第30話 識別不明 ~side Kaito~
『……大型飛行物体接近中!』
通信士の声が緊張を帯びる。夜空の向こう。
巨大な影が、雲を裂きながらこちらへ近づいていた。
カイトはレヴァン越しに、その姿を見上げる。
暗い。
だが大きい。
帝国艦とも違うシルエットだった。
ミオが眉をひそめる。
『なに、あれ……?』
別働隊の通信にも緊張が走る。
『新型NBか?』
アーク・ノア側では迎撃態勢が再び強化されていた。
対空砲火が一斉に展開される。警告灯が空を照らした。
しかし、その瞬間。ユイ機が前へ出る。
『待って!』
通信越しの声が響く。
『攻撃しないで!』
カイトが目を見開く。次の瞬間。巨大飛行物体の外装が開いた。
そこから複数の光が夜空へ放たれる。地球側防衛網が緊張する。
しかし、発射されたのは兵器ではなかった。
照明弾だった。夜空が白く照らされる。
そして、その巨大飛行物体の全貌が浮かび上がった。
巨大輸送艦。装甲は損傷している。
艦体には地球統合軍の識別灯がかろうじて点滅していた。
しかし、通常の航行状態ではない。外装各所へ応急修理跡があり、片側推進器も半壊していた。
まるで合流途中で襲撃され、必死に逃げ込んできたような姿だった。
ミオが小さく呟く。
『……輸送艦?』
その時だった。全周波数通信へ、新たな声が割り込む。
『こちら地球統合軍連絡輸送艦シグナス』
カイト達の動きが止まる。
『アーク・ノアへ移送中の保護対象を乗せている』
『護衛部隊を突破された。救援を要請する』
ノイズ混じりの女性の声だった。しかし、その声にユイが反応する。
『……レイ?』
声が震えていた。輸送艦内部。そのブリッジ映像が一瞬だけモニターへ映る。
そこにいたのは、銀髪を短く整えた若い女性だった。
鋭い目。そして、その背後。カナデとリクトの姿も映っていた。
ミオが息を呑む。
『嘘……もう移送が始まってたの?』
カイトも言葉を失う。ユイだけが、静かにその映像を見つめていた。
地球側の別施設で保護されていたはずのレイ。
その彼女が、今ここへ現れた。しかも。
『帝国軍追撃部隊に捕捉された』
レイの声が低く響く。
『繰り返す』
『こちらは地球統合軍所属艦』
『このままでは撃墜される』
その瞬間。遠方空域が赤く光った。転移ゲート。
新たな帝国艦影が現れ始める。ミオが顔をしかめる。
『タイミング最悪かよ……!』
レイが短く息を吐く。
『来たか』
その声には焦りより覚悟が混じっていた。
次の瞬間。輸送艦後方で爆発が起きる。
帝国側追撃部隊だった。黒いGD群が、高速で輸送艦へ迫っている。
ユイの表情が変わる。
『ヴァイス……!』
その名を聞いた瞬間、カイトが反応する。
「誰だ」
だが答える余裕は無かった。輸送艦が大きく揺れる。
煙が噴き出す。レイの声が通信へ響いた。
『悪いが、説明は後だ』
『そっちへ降ろす』
その瞬間。連絡輸送艦シグナスがアーク・ノア方向へ進路を変える。
追撃する帝国GD部隊。迎撃態勢へ入るアーク・ノア。
そして。その全てを見ながら、ユイは静かに拳を握っていた。
地球側で守られていた過去が、帝国の追撃を伴って、今また追いつこうとしていた。
連絡輸送艦シグナスが、夜空を低く飛行していた。
損傷は激しい。片側推進器から火花が散り、外装各所から煙も上がっている。
それでも落ちない。まるで意地だけで飛び続けているようだった。
その後方を、帝国GD部隊が高速で追撃している。
赤い曳光弾が夜空を裂いた。爆発音が響いた。
輸送艦後部装甲が吹き飛ぶ。
『後部隔壁損傷!』
『推進出力低下!』
輸送艦側通信へ怒鳴り声が飛び交う。
アーク・ノア側でも緊張が走っていた。
艦橋では迎撃判断を巡って怒号が飛んでいる。
『味方識別は出ているが、状況が不明だぞ!』
『だがカナデ博士達が確認されている!』
『識別偽装だった場合は!?』
混乱していた。カイトはレヴァン越しに、その光景を見つめる。
頭の整理が追いつかない。ユイ。帝国。
レイ・ガルディアという名前。
そして、今現れた輸送艦。
全部が一気に繋がり始めていた。その時だった。
ユイ機が前へ出る。
『追撃部隊を止める』
静かな声だった。しかし、その言葉へ別通信が重なる。
『待て、ユイ』
低い男の声。レオンだった。赤黒いGDが再び前へ出る。
『これ以上の独断行動は許可されていない』
ユイの声が少し強くなる。
『あの艦には非戦闘員もいる!』
『だからどうした』
レオンは即答した。
『敵性判断された時点で同じだ』
その声に迷いは無い。純粋な軍人だった。
ユイが拳を握る。しかし、その瞬間。別方向から巨大な砲撃が飛び込んできた。
閃光。爆音。追撃中だった帝国GD一機が吹き飛ぶ。
全員の視線が動く。アーク・ノアだった。
艦首主砲が、煙を上げている。艦橋通信が響いた。
『連絡輸送艦シグナスをアーク・ノア保護対象と認定』
『追撃部隊へ警告』
『これ以上接近した場合、実力行使へ移行する』
強い口調だった。ミオが小さく笑う。
『……やっと腹決めたか』
レイも肩を竦める。
『最初からこうしろってんだ』
だがレオンは笑っていた。
『なるほど』
『地球側もようやく戦う覚悟を決めたか』
次の瞬間。赤黒いGDが槍を構える。
空気が変わる。カイトは反射的にレヴァンを前へ出した。
しかし、
『やめて!』
ユイの声が響く。黒いGDが、レオン機とアーク・ノアの間へ割り込む。
『これ以上は本当に戦争になる!』
その言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちる。
レオンはしばらくユイ機を見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
『……既に戦争だ』
静かな声だった。
『お前はまだ理解していない』
その瞬間。遠方上空で転移ゲートが閉じ始める。
追撃部隊の一部が後退を開始した。レオンもゆっくり槍を下ろす。
『本命は既に終わっている』
嫌な言い方だった。カイトの眉が動く。
「……どういう意味だ」
だがレオンは答えない。赤黒いGDがゆっくり後退していく。
『また会おう』
最後にそう残し、帝国部隊は転移ゲート方向へ離脱を始めた。
夜空へ静寂が戻る。だが空気は重いままだった。
その時だった。輸送艦側通信が再接続される。
ノイズ混じりの映像。そこには、疲れ切った顔のレイ・ガルディアが映っていた。
『……助かった』
短い言葉だった。その背後では、カナデとリクトが慌ただしく負傷者対応をしている。
ミオの表情が少し緩む。
『レイ……』
レイは小さく笑った。
『積もる話はある』
『だがまずは、そっちへ降ろさせてくれ』
アーク・ノア側管制が即座に返答する。
『着艦ルートを開放する』
『誘導ビーコン確認次第、第三格納庫へ』
その瞬間。ユイ機が小さく動いた。カイトがそちらを見る。
黒いGDは、まだ空に残っていた。
帰るべき場所を迷っているように見えた。




