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第134話 正統地球

 解析室のスクリーンには、ヴァルディウス・ネメシス三世の名が表示されていた。

 ついさっきまでの説明で語られていたのは、ネメシス帝国がどう成立し、どう宇宙へ出たかだった。

 一世は、分裂していた本国の地球を統一した。

 二世は、魔術/錬金術系技術と機械演算を統合し、長距離転移を実用化した。

 その結果、帝国は資源星、植民星、軍事拠点、宇宙港、交易圏へ広がっていった。

 そこまでは、まだ理解できた。

 理解したくはないが、国家の拡大としては分かる。

 だが、三世の名が出た瞬間、話は別の重さを持ち始めていた。

 カイトは、スクリーンの文字を見つめる。

「三世が、他の地球を分類し始めたんだよな」

「正確には、観測、分類、統合の制度を整えた皇帝です」

 アルベルトが答えた。

「二世までの帝国は、外宇宙へ広がる星間国家でした。もちろん、侵略も支配も行っています。しかし、地球系文明を特別な対象として体系化したのは、三世の時代です」

「体系化……」

 三島が端末を操作し、カタストロフで得た分類ログを並べた。

 未統合地球。

 統合候補。

 統合価値。

 災害耐性。

 観測対象。

 支配介入可能性。

「これらは、現場の便宜上の言葉ではありません。帝国が地球系文明を扱うための制度用語と見るべきです」

「つまり、デッドエンドやカタストロフだけじゃなくて、他の地球も同じ表に入れられているってことか」

「はい」

 イリスが、これまで訪れた地球の一覧を表示する。

 アース・デッドエンド。

 アース・ヴェルデ。

 アース・フォージ。

 アース・ネオジェネシス。

 アース・カタストロフ。

 それぞれの横に、帝国の関与、または利用された技術が並ぶ。

 NB投入。

 侵食核。

 工廠AI。

 補正演算網。

 災害制御網。

 リクトが腕を組んだ。

「帝国は、相手の文明を一つの敵として見ているわけじゃない。使える要素を抜き出している」

「文明ごと部品扱いか」

 カイトが言う。

「近い。もっと悪いかもしれない。部品だけじゃなく、壊れ方や支配しやすさまで測っている」

 その言葉に、カタストロフの記録が重なる。

 文明崩壊進行率。

 避難成功率。

 社会維持限界。

 災害連鎖耐性。

 人が逃げる姿も、防壁が壊れる瞬間も、都市が持ちこたえる時間も。

 帝国にとっては、数値だった。


 レオニスが口を開いた。

「三世の時代に生まれたのが、現在の正統地球思想だ」

「ネメシス思想、ですね」

 三島が確認する。

 レオニスは頷いた。

「帝国ではそう呼ばない。彼らにとっては、ただの国家理念だ。だが外から見れば、ネメシス帝国を動かす思想体系と言っていい」

「その中身は?」

 カイトが問う。

 ユイが静かに答えた。

「地球は一つでなければならない。正しい地球は、帝国本国の“地球”だけである。他の地球は、未統合、未完成、または誤った名を持つ文明である」

「……」

 カイトは眉を寄せる。

「それを、本気で教えてるのか」

「はい」

 ユイの声は淡々としていた。

 だが、その奥には嫌悪があった。

「私も、そう教えられました。帝国の地球は正統であり、他の地球は正しい秩序を知らない。だから導く必要がある。抵抗するなら、制圧する必要がある」

「導くって言い方が嫌だな」

「帝国では、侵略とは呼びません」

 レータが静かに言った。

「統合、保護、再編、正常化。そういう言葉を使います」

「言い換えだろ」

「はい。ですが、言い換えは重要です」

 レータは画面に映る分類語を見つめる。

「侵略と言えば、侵略する側にも罪の意識が生まれます。ですが、統合と言えば、相手を正しい形へ戻しているように見える」

「名前を変えるだけで、やってることが変わるわけじゃない」

「やっている側の認識は変わります」

 カナデが続けた。

「人は、自分達が悪だと思いながら長く行動し続けるのは難しい。だからこそ、帝国は言葉を整えます。征服ではなく統合。支配ではなく保護。監視ではなく観測。強制ではなく秩序」

「ネオジェネシスの補正にも似てるな」

 カイトが呟く。

「はい。ただし、帝国の場合は相手の同意をほとんど必要としません」

 カナデの声は穏やかだったが、厳しかった。

「救うと言いながら、相手の選択を奪う。それは救済ではなく支配です」


 イリスが、帝国本国と複数の地球系文明を結ぶ分類図を表示した。

 中心には、帝国本国の「地球」。

 その周囲に、未統合地球、統合候補、観測対象、統合済み地球が配置されている。

 カイトは、その中心にある「地球」という文字を見た。

「帝国本国は、今もただ“地球”って呼ばれてるんだよな」

「はい」

 ユイが答える。

「帝国内部では、他の識別名を使う必要がありません。彼らにとっては、そこだけが正しい地球だからです」

「外からは何て呼ぶんだ?」

「帝国本国、正統地球、ネメシス本国など、文脈によって変わります。ですが、帝国自身は基本的に“地球”と呼びます」

「それで、他の地球は未統合地球か」

「はい」

 三島が補足する。

「ここで大事なのは、帝国が“地球”という名前を単なる翻訳上の一致と見ていないことです。帝国にとっては、地球という名を持つことが、文明の中心を名乗ることに等しい」

「つまり、同じ王冠を名乗ってるみたいなものか」

「近いです」

 レオニスが頷く。

「帝国にとって、他の地球は同じ王冠を勝手に被った存在だ。偽物であり、未完成であり、統合すべき対象になる」

「勝手に決めてるだけだろ」

「その通りだ」

 レオニスは、冷たく答えた。

「だが、帝国はその勝手な決めつけを、軍事力と制度で現実に変える」

「……」

 カイトは言葉を失った。

 正統地球。

 未統合地球。

 統合候補。

 それは、名前だけの問題ではない。

 帝国が他の世界へ手を伸ばすための理屈だった。


 カイルの声が通信越しに入る。

《じゃあ、地球以外の星はどうなる。資源星や植民星にも人はいるだろ》

「扱いは異なります」

 レオニスが答える。

「地球以外の星も、帝国に支配されることはある。資源を奪われ、基地を置かれ、属領化されることもある。そこに悲劇がないわけではない」

《だが、地球系文明とは違う》

「そうだ」

 レオニスは、帝国の支配領域図を表示する。

「資源星は資源地。植民星は領土。宇宙港は交通拠点。軍事拠点は防衛線。交易圏は経済圏。異星文明は相手次第で交易相手にも属領にもなる」

「現実的な扱いですね」

 三島が言う。

「そうです。帝国は思想国家であると同時に、現実的な軍事国家でもある」

「でも、地球系文明だけは」

「思想が乗る」

 アルベルトが言った。

「地球系文明は、帝国にとって単なる領土や資源ではありません。正統性を揺るがす存在であり、同時に研究価値の高い文明群でもある」

「研究価値?」

 カイトが聞き返す。

「はい」

 リクトが説明を引き継ぐ。

「これまで見てきた通り、地球系文明はそれぞれ技術体系が違う。ヴェルデは生体都市、フォージは工廠、ネオジェネシスは補正演算、カタストロフは災害制御。帝国から見れば、思想的には統合対象、実利的には技術資源だ」

「最悪の組み合わせだな」

「そうだな」

 リクトは顔をしかめた。

「思想だけなら狂信で済む。実利だけなら利害で読める。でも帝国は両方だ。正統性のために攻め、技術を得るために観測し、支配しやすくするために救済も使う」

「それが三世の制度か」

「おそらくな」

 イリスが、カタストロフのログに残っていた項目を拡大する。

 統合価値。

 支配介入可能性。

 技術資源化可能性。

 現地協力者形成可能性。

「この分類は、単なる軍事目標ではありません。統治後の利用まで想定しています」

「攻める前から、支配した後の使い道を考えてるってことか」

「はい」

 カイトは、背筋に冷たいものを感じた。


 ユイは、しばらく黙っていた。

 だが、やがて静かに口を開いた。

「帝国では、地球系文明を三つに分けて教えることがありました」

「三つ?」

「はい」

 ユイは画面に表示された分類語を見る。

「正統地球。未統合地球。統合済み地球」

「正統地球は、帝国本国の地球」

「はい」

「未統合地球は、まだ帝国に統合されていない地球」

「はい」

「統合済み地球は……」

 カイトは言葉を止めた。

 その先にある名前を、もう知っていた。

「アース・ネメシスか」

「はい」

 ユイは頷く。

「アース・ネメシスは、帝国に敗れ、ネメシスの名を冠された占領地球です。帝国本国ではありません。しかし、帝国に統合された地球がどう扱われるかを示す重要な例です」

「元々の名前は?」

「不明です。少なくとも、現在の帝国系記録では確認できません」

「名前を消されたのか」

「その可能性があります」

 レータが低く言う。

「帝国は、統合した相手の名前を必ずしも残しません。残す場合もありますが、意味を上書きします」

「意味を上書き……」

「占領地を、帝国の歴史の中へ組み込むためです」

 アルベルトが補足した。

「アース・ネメシスという名は、帝国支配の証でもあります。そこは元々別の地球だった。しかし今は、帝国の名を冠した統合済み地球として記録されている」

「……でも、ずっと気になってたんだけどさ」

 カイトは画面に表示されたアース・ネメシスの名を指差した。

「帝国もネメシス。怪獣もネメシス・ビースト。ユイが使う予定のレクイエムも、元はネメシス・レクイエム。で、占領された地球もアース・ネメシス。なんで、そんなにネメシスって付くんだ?」

 その問いに、ユイは少しだけ目を伏せた。

「ネメシスは、帝国にとって単なる国名ではありません。正統地球の秩序を乱すものへの裁定、報い、そして統合の象徴として扱われています」

「裁定……」

「はい。帝国にとって、他の地球は正しい秩序から外れた存在です。それを正統地球の秩序へ戻すことを、帝国は正しい裁きのように扱います」

 アルベルトが補足する。

「だから、帝国の思想や術式層、統合政策に深く関わるものには、ネメシスの名が付きやすい。ネメシス・ビーストは、未統合地球を制圧するための怪獣兵器。ネメシス・レクイエムは、帝国式の術式層と統合思想が強く反映された兵器。そしてアース・ネメシスは、帝国に統合され、その名を上書きされた地球です」

「名前を付けることで、帝国のものにするのか」

「はい」

 レータが静かに言った。

「帝国にとって、ネメシスの名を与えることは、ただの命名ではありません。相手を帝国の歴史と秩序へ組み込んだという印でもあります」

 カイトは、もう一度画面を見た。

 アース・ネメシス。

 ネメシス・ビースト。

 ネメシス・レクイエム。

 ネメシス帝国。

 同じ名が付けられている理由が、少しだけ分かってしまった。

 それは単なる呼び名ではない。

 帝国の裁定を受けたもの。

 帝国の秩序へ組み込まれたもの。

 あるいは、帝国がそれを行うためのもの。

「統合って、結局は名前も歴史も奪うことなのか」

「少なくとも、帝国式の統合にはその側面があります」

 三島が静かに言った。

「政治的には、占領、再編、同化政策、行政支配、軍事拠点化、思想教育。そういったものが含まれるはずです」

「ただ攻めて終わりじゃない」

「はい。攻めた後に、その世界の意味を変える」

 カイトは拳を握った。

 未統合地球。

 統合済み地球。

 そして正統地球。

 言葉は整っている。

 だが、その中身はあまりにも暴力的だった。


 カナデが、ユイとセラを見た。

「この思想は、パルスティアにも関わります」

「私達に?」

 セラが小さく問う。

 カナデは頷いた。

「帝国が他の地球を統合する時、現地の人間だけではなく、兵器、管理者、案内役、監視役が必要になります。パルスティアは、その一部として扱われた可能性があります」

「帝国の尖兵として」

 ユイが言う。

「はい。ただし、それだけではないと思います」

「どういう意味ですか」

「パルスティアは、魔術/錬金術寄りの人工生命です。単なる機械兵器ではなく、人間に近い姿と反応を持つ。帝国にとっては、異なる地球の環境や文化にも適応しやすい存在だったのではないでしょうか」

「兵器であり、接触要員でもある」

「可能性はあります」

 カイトは不快そうに顔をしかめた。

「人を作って、地球を支配する道具にするのかよ」

「帝国は、そう考えたのでしょう」

 カナデの声は静かだった。

「ですが、今ここにいるユイさん達は、その役割から離れています」

「……はい」

 ユイは頷いた。

「私は、帝国の正統地球思想をもう信じていません」

「セラさんは?」

 ミオが尋ねる。

 セラは少し考えてから答えた。

「私は、まだ全てを理解できているわけではありません。でも、他の地球を撃つ理由にはなりません」

「うん」

 カイトは頷いた。

「それで十分だと思う」


 話は、帝国の「統合」という言葉に戻った。

「帝国の統合とは、具体的に何を指すのですか」

 三島が問いかける。

 答えたのはレオニスだった。

「段階がある。まず観測。次に分類。価値があると判断されれば介入。抵抗があれば軍事制圧。支配が成立すれば行政再編。教育、言語、軍事、技術、資源、住民管理を帝国規格へ合わせていく」

「完全な同化政策ですね」

「そうだ」

 レオニスは頷く。

「ただし、全てを消すとは限らない。使えるものは残す。技術も、住民も、文化も、帝国に都合よく利用できるなら残される」

「フォージの工場みたいに」

 リクトが言う。

「ネオジェネシスの演算網みたいに」

 イリスが続ける。

「カタストロフの管理区域みたいに」

 カナデが言う。

 カイトは、低く呟いた。

「残すっていうより、飼い殺しだな」

「近いかもしれません」

 三島は否定しなかった。

「帝国の統合は、破壊だけではありません。むしろ、使える部分を残し、帝国の体系へ組み込むことが目的です」

「だから厄介なんだな」

「はい」

 アルベルトが言う。

「完全に破壊されるなら、抵抗は分かりやすい。ですが、帝国は時に救済し、時に保護し、時に現地の技術を残す。そのため、住民の中には帝国支配を受け入れる者も出ます」

「カタストロフみたいに、水や薬をもらった人達は、簡単には帝国を否定できない」

「その通りです」

 カイトは奥歯を噛んだ。

 帝国は、ただ撃ってくる敵ではない。

 助ける顔も持つ。

 だからこそ、入り込む。

 そして、気づいた時には名前も意味も制度も上書きされている。


 カイトは、しばらく黙っていた。

 それから、ようやく口を開いた。

「要するに、帝国が地球系文明を襲う理由は、一つじゃないんだな」

「はい」

 三島が頷く。

「思想上の理由。政治上の理由。実利上の理由。その三つが重なっています」

「思想上は、自分達の地球だけが正統だから」

「はい」

「政治上は、他の地球を放っておくと帝国の正統性が揺らぐから」

「その通りです」

「実利上は、それぞれの地球の技術や資源や社会を利用できるから」

「はい」

 リクトが付け加える。

「ヴェルデの生体ネットワーク、フォージの工廠、ネオジェネシスの補正演算、カタストロフの災害制御。帝国は、それらを全部利用しようとした」

「最悪だな」

「最悪だ」

 レータが静かに言った。

「しかも、帝国自身はそれを正しい秩序だと思っている」

「……」

 解析室に沈黙が落ちる。

 その沈黙の中で、イリスが次のデータを表示した。

 アース・ネメシス。

 帝国統合済み地球。

 旧地球系文明。

 占領後、ネメシス名を付与。

 帝国式行政区分導入。

 GD関連施設確認。

 術式層研究施設の痕跡あり。

 パルスティア関連情報、部分一致。

 カイトは、その文字を見つめた。

「次に行く場所は、未統合地球じゃないんだよな」

「はい」

 ユイが答える。

「アース・ネメシスは、帝国に統合された地球です」

「帝国本国でもない」

「はい」

「でも、帝国に負けた後の地球がどうなるかを見られる」

「そうです」

 アルベルトが続ける。

「そこには、三世の思想が実際に適用された結果が残っているはずです。帝国式行政、軍事施設、GD関連施設、術式研究、そしておそらく住民への同化政策も」

「……」

 カイトは深く息を吐いた。

「行く意味は分かった」

「ですが、次に必要なのは作戦整理です」

 三島が言った。

「アース・ネメシスは、これまでのような崩壊地球や孤立した文明とは違います。帝国の支配が機能している可能性があります」

「つまり、敵地に近い」

「はい。向かう前に、危険、目的、降下班、ユイさん達の扱いを整理する必要があります」

 ジン艦長の声が通信越しに入る。

《その通りです。思想の整理はここまでにしましょう。次は、アース・ネメシスへどう接近するかを検討します》

「了解」

 カイトはスクリーンを見る。

 正統地球。

 未統合地球。

 統合済み地球。

 帝国の言葉は、ようやく少し見えてきた。

 だが、その言葉が現実の世界をどう変えるのかは、まだ見ていない。

 それを見る場所が、アース・ネメシスだった。

 ネメシス帝国に負けた地球。

 名を奪われ、意味を上書きされた地球。

 統合という言葉の先にある世界。

 カイトは小さく呟いた。

「次は、統合された地球か」

 その言葉に、ユイは静かに頷いた。

「はい。そこに、帝国の本当の姿が残っているはずです」

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