表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
308/412

第306話 レオンの拒否線

 帝国通常軍艦『グラトン』。

 その艦橋には、カルディア・ベイ周辺の防衛配置図が表示されていた。

 巨大建造ブロック『カルディア・ベイ』。

 艦艇、GD、特殊装備、PT関連部材を扱う帝国本国圏の重要施設。

 通常軍にとっても、監察局にとっても、失うわけにはいかない場所だった。

 そこへ、ルクス・ヴァルキュリアが接近している。

 防衛任務として見れば、止めるべき相手だ。

 第一防衛圏を抜け、レグナリア外周へ接触し、カルディア・ベイの技術記録端末にまで手を伸ばした未登録艦。

 しかも、ノクス・レクイエムという命令層切断危険体を搭載し、A系列個体を保護している。

 帝国通常軍の指揮官として、レオンが警戒しない理由はなかった。

 だが、問題はそこではなかった。

「本国統合作戦司令部より、再命令」

 クラウスが端末を読み上げる。

「外縁方面軍旗艦『グラトン』は、カルディア・ベイ外周防衛線を再配置。対象艦ルクス・ヴァルキュリアを監察局指定処置区域へ誘導せよ。通常軍防衛艦隊は、対象艦の後退経路を封鎖。必要に応じ、囮機動により対象艦の進路を限定せよ」

 レオンは無言で聞いていた。

 艦橋の空気が重くなる。

 囮機動。

 後退経路封鎖。

 監察局指定処置区域への誘導。

 防衛命令の形をしている。

 だが、それは敵を止めるための配置ではない。

 敵を、監察局が望む場所へ追い込むための配置だった。

 クラウスは続ける。

「追加事項。通常軍は、監察局部隊の観測活動を妨げてはならない。対象艦の特殊兵装、PT反応、再定義機に関する観測を優先せよ」

 レオンがようやく口を開いた。

「防衛命令ではないな」

 クラウスは、端末から目を上げる。

「命令文上は、カルディア・ベイ防衛支援です」

「言葉はな」

 レオンは低く言った。

「実態は、監察局の実験場作りだ」


 艦橋前方の画面には、監察局が提示した防衛配置案が映っている。

 通常軍艦艇が、カルディア・ベイ外周の一部をあえて薄くする。

 ルクス・ヴァルキュリアが通れるように見える隙間を作る。

 その先には、監察局管理区画から伸びる照合波と、特殊GDの待機領域。

 タナトス、モルス、そして未確認の監察局仕様機が配置される予定だった。

 通常軍は壁になる。

 通常軍は囮になる。

 通常軍は敵を誘導する。

 そして、敵がその道を選んだ瞬間、監察局が処置する。

 レオンはその配置を見つめた。

「この案を作った者は、通常軍の艦を駒としか見ていない」

 クラウスは静かに言う。

「監察局の作戦思想としては、珍しくありません」

「珍しくないから問題だ」

 レオンの声は冷たかった。

 彼はルクス・ヴァルキュリアに同情しているわけではない。

 彼らは帝国の防衛線を突破した敵だ。

 アミィを回収し、ノクスを動かし、本国圏の機密記録へ触れた。

 放置できる相手ではない。

 だが、その敵を止めるために、自軍の兵を実験用の壁にするつもりはなかった。

「監察局は、いつもそうです」

 クラウスが言った。

「敵も味方も、対象として扱う。兵の消耗も、作戦の副産物として処理する」

「だから、拒否する」

 レオンは即答した。

 艦橋の何人かが、わずかに顔を上げる。

「クラウス。返信を作れ」

「内容は」

「『グラトン』は、カルディア・ベイ防衛任務を継続する。ただし、監察局指定処置区域への誘導配置には参加しない。通常軍防衛線は、建造ブロック外周の防衛に必要な位置へ独自配置する」

 クラウスは一瞬だけ間を置いた。

「本国命令に対する限定拒否となります」

「そう書け」

「よろしいのですか」

「防衛任務を放棄するわけではない」

 レオンは画面を見据える。

「むしろ、防衛任務に戻す」


 カルディア・ベイ周辺。

 通常軍艦隊が動き始めた。

 監察局の提示した配置とは異なる形で、外周防衛線が組み直されていく。

 監察局管理区画へ誘導する隙間を作るのではなく、建造ブロックの主要ドックと艦艇建造ラインを守る配置。

 後退経路を完全に塞ぐのではなく、ルクス側が無理に突撃しない限り、直接交戦を避けられる距離。

 監察局の管制区画から、即座に通信が入った。

『レオン司令』

 画面に映ったのは、監察局の連絡官だった。

 オルフェン本人ではない。

 だが、背後に監察局の意思があることは明らかだった。

『防衛配置が、指定案から逸脱しています』

 レオンは表情を変えない。

「通常軍として、カルディア・ベイ防衛に適した配置を採用している」

『対象艦を処置区域へ誘導するには、現配置では不十分です』

「通常軍の任務は、敵を監察局の処置区域へ誘導することではない。カルディア・ベイを防衛することだ」

『本国命令には、監察局作戦への協力が含まれています』

「協力はしている。対象艦の接近を監視し、防衛線を展開している」

『通常軍艦艇の一部を囮配置へ移してください』

 レオンの目が冷たくなる。

「拒否する」

 艦橋の空気が張り詰めた。

 監察局連絡官の声が、わずかに硬くなる。

『命令拒否と記録されます』

「構わん」

 レオンは静かに言った。

「通常軍の兵を、監察局の観測用の餌にする命令なら、拒否すると記録しろ」

 通信の向こうが、一瞬沈黙した。

『レオン司令。対象艦は危険です。命令層切断危険体を搭載し、A系列個体を不正に保持しています』

「知っている」

『ならば、処置が必要です』

「処置ではなく、防衛が必要だ」

 レオンは言った。

「ルクス・ヴァルキュリアは敵だ。接近すれば止める。攻撃してくれば撃つ。カルディア・ベイを突破しようとすれば、通常軍として阻止する」

 そこで、彼は一度言葉を切った。

「だが、監察局の実験台へ押し込むために、こちらの艦を並べる気はない」

 連絡官は、しばらく沈黙した後、通信を切った。


 クラウスが静かに報告する。

「監察局通信、終了。命令拒否として記録された可能性があります」

「記録させておけ」

 レオンは短く答えた。

「本国から再度の命令が来る可能性があります」

「来るだろう」

「場合によっては、指揮権の一部剥奪もあり得ます」

「それも承知している」

 レオンの声は揺れなかった。

 クラウスはしばらく彼を見ていた。

「司令は、ルクス・ヴァルキュリアを助けたいわけではありませんね」

「当然だ」

 レオンは即答する。

「奴らは敵だ」

「では、なぜここまで監察局と距離を取るのですか」

 レオンは前方画面を見た。

 カルディア・ベイ。

 帝国の建造施設。

 その周辺に、通常軍の艦艇が配置されている。

 そのさらに内側で、監察局の黒い識別反応が動いている。

「通常軍には、通常軍の役目がある」

 レオンは言った。

「防衛線を維持する。兵を守る。敵を止める。必要なら、命令に従って戦う」

 彼の視線が、監察局管理区画へ向く。

「だが、監察局は違う。奴らは敵を止めることより、敵がどう反応するかを見る。兵を守ることより、兵がどう消耗するかを記録する。命令を果たすことより、対象を分類することを優先する」

 クラウスは何も言わなかった。

「それを同じ防衛任務と呼ぶなら、俺は拒否する」


 ルクス・ヴァルキュリア艦橋。

 カルディア・ベイ周辺の防衛配置が変化したことは、すぐに確認された。

「通常軍防衛線、再配置」

 索敵担当が報告する。

「監察局管理区画への誘導線が一部消えています。グラトンを中心とした通常軍艦隊が、建造ブロック防衛寄りに移動」

 ジンは画面を見た。

「レオンか」

 黒瀬が端末を確認する。

「監察局の指定誘導配置から外れています。通常軍防衛線としては合理的です。こちらを逃がす配置ではありませんが、監察局の処置区域へ追い込む形でもありません」

 カイトが言う。

「つまり、助けてくれてるわけじゃないけど、監察局に渡す気もない?」

「そう見えます」

 黒瀬は頷いた。

「ただし、敵であることに変わりはありません。カルディア・ベイへの接近を続ければ、通常軍として阻止してくる可能性は高い」

 ジンは短く笑った。

「分かりやすいな」

 ユイが静かに言う。

「レオン司令は、監察局と違います」

「そうだな」

 ジンは頷く。

「だから、読み間違えるな。あいつは味方じゃない。だが、監察局のように相手を対象として扱うタイプでもない」

 黒瀬が記録する。

「レオン隊。通常軍防衛任務を優先。監察局作戦への全面協力は拒否傾向。将来的な一時的利害一致の可能性あり」

 カイルの通信が入る。

『要するに、いざとなれば横から殴ってくる敵だが、監察局に利用されるのは嫌ってことか』

「そういうことだ」

 ジンは答えた。

『嫌いじゃないな、そういう敵は』

「好きになるなよ」

『そこまでは言ってない』

 短いやり取りの後、艦橋の空気はすぐに引き締まった。

 防衛線が変わったとはいえ、カルディア・ベイの危険が減ったわけではない。

 むしろ、通常軍と監察局の意図がずれ始めたことで、戦場は複雑になっている。


 監察局管制区画。

 オルフェン・グラードは、通常軍防衛線の再配置を見ていた。

「レオン司令、指定配置を拒否」

 局員が報告する。

「通常軍艦艇は、監察局処置区域への誘導線から外れています。防衛合理性を理由に、独自配置を採用」

「予想範囲内だ」

 オルフェンは淡々と答えた。

「対応しますか」

「直接は不要だ。通常軍には通常軍の役割を果たさせろ」

 局員は端末を操作する。

「処置区域誘導が困難になります」

「別の誘導線を作ればいい」

 オルフェンは画面を切り替えた。

 カルディア・ベイ内部の監察局管理区画。

 セレスティア改修記録。

 ノクス・リリス封印記録。

 タナトス、モルスの整備ログ。

 そして、ヴァルクレイド・セレスの新しい仮分類。

「対象艦は記録を求めている。通常軍の配置が変わっても、記録への道を完全に閉じなければ進む」

「では、記録端末側で誘導しますか」

「そうだ」

 オルフェンは静かに言った。

「レオン司令は、通常軍を囮にされることを嫌う。ならば、通常軍を使わずに対象艦を進ませる」

 局員が問う。

「レオン司令を問題視しますか」

「通常軍指揮官としては優秀だ」

 オルフェンの答えは感情を含まない。

「ただし、監察局の処置には不向きだ。以後、彼の艦隊を観測用配置から除外する」

「了解」

 局員が入力する。

 オルフェンは、別の画面を開いた。

 対象L。

 対象A。

 ヴァルクレイド・セレス。

 保護再定義機。

「次は、通常軍を使わずに守る線を揺らす」


 グラトン艦橋。

 本国からの再命令は、まだ来ていなかった。

 だが、来ることは分かっている。

 クラウスが通信ログを確認する。

「監察局が、グラトンを観測用配置から外しました」

「そうか」

 レオンは短く答えた。

「監察局側は、別の誘導策へ切り替えるものと思われます」

「だろうな」

「こちらはどうしますか」

 レオンは、カルディア・ベイ防衛線を見た。

 ルクス・ヴァルキュリアは敵。

 監察局は味方側の組織。

 しかし、その二つを単純に分けられるほど、戦場は綺麗ではない。

「通常軍防衛線を維持する」

 レオンは言った。

「ルクス・ヴァルキュリアがカルディア・ベイの主要建造区画へ侵入しようとするなら、止める。通常軍艦艇への攻撃があれば、撃ち返す。だが、監察局の処置区域へ追い込むための行動は取らない」

「了解しました」

 クラウスは頷く。

「それと」

 レオンは少しだけ声を低くした。

「監察局が通常軍艦艇を利用しようとする動きがあれば、すぐに報告しろ」

「監察局への妨害になりますが」

「防衛線の混乱を防ぐためだ」

 クラウスは、一瞬だけ口元を緩めた。

「了解しました。防衛線の混乱防止として処理します」

 レオンは前方を見た。

「ルクス・ヴァルキュリアを逃がすつもりはない」

 その声は、冷静だった。

「だが、監察局の道具にするつもりもない」


 ルクス・ヴァルキュリアは、カルディア・ベイ外周で次の接触準備を進めていた。

 レオン隊の動きは、味方の支援ではない。

 それでも、監察局の網を一部崩した。

 その事実は、艦内に小さな余白を生んでいた。

 黒瀬は記録に追記する。

 レオン。

 通常軍指揮官。

 監察局作戦への協力に消極的。

 防衛任務と観測処置を区別。

 敵対継続。

 ただし、監察局の実験的運用には反発。

 ジンはその記録を見て、短く言った。

「いつか、一瞬だけでも同じ方向を向く時が来るかもしれんな」

 黒瀬は頷く。

「可能性はあります。ただし、信頼ではなく利害の一致として扱うべきです」

「分かっている」

 ジンは前方を見据えた。

 カルディア・ベイ。

 通常軍。

 監察局。

 そして、その中にあるPT達の記録。

 敵は一枚岩ではない。

 だが、それは安全を意味しない。

 レオンが引いた拒否線は、ルクス側にとって偶然の隙間になった。

 しかし、その隙間の向こうで、監察局はすでに次の手を組み替えている。

 ルクス・ヴァルキュリアは、その複雑な戦場へ進んでいく。

 防衛任務と実験。

 敵意と拒否。

 命令と判断。

 レオンが引いた一本の線は、まだ細い。

 だが、その線は、後に戦場の形を変えるかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ