第15話 白い翼
アルタイルが空へ飛び出した瞬間、カイトは息を呑んだ。
これまで乗っていたバスティオンとは、感覚そのものが違う。
推進の反応が異常に速い。操縦桿をわずかに動かしただけで、機体が思考を先読みしたように加速する。
「速っ……!」
視界の端を雲が流れていく。高度を上げた先には、すでに交戦中のヴァンガード隊が見えていた。
TYPE-II大型重装種。巨大な四脚型NBが、沿岸防衛ラインを押し潰している。
通常砲撃を受けてもほとんど止まらず、建物を踏み砕きながら前進していた。
『防衛隊後退!第三ライン維持できません!』
通信に焦りが混じる。
その時、白と淡い翡翠色の機体が空を裂いた。
レヴァンだった。ユイ機は大型NBの頭上を高速で通過すると、背部ユニットを展開する。
次の瞬間、光刃が一閃した。重装種の装甲へ深い裂傷が走る。
しかし、それでも止まらない。
「硬すぎるだろ……!」
カイトが思わず叫ぶ。
『TYPE-IIは正面火力に強い』
ミオの声が通信へ入る。
『関節部か内部を狙って』
その直後、警報が鳴った。《UNKNOWN-D APPROACH》
カイトの視線が上空へ向く。
雲の切れ間から、白いGD――UNKNOWN-Dが降下してきた。
長距離ライフルを構えている。
「また、あの白いGD……!」
次の瞬間、光線が走った。狙われたのはレヴァンだった。
『っ……!』
ユイ機が急回避する。しかし完全には避け切れず、左肩装甲が吹き飛ぶ。
『羽崎!』
ヴァンガード隊が動こうとする。しかし、その前へTYPE-IIが割り込んだ。
完全に連携していた。カイトは思わず息を呑む。
「NBとGDが連携してるのか……!?」
ミオが即座に答える。
『あのGDが指揮役』
その時だった。UNKNOWN-Dの視線が、アルタイルへ向く。
通信ノイズ。そして、短い声が届いた。
『……やっぱり起動した』
カイトが眉をひそめる。
「何?」
返答は無い。次の瞬間、UNKNOWN-Dが急加速した。
速い。今までのGD戦とは比較にならない。
「っ!?」
アルタイルが反射的に回避する。しかし、その動きにカイト自身が追いつけない。
視界が流れる。身体が引っ張られる。《同期率上昇》《88》警報音が響いた。
頭痛。それでも機体は止まらない。UNKNOWN-Dとアルタイルが空中ですれ違う。
直後、衝撃が走った。
「うあっ!?」
アルタイルの右腕装甲が切り裂かれる。
浅い。だが速すぎた。
『カイト!』
ユイの声が響く。レヴァンが割って入り、UNKNOWN-Dへ斬りかかる。
白い機体同士が激突した。火花が夜空へ散る。
UNKNOWN-Dは後退しながらライフルを連射する。
対するレヴァンは、最小限の動きで回避しながら距離を詰めていた。
その戦いを見た瞬間、カイトは理解した。
ユイは今まで本気を出せていなかった。
レヴァンはガルムとは別次元の機体だ。
『カイト!』
ミオの通信が飛ぶ。
『大型種止めて!防衛ライン抜かれる!』
カイトは我に返った。眼下ではTYPE-IIがなおも進軍を続けている。
アルタイルが唸るように加速した。その瞬間、またノイズが走る。
知らない景色。燃える空。そして、巨大な黒い影。《MEMORY LINK ERROR》
「またこれか……!」
頭痛が増す。しかし今度は違った。断片的に、機体の動かし方が流れ込んでくる。
まるで誰かが戦い方を教えているみたいだった。
けれど、その誰かが何者なのか、カイトには分からない。
アルタイルが自然に動いた。大型NBの突進を回避し、その脚部関節へ高速で潜り込む。
光刃が閃く。次の瞬間、TYPE-IIの巨体が大きく崩れた。
ヴァンガード隊がざわつく。
『一撃で脚を……!?』
カイト自身も驚いていた。
「今の、俺がやったのか……?」
しかし、その疑問に答える余裕は無かった。
上空で、レヴァンとUNKNOWN-Dの激突がさらに激しさを増していたからだ。
海上空域は、すでに戦場へ変わっていた。
爆炎。砲撃。崩れ落ちる沿岸施設。そして空では、白い機体同士が激突を繰り返している。
レヴァンとUNKNOWN-D。二機の軌道は常識外れだった。
高速機動。急制動。空中姿勢制御。どちらも通常LFやGDとは別次元の動きをしている。
カイトは思わず息を呑んだ。
「見えねぇ……」
実際、目で追うのがやっとだった。
しかし、その中でもユイは少しずつ押され始めていた。
UNKNOWN-Dの射撃精度が異常に高い。
距離を離されるたびに、レヴァンの装甲が削られていく。
『羽崎!左上!』
ミオのビットが警告を飛ばす。直後、UNKNOWN-Dの高出力射撃が空を貫いた。
レヴァンが回避する。しかし、次弾が先回りしていた。
「っ……!」
ユイが機体を捻る。それでも完全には避け切れず、レヴァンの右脚部へ直撃した。
火花が散る。
『脚部損傷』
『機動性能低下』
通信越しでも、空気が変わったのが分かった。
白いGDのパイロットは確実にユイを追い詰めている。その時、カイトの視界へ大型NBが飛び込んできた。
TYPE-IIが二体。市街地方向へ進行している。
「くそっ……!」
アルタイルが加速する。驚くほど自然に機体が動いた。
今なら分かる。アルタイルは“操縦する”感覚ではない。
機体と神経が直結している。だから反応が速い。
だが同時に、機体側の感覚まで流れ込んでくる。
熱。振動。索敵反応。そして時々、知らない記憶。《MEMORY LINK》 またノイズが走った。
一瞬だけ、知らない戦場が見える。崩壊した艦隊。
無数のGD。そして、白い機体。
『逃げて……!』
誰かの声。カイトが思わず顔をしかめる。
「なんなんだよこれ……!」
その瞬間だった。TYPE-IIが砲撃を放つ。
アルタイルが反射的に動く。回避。接近。
そして、脚部関節へ高速斬撃。大型NBの片脚が吹き飛んだ。
続けて二撃目。巨体が海面へ崩れ落ちる。
ヴァンガード隊が驚愕していた。
『速い……!』
『本当に候補生か!?』
しかし、カイト本人には余裕が無かった。
アルタイルの反応速度が速すぎる。ほんの少し集中を切らすだけで、身体ごと持っていかれそうになる。《SYNC RATE:91》警報音が響いた。
「まだ上がるのかよ……!」
その時だった。上空から衝撃波が落ちてくる。
UNKNOWN-Dとレヴァンが激突したのだ。
空中で火花が弾ける。だが次の瞬間、UNKNOWN-Dの蹴りがレヴァンを弾き飛ばした。
『っ……!』
ユイ機が海面近くまで落下する。
「ユイ!」
カイトが叫ぶ。その隙を、白いGDのパイロットは逃さなかった。
UNKNOWN-Dのライフルがレヴァンへ向く。
完全な射線。
間に合わない。
その瞬間、アルタイルが勝手に動いた。
「え……!?」
推進最大。白い機体が空を裂く。カイトの意思より先に、アルタイルがレヴァンの前へ割り込んだ。
直後、砲撃直撃。轟音が響いた。アルタイルの左肩装甲が吹き飛ぶ。
警報が鳴り響く。《左肩部損傷》《神経負荷増大》激痛が走る。
「ぐっ……!」
しかし、その瞬間だった。UNKNOWN-Dが止まる。
白いGDのパイロットがアルタイルを見ていた。
『……その動き』
ノイズ混じりの声。
『やっぱり、似てる』「何を……!」
返答は無い。しかし、UNKNOWN-Dはそれ以上追撃しなかった。
代わりに、ゆっくり距離を取る。その動きに、ユイが気づく。
『カイト、離れて!』
直後。高高度から新たな熱源が降下してきた。
艦橋通信が悲鳴のように響く。
『新規GD反応!』
『UNKNOWN TYPE!』
海上空域の空気が、一気に凍り付いた。




