第255話 フォージからの帰還
ヴェルデでの小さな散歩から数時間後、ルクス・ヴァルキュリアに短距離暗号通信が入った。
発信元は、クロウヴェイル・ノア。
フォージ方面へ向かっていた整備班からの帰還連絡だった。
管制室で、三島が報告する。
「クロウヴェイル・ノアより通信。ヴェルデ方面への合流軌道に入ったとのことです」
ジンは頷いた。
「追跡反応は」
「現時点では確認されません。ただし、フォージ出発前に不審な通信ノイズを観測したとの報告があります」
黒瀬が端末を開く。
「監察局系統の可能性があると言っていましたね」
「はい。レイさんとカイルさんが確認しています」
ジンは正面表示に映るクロウヴェイル・ノアの接近軌道を見る。
「まずは合流だ。整備成果と警戒情報、両方確認する」
クロウヴェイル・ノアがルクス・ヴァルキュリアの近くへ戻ってきたのは、それから間もなくだった。
艦体に大きな損傷はない。
だが、通信越しに映ったフォージ組の顔は、全員疲れていた。
グリッドは目元に濃い疲労を浮かべている。
カイトもどこか肩が重そうで、セラは平静だが、いつもより反応が少し遅い。
カイルは分かりやすく疲れた顔をしており、レイだけは普段通りに見えるが、それでも目つきは鋭いままだった。
通信画面を見たレータが、思わず言った。
「……本当に疲れてるわね」
カイルが即座に反応する。
『ヴェルデ組、顔色良すぎないか?』
管制室にいた何人かが、少しだけ笑った。
レータは肩をすくめる。
「こっちは休ませる担当だったから」
『こっちは働かされる担当だったぞ』
グリッドが重い声で続ける。
『フォージは便利だ。便利なんだが、工廠との規格合わせが地獄だった』
ジンが少しだけ眉を上げる。
「地獄か」
『旧帝国規格、ルクス側規格、フォージ側加工規格、ヴァルクレイド用の重装フレーム規格、セレスティア由来の支援核規格。全部を一つの表に並べるだけで、頭が痛くなる』
ユイが真面目に言った。
「しかし、それだけの規格を合わせられたのは大きな成果です」
グリッドは画面越しにユイを見た。
『そうだ。成果はある。だから余計に疲れてる』
カイルがぼやく。
『飯の時間まで作業効率表で管理されてたんだぞ。十五分推奨って出た』
レータが笑いをこらえた。
「フォージらしいわね」
『笑うな。こっちは真面目に十五分で飯を食ったんだ』
セラが静かに補足する。
『食事後、すぐ弾薬試験に戻りました』
『ほらな』
カイルは深く息を吐いた。
クロウヴェイル・ノアから、フォージで加工された資材と部材がルクス側へ移送された。
まず運ばれてきたのは、アルタイル・ノヴァ・ブレイス用の補修部材だった。
フォージ製複合フレーム。
軽量補強型の肩部部材。
受け流しを重視した盾補修材。
カイトはそれを見ながら報告する。
「アルタイル・ノヴァ・ブレイスは、左肩フレームの本格補修に入れます。フォージ側の提案で、ただ受け止めるより、衝撃を逃がす方向へ調整することになりました」
グリッドが隣で頷く。
「今後は、盾で全部受ける運用を減らす。機体の負荷を散らす方向だ」
レータがカイトを見る。
「つまり、無茶を減らすってことね」
カイトは少し気まずそうに笑う。
「はい。減らします」
グリッドが即座に言う。
「減らすじゃなくて、やめろ」
「努力します」
「努力じゃなくて運用を変えろ」
前にも聞いたようなやり取りに、管制室の空気が少し緩んだ。
次に、セラのフェンリオン・リサイト用弾薬データが提示された。
セラは端末を開き、用途別に分けられた弾薬リストを表示する。
「新弾薬は四系統です。支援端末狙撃用、装甲薄部位狙撃用、通信アンテナ破壊用、牽制用。高精度弾を万能弾として使うのではなく、用途ごとに分けます」
ミオが頷く。
「支援端末破壊の再現性は上がりそうですね」
「はい。ただし、弾種選択の判断が必要になります」
レイが横から言う。
「セラなら問題ない」
セラは少しだけ視線を向ける。
「ありがとうございます」
カイルがぼやく。
『その弾薬調整、試験項目二十七だぞ。聞いてるだけで疲れた』
セラは淡々と答える。
「必要な試験です」
『お前もフォージ向きだな』
「そうでしょうか」
続いて、ヴァルクレイド・セレス用の部材が運び込まれた。
支援核フレーム。
通信保護ユニット。
複座化用コックピット部材。
重装フレーム補強材。
それらは、まだ機体ではない。
ただの部材だ。
冷たい金属であり、加工済みのフレームであり、調整前の器に過ぎない。
それでも、レータはその前で足を止めた。
ヴァルクレイド・セレス。
自分の機体に、アミィが隣に座れる場所を作る構想。
セレスティアの残留反応を、檻ではなく盾へ変えるための計画。
その形が、少しずつ現実になっている。
レータは、支援核フレームに手を伸ばしかけて、止めた。
「……これが、あの子の場所になるかもしれないのね」
グリッドが静かに答える。
「場所の器だ」
レータは振り向く。
「器?」
「ああ」
グリッドは、部材を見ながら言った。
「支援核フレームも、通信保護ユニットも、複座化部材も、まだただの器だ。セレスティアの保護支援系をどう入れるか。命令層を完全に剥がせるか。アミィに負荷をかけずに運用できるか。そこはまだこれからだ」
リクトも端末を見ながら頷いた。
「フォージで作れたのは物理的な受け皿です。中身はまだ入っていません」
レータは部材を見つめたまま言った。
「完成じゃない」
「はい」
リクトは答える。
「まだ完成ではありません。むしろここからが本番です」
ユイが静かに補足する。
「檻ではなく盾にするには、機械的な加工だけでは足りません」
レータは目を伏せる。
「分かってる」
グリッドが少しだけ表情を和らげた。
「だから、アミィにはまだ直接見せない方がいい」
レータは頷いた。
「うん。今のアミィには、まだ重いわ」
アミィは今、ヴェルデで風を見ている段階だ。
日常を覚え、休むことを選び、怖くても見ることを少しずつ覚えている。
その子に、いきなり「あなたの席になるかもしれない部材」を見せるのは早い。
レータは、静かに言った。
「まずは私達が、これが何なのかちゃんと決めないとね」
カナデが頷く。
「はい。その方が良いと思います」
フォージから持ち帰られた成果の確認会議が、すぐに行われた。
参加者は、ジン、黒瀬、グリッド、リクト、ユイ、ミオ、イリス、カナデ、レータ。
フォージ組からは、カイト、セラ、レイ、カイルも同席している。
ただし、カイルは明らかに眠そうだった。
黒瀬が端末を開く。
「まず、フォージでの成果を整理します」
三島が記録体制に入る。
「アルタイル・ノヴァ・ブレイスの補修部材、受領。フェンリオン・リサイト用新弾薬データ、受領。ルナ・スケイル用支援パネル交換部材、一部受領。ヴァルクレイド・セレス用部材、支援核フレーム、通信保護ユニット、複座化用コックピット部材、重装フレーム補強材を受領」
グリッドが補足する。
「ただし、ヴァルクレイド・セレスはまだ組めない。物理部材はあるが、セレスティア保護支援系を入れるための最終調整ができていない」
リクトが画面を切り替える。
「問題は術式面だ」
カイトが聞く。
「術式面?」
「ああ。セレスティア残留反応は、単なる機械データや通信制御だけじゃない。パルスティアの本人反応、命令層、保護支援系、拘束系が絡んでいる。これを無理に機械的に押し込めば、また檻になる」
レータの表情が硬くなる。
リクトは続けた。
「ヴァルクレイド・セレスに必要なのは、支援核を組み込むことだけじゃない。セレスティアの保護支援系を、命令ではなく応答するものとして再定義することだ」
ミオが頷く。
「私の支援網とは違います。ヴァルクレイド・セレスは広域支援機ではなく、局地防衛と通信保護の支援機になるはずです。でも、その支援が『選択肢を狭める支援』になってはいけません」
イリスも端末を見ながら言う。
「アミィ本人反応に直接つなげない方針は維持すべきです。今の部材には、本人反応の実データは入っていません。抽象化した安定パターンだけです」
黒瀬が頷く。
「それは確認済みです」
カナデが静かに言った。
「次に必要なのは、アミィ本人の回復を妨げずに、セレスティア保護支援系を意味のある形に整えることです。機械的な器はできました。でも、それがアミィにとって『命令の席』に見えるなら意味がありません」
レータは小さく呟いた。
「隣の席じゃないと駄目」
「はい」
カナデは頷いた。
「命令ではなく、選べる場所。そこは絶対に崩してはいけません」
会議の後半、レイがフォージ周辺で観測した不審な通信波について報告した。
「フォージ出発前、工廠リング外周で不自然な通信ノイズを確認した」
画面に波形が表示される。
規則的で、整いすぎたノイズ。
工業文明特有の機械信号に紛れ込んでいるが、完全な偶然には見えない。
カイルが補足する。
「普通の工廠ノイズに見せてるが、綺麗すぎる。監察局系の偵察波かもしれねえ」
黒瀬が眉を寄せる。
「フォージ側に追跡された可能性は」
「転移座標そのものを掴まれた形跡はない」
レイは答えた。
「だが、フォージ方面を探っている何者かがいるのは確かだ」
ユイが静かに言う。
「オルフェン、または監察局系統でしょうか」
ジンは腕を組んだ。
「可能性はある。こちらがフォージで整備することは、帝国側にも推測できる」
黒瀬が記録する。
「フォージ方面に監察局系と推定される偵察波。追跡確定ではないが、警戒対象として記録」
カイルが欠伸を噛み殺しながら言う。
「疲れて帰ってきたら、土産に偵察波まで持ってきたってわけか」
レータが苦笑する。
「本当にお疲れ様」
『いや、ほんとに疲れた』
カイルは本気でそう言った。
会議の最後に、リクトが静かに言った。
「次の調整場所だが、候補がある」
ジンが視線を向ける。
「どこだ」
「エデンだ」
その名前で、室内の空気が少し変わった。
エデン。
かつて訪れた、術式と善意の色が濃い地球。
嘘という概念が薄く、術式的な生命反応や精神反応の調整に向いた場所。
リクトは説明を続ける。
「フォージで器は作れた。だが、セレスティア保護支援系を命令ではなく応答型へ整えるには、術式面の調整が必要だ。エデンなら、命令層や拘束系を術式的に分けて見ることができるかもしれない」
ユイも頷く。
「ノクス・レクイエムの制御層も、術式的な安定化が必要です」
アシュの通信が入る。
『行くなら、危険物を三つ持っていくことになる』
黒瀬が確認する。
「アミィさん、セレスティア残留反応、ノクス・レクイエムですね」
『そうだ』
レータは、ヴァルクレイド・セレス用の支援核フレームを見た。
器はできた。
でも中身はまだ。
アミィに見せるには早い。
使うにはもっと早い。
それでも、いつか隣に座れる場所にするためには、次の段階が必要だった。
カナデが言う。
「アミィの回復を妨げない形で進められるなら、エデンは有力です。ヴェルデで休み、フォージで器を作り、エデンで意味を整える」
ジンはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり頷いた。
「次の候補はエデンだな」
まだ正式決定ではない。
だが、流れは見え始めていた。
休むためにヴェルデへ来た。
直すためにフォージへ向かった。
そして、整えるためにエデンへ向かう。
アミィはまだ、静かな区画で眠っている。
風を怖がりながら、それでも見ることを選んだばかりだ。
その小さな選択を守るために、ルクスは次の準備へ進もうとしていた。




