を瞬かせた。

 そして、少しだけ笑った。

『そっか。じゃあ、これは古い記録だね』

『はい』

 アミィはそう返した。

 だが、その直後だった。

 彼女の前に、A系列補完反応の表示が浮かび上がる。


 アミィの視界が白く染まった。

 そこに文字が並ぶ。

 ――A系列。

 ――L系列欠損補完候補。

 ――代替指揮支援個体。

 ――対象L不在時、統率補助反応を代行。

 ――セレスティア支援中核。

 アミィの呼吸が浅くなる。

 分かっていた。

 自分がレータの欠けた場所を埋めるために作られた存在だと、説明は受けていた。

 それでも、こうして中枢そのものに表示されると違った。

 まるで、自分の中にある不安だけを選んで、正しい記録として突きつけられているようだった。

『……私は』

 言葉が詰まる。

 対象A。

 欠損補完。

 代替。

 支援中核。

 そこには、アミィという名前がない。

『アミィさん』

 カナデの声が入る。

 穏やかで、けれどすぐ近くにある声だった。

『見えているものを、無理に否定しなくていいです』

『否定、しなくて……いいんですか』

『はい。それは事実の一部かもしれません。でも、あなた自身の全部ではありません』

 アミィは息を飲む。

『全部では、ない』

『そうです。記録は、誰かがある目的のために残したものです。帝国があなたをどう使おうとしたかは、そこに書かれているかもしれません。でも、あなたが今どう返事をするかは、そこにはまだ書かれていません』

 カナデの声が、少しだけ柔らかくなる。

『だから、急いで答えなくて大丈夫です。今は、見えているものに飲まれないでください』

 アミィはゆっくりと呼吸を整えた。

 隣でレータが言う。

『アミィ、こっち見て』

『……はい』

『私はここにいるよ。だから、欠けた場所を埋めなくていい。隣にいて』

 アミィは返事をしようとした。

 だが、声はまだうまく出なかった。

 それでも、頷くことはできた。


 イリスは、全員の反応を記録していた。

 中枢が見せてくる記録。

 帝国が残した分類。

 系列。

 数値。

 適性。

 従属率。

 それらは確かに記録だった。

 ただし、イリスが今まで残してきた記録とは違う。

 イリスは思い出す。

 食堂で、レータが転びかけた記録。

 アミィが自分で席を選ぼうとした記録。

 ミオが支援網の調整後に疲れて座り込んだ記録。

 セラが撃たないことを覚えた記録。

 ナユが残響を聞き分けた記録。

 レイとリンが刃を下ろすことを考え始めた記録。

 ユイがノクスを使わないと決めた記録。

 カイトが壊れた小物を直していた記録。

 それらも記録だった。

 でも、中枢に並んでいる記録とは違う。

 帝国の記録は、命令に使うためのものだった。

 イリスの記録は、誰かがそこにいたことを残すためのものだった。

 同じ記録という言葉でも、意味が違う。

『イリス?』

 ユイが呼びかける。

『反応、強くなってる?』

『はい。中枢の記録投影は継続中です。ただし、こちらの記録も保持しています』

『こちらの記録?』

『ルクス内での生活記録です』

 イリスは、迷わず答えた。

『帝国の記録は、対象を命令へ戻すために使われています。ですが、私の記録は違います』

 カイトが聞く。

「どう違うんだ?」

 イリスは少しだけ考えた。

 そして言った。

『帝国の記録は、何に使えるかを残しています。私の記録は、誰がそこにいたかを残しています』

 通信の向こうで、誰かが息を呑んだ。

 それが誰かは分からなかった。

 だが、その言葉は確かに届いた。


 中枢の白い空間が、さらに奥へ続く通路を開いた。

 同時に、壁面に並んでいた系列表示が一斉に更新される。

 照合完了。

 反応確認。

 再分類準備。

 カナデが警告を出す。

『全員、注意してください。中枢側が次の段階へ移ります。今度は見せるだけではなく、反応を誘導してくる可能性があります』

 黒瀬が即座に応じる。

『記録制限を強化。三島、表示情報を遮断できる範囲で落としてください』

『了解』

 ジンが指示を出す。

『全機、前進停止。支援網を維持したまま、次の照合を確認する』

 白い空間の中央に、新しい表示が浮かび上がった。

 今度は、複数の系列名ではなかった。

 ひとつだけだった。

 対象A。

 再同期候補。

 アミィの機体反応が、小さく跳ねる。

『……っ』

 彼女が息を呑む音が、通信に乗った。

 レータがすぐに呼ぶ。

『アミィ』

 カナデも声を重ねる。

『アミィさん、呼吸を。今はまだ、返事をしなくていいです』

 だが、中枢の表示は消えない。

 対象A。

 再同期候補。

 名前ではない文字が、白い空間に冷たく浮かんでいた。

 アミィは、小さく息を呑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ