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第293話 モルス

 ノクス・レクイエムの限定切断は、アミィを守った。

 タナトスの隔離場と再同期波が重なった一点を切り、ヴァルクレイド・セレスが切断後の自己応答を保護した。

 ミオが支援網を再接続し、カイトが前線を支え、セラとイリスが切るべき位置を示した。

 それは、ルクス・ヴァルキュリアにとって大きな一歩だった。

 だが、監察局はそれを敗北として受け取らなかった。

 切断範囲。

 防壁の展開位置。

 支援網の中継点。

 保護区画とヴァルクレイド・セレスを結ぶ線。

 ユイが切る前に必要とした補助反応。

 すべてが観測され、記録されていた。

 そして、記録されたものは、次の処置に使われる。


 第一防衛圏の奥で、巨大な反応が起動した。

 それはタナトスとはまるで違う反応だった。

 細く、静かに近づく処分機ではない。

 観測線を伸ばし、対象を切り離す機体でもない。

 遠い。

 それなのに、重い。

「長距離高出力反応、検出」

 艦橋で、索敵担当の声が鋭くなった。

「距離、かなりあります。第一防衛圏認証網の内側……通常の砲撃圏外です」

 ジンが前方画面を見る。

「敵機か」

「識別照合中……出ました。監察局直轄GD-NM系列」

 黒瀬が端末を操作する。

 画面に、黒い警告枠が表示された。

 GD-NM-04 モルス。

 その名が出た瞬間、ユイの表情がわずかに変わった。

「モルス……」

 カイトが通信越しに問う。

『ユイ、知ってるのか』

「記録だけです」

 ユイは静かに答える。

「重砲撃・拠点破壊型特殊GD。タナトスが対象を分ける機体なら、モルスは……」

 彼女は一度言葉を止めた。

「守っている場所ごと、消す機体です」

 艦橋に重い沈黙が落ちる。

 ジンはすぐに命令を出した。

「全艦、砲撃警戒。進路補正準備。シールドを保護区画側へ厚く回せ」

「了解」

 黒瀬が端末を見ながら言う。

「モルス本体は遠距離にいます。こちらからの直接攻撃は困難。ですが、第一防衛圏の認証網を経由して、砲撃座標を固定しようとしています」

「狙いは艦か」

「艦全体ではありません」

 黒瀬の声が硬くなる。

「照準座標は、ルクス側の支援網中継点、防壁展開地点、保護区画付近の防御座標に集中しています」

 グリッドの通信が割り込んだ。

『アミィ本人じゃなくて、アミィを守ってる場所を撃つ気か』

「そういうことです」

 黒瀬が答える。

 ジンは前方を睨んだ。

「タナトスは守る相手を遠ざけた。モルスは守る場所を撃ち抜く。監察局らしいな」


 監察局管制区画。

 オルフェン・グラードは、GD-NM-04 モルスの砲撃準備表示を見ていた。

 画面には、ルクス・ヴァルキュリアの内部構造そのものは映っていない。

 だが、観測から推定された支援網の中継点、防壁展開座標、ノクス限定切断時に使われた補助線の位置が表示されている。

「タナトス隔離場データ、反映完了」

 局員が報告する。

「対象Aと対象Lの接続線、ヴァルクレイド・セレス防壁供給線、対象M支援網の中継点、対象Y限定切断時の補助座標を推定」

「直接、対象Aを狙う必要はない」

 オルフェンは淡々と言った。

「対象Aを守るための場所を削れ。防壁が張れない場所を作れば、再同期条件は整う」

「モルス、第一射撃座標を固定します」

 局員の手が端末を走る。

「目標、支援網中継点。副目標、ヴァルクレイド・セレス防壁展開予測座標」

「艦体損害許容は」

「中程度まで許容。PT系列反応の消失は不可。防壁供給経路の破壊を優先」

「よろしい」

 オルフェンは画面を見つめた。

 タナトスは分ける。

 再同期波は呼び戻す。

 ノクスは切る。

 ヴァルクレイド・セレスは守る。

 ならば、モルスが撃つのは、守る場所そのものだった。


 ルクス・ヴァルキュリア艦橋に、警報が響いた。

「砲撃座標固定反応!」

 索敵担当が叫ぶ。

「ただし、通常センサーでは砲撃軸が取れません。認証網越しに座標を固定されています!」

「着弾まで」

「不明です。通常の砲撃予兆がありません!」

 ジンの表情が険しくなる。

 遠距離砲撃なら、普通は砲口反応、エネルギー収束、弾道予測が取れる。

 だが、モルスの砲撃は違った。

 第一防衛圏の認証網が、砲撃のための座標固定を隠している。

 撃たれる場所だけが、先に決められている。

「シールドを上げろ。支援網中継点を移動」

 ジンが命じる。

「間に合いません!」

 その直後、艦の外側で光が爆ぜた。

 直撃ではない。

 だが、ルクス・ヴァルキュリアの支援網外縁に設置されていた仮設中継点のひとつが、遠距離砲撃で撃ち抜かれた。

 艦橋が揺れる。

「被害報告!」

「外部支援中継点一つ消失! 艦体直撃は回避。ただし、ミオの支援網に乱れ!」

 ミオの通信が入る。

『支援網、再接続します。でも……今の、撃たれるまで砲撃線が見えませんでした』

 黒瀬が端末を確認する。

「モルスは、砲撃そのものを隠しているのではありません。座標固定を認証網の処理に紛れ込ませています。通常センサーでは、攻撃準備として拾いにくい」

 グリッドが叫ぶ。

『最悪だな! 支援網の場所を、点検項目みたいに撃ってきやがる!』

「次が来る」

 ジンは即座に判断した。

「中継点を固定するな。全支援座標を移動式に切り替えろ。ミオ、できるか」

『できます。ただ、支援精度が落ちます』

「落としていい。止まって撃たれるよりはマシだ」

『了解』


 外周哨戒側。

 カイルはレイヴン・ハウルのコックピットで、モルスの砲撃結果を確認していた。

「遠距離から座標だけ抜いて撃ってきたか」

 彼は舌打ちする。

「嫌な撃ち方だな」

 リンのヴァイス・リッパー・リビルドが近くに展開している。

 その後方に、ナユのロス・セレネがいた。

 ナユは通信越しに、少し不安げな声を出す。

『今の……見えませんでした』

「通常センサーじゃ無理だ」

 カイルが答える。

『でも、少しだけ、残りました』

 その言葉に、カイルの目が細くなる。

「残った?」

『はい。撃たれた後じゃなくて、撃たれる前に……座標が、沈むみたいな感じがしました』

 リンが反応する。

『ナユ、それはロス・セレネの残響か?』

『たぶん……でも、まだはっきりしません。砲撃の音じゃなくて、撃たれる場所の方が先に軋むような……』

 カイルはすぐに判断した。

「ナユ、ロス・セレネの残響索敵を開け。無理に広域で見るな。ルクスの支援網中継点と保護区画周辺に絞れ」

『はい』

「リン、ナユの護衛につけ。監察局のビーコンが来るなら落とせ。ナユを動かすな」

『了解』

 リンの声が鋭くなる。

『ナユ、私の後ろにつけ。無理に前へ出るな』

『分かりました』

 ロス・セレネの周囲に、淡い波紋が広がる。

 広域残響波装置セレネ・リップル

 これまで機能はあった。

 だが、調整が不十分で、実戦で目立つほど使える状態ではなかった。

 フォージでの再調整後、ようやく戦場の中で意味を持ち始めている。

 ナユは、まだ完全に慣れているわけではない。

 頭の奥に鈍い痛みも残っている。

 それでも、彼女は目を閉じるように意識を集中した。

「撃たれた後じゃなくて……撃たれる前の残り方を……」

 普通なら、残響は過去を拾う。

 だが、モルスの砲撃は、座標を先に固定する。

 その固定が、空間にわずかな歪みを残す。

 ナユはその歪みを探した。


 第二射の座標固定が始まった。

 通常センサーはまだ警告を出さない。

 認証網の処理に紛れた座標固定反応は、ただの外部照合のように見える。

 だが、ナユには違って見えた。

 ルクス・ヴァルキュリアの保護区画付近。

 正確には、ヴァルクレイド・セレスの防壁を支えるための補助座標。

 そこに、黒い穴のような沈み込みが生まれる。

「そこ……!」

 ナユが叫んだ。

『座標、送ります! 保護区画側、防壁補助座標の外縁!』

 カイルは即座に反応した。

「ジン艦長、聞こえたな!」

『受信した』

 ジンの声が艦橋から返る。

『防壁補助座標をずらせ! ミオ、支援網を右舷側へ移動! グリッド、予備中継点を切り替えろ!』

『やってる!』

 ミオの支援網が大きく揺れる。

 ヴァルクレイド・セレスの防壁補助座標が、わずかに移動する。

 次の瞬間、モルスの第二射が来た。

 第一防衛圏の奥から放たれた重砲撃が、さきほどまで防壁補助座標があった場所を撃ち抜く。

 光が走り、空間が白く裂けた。

 だが、そこにもう防壁の中継点はない。

「回避成功!」

 艦橋で報告が上がる。

「ただし、近接爆圧で外装に軽微損傷。支援網に揺れ!」

 ジンはすぐに言う。

「構わん。直撃を避けた。ナユ、よく拾った」

 通信の向こうで、ナユが小さく息を吐く。

『……はい』

 その声には疲労があった。

 だが、確かな手応えもあった。

 リンが周囲を警戒しながら言う。

『ナユ、次も来る。休むなら私の後ろで休め』

『休みません。まだ、拾えます』

 リンは一瞬だけ黙り、それから短く答えた。

『なら、私が守る』


 保護区画では、アミィが小さく肩を震わせていた。

 先ほどの砲撃は、直接届いていない。

 だが、守られている場所が撃たれたことは分かった。

「今の……ここを、狙ったんですか」

 カナデが優しく答える。

「直接ではないわ。あなたを守っている防壁の支えを狙ったの」

「守ってる場所を……」

 アミィは唇を噛む。

 レータは静かに立ち上がった。

「ヴァルクレイド・セレスの防壁座標を動かします」

 エルマが端末を見る。

「負荷が上がります」

「固定して撃たれるよりいい」

 レータはアミィを見る。

「大丈夫。今度は、場所ごと守る」

 アミィは小さく頷いた。

「……はい」

 少し間を置いてから、彼女は言い直した。

「わたしも、守られるだけじゃなくて、返事を取られないようにします」

 レータは頷く。


 外部空域では、リンがナユの周囲を守っていた。

 監察局の観測ビーコンが、ロス・セレネの残響波に気づいたように近づいてくる。

 小型だが、放置すればナユの索敵を妨害する。

「近づけさせない」

 リンのヴァイス・リッパー・リビルドが前へ出る。

 白い機体が鋭く軌道を変え、接近するビーコンを斬り払う。

 派手な戦果ではない。

 だが、ナユが索敵位置を保つには、必要な動きだった。

『リン、左下からもう一つ』

「見えている」

 リンは即座に反応し、ビーコンを撃ち落とす。

 ナユはその後ろで、セレネ・リップルを展開し続けた。

 波紋が広がる。

 通常センサーでは拾えない、座標固定の沈み込みを探る。

 頭が痛む。

 過去の記憶とも、戦場の残響とも違うものが、意識の奥を揺らす。

 それでも、ナユは目を逸らさなかった。

「撃たれてからじゃ、遅い……」

 彼女は小さく呟く。

「撃たれる前に、拾わないと」

 その言葉を、カイルは通信で聞いていた。

「そうだ。お前の仕事は、敵を倒すことじゃない」

 カイルは外周の状況を見ながら言う。

「撃たれる前に、艦を動かすことだ」

『はい』

 ナユの声が少しだけ強くなる。


 第三射の予兆が現れた。

 今度は支援網中継点ではない。

 ノクス・レクイエムの封印区画近くに設けられた、限定起動時の補助制御座標。

 つまり、次にノクスを使うための準備地点。

 ナユが息を呑む。

『次、ノクス補助座標です! 封印区画側、外部制御ライン近く!』

 グリッドが叫ぶ。

『そこ撃たれたら面倒どころじゃねえ! 補助ライン切り替える!』

 黒瀬が即座に命令を重ねる。

「ノクス補助制御を予備系へ移行。主ラインを遮断」

 ユイは医療区画でその報告を聞いていた。

「ノクスを狙っているんですか」

 カナデが頷く。

「ノクス本体じゃない。ノクスを安全に使うための補助線を狙ってるの」

 ユイは拳を握る。

 自分を直接撃つのではない。

 ノクス本体を破壊するのでもない。

 使うために必要な支えを撃つ。

 モルスは、守る場所だけでなく、使うための条件すら削ろうとしている。

「……嫌な機体です」

「ええ」

 カナデは静かに同意した。

 外では、モルスの第三射が放たれた。

 ノクス補助座標だった場所が、白い光に飲まれる。

 だが、直前に切り替えたことで、主ラインの損失は避けられた。

「直撃回避!」

 艦橋に報告が響く。

「補助座標旧位置、消失。予備系統は維持!」

 グリッドが大きく息を吐く。

『ナユが拾わなきゃ、今のでノクスの限定起動手順が潰れてたぞ』

 ジンは頷いた。

「ナユ、リン、よくやった」

『まだ本体は見えていません』

 リンが答える。

『モルスは遠距離にいます。こちらからは届きません』

「分かっている」

 ジンは前方を見る。

「今は撃破ではなく、生き残ることを優先する」


 監察局管制区画。

 オルフェン・グラードは、モルスの砲撃結果を確認していた。

「第一射、支援網中継点を破壊。第二射、防壁補助座標は直前に移動。第三射、ノクス補助制御座標は予備系へ切り替えられました」

 局員が報告する。

「砲撃予兆を拾われています」

「通常センサーではないな」

 オルフェンが言う。

「はい。対象N……ナユと推定される反応。ロス・セレネの残響波による座標固定予兆の検知と思われます」

「ロス・セレネ」

 オルフェンは画面を切り替えた。

 そこには、ロス・セレネの残響波が薄く表示されている。

 これまで大きく注目されていなかった反応。

 調整不足により、戦場で目立つことが少なかった機体。

 だが、今は違う。

「砲撃前の座標固定を拾えるのか」

「完全ではありません。ただし、第二射、第三射ともに回避判断へ繋げています」

「ならば、観測対象に追加しろ」

 局員が記録する。

 対象N。

 残響索敵能力。

 砲撃前座標固定予兆を検知。

 ロス・セレネ、《セレネ・リップル》使用。

「護衛は」

「リン機、ヴァイス・リッパー・リビルド。対象N周辺のビーコンを排除。索敵位置を維持しています」

「併せて記録しろ」

 オルフェンは淡々と言った。

「モルス本体はまだ前に出さない。砲撃座標を変更し、対象Nの検知限界を測る」

「了解」

 監察局にとって、失敗ではなかった。

 支援中継点は一つ破壊した。

 防壁座標とノクス補助座標は外されたが、その代わりに新しい観測対象が見つかった。

 ナユ。

 ロス・セレネ。

 残響索敵。

 それもまた、分類される。


 艦橋では、モルス本体の反応が遠距離へ下がっていく様子が表示されていた。

「モルス、射撃位置を変更。後退ではありません。再照準のための移動と思われます」

 黒瀬が報告する。

「本体への攻撃は」

「現状では不可能です。距離が遠く、第一防衛圏認証網の内側にいます」

 ジンは頷いた。

「深追いはしない。支援網中継点を再配置。防壁座標、ノクス補助座標は固定するな」

「了解」

 カイルの通信が入る。

『艦長、ナユを外周索敵に残す。リンを護衛につける。俺はその外側で全体を見る』

「任せる」

『了解』

 通信が切れる。

 ジンは前方画面を見つめた。

 タナトスは、守る相手を遠ざけた。

 モルスは、守る場所を撃ち抜いた。

 監察局は、こちらが守ったものを見て、次にその支えを狙ってくる。

 戦闘に勝てば終わる相手ではない。

 守れば守るほど、その守り方を記録される。

 だが、今回は一つだけ違った。

 ナユが、砲撃の前兆を拾った。

 リンが、その索敵位置を守った。

 カイルが、撃たれる前に座標をずらす判断を下した。

 ルクス・ヴァルキュリアは、また一つ、監察局の手に対抗する線を得た。

 まだ、モルスは倒せない。

 その砲撃は、第一防衛圏の奥から届く。

 防壁も、支援網も、ノクスの補助線も、固定すれば撃ち抜かれる。

 それでも、撃たれる前に揺らぎを拾える者がいる。

 ジンは静かに命じた。

「全艦、移動防御態勢を維持。ナユの残響索敵を中心に、次射に備えろ」

 ルクス・ヴァルキュリアは、進路を保ったまま、防御座標を動かし続ける。

 遠く、第一防衛圏の奥で、GD-NM-04 モルスが次の砲撃座標を探していた。

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