035:学徒リリエーラ
既に街中には多数のゴーレムを放っている状態。
だからこそ、リリエーラさんを探すこと自体は、それほど難しくは無かった。
そもそも、僕のゴーレムは学院の中にまで足を踏み入れている。
流石に、エステラの研究室には近づかないようにしていたが、一般的な学徒たちが僕のゴーレムに気付く様子はない。
アイの負担が軽減された今、情報の精査は朝飯前であった。
リリエーラ・リオネラ・リーエイン。精霊を研究するため、学院に籍を置いている学徒の一人。
エルネンシア魔法学院は、どちらかというと大学院に近い研究機関だ。
授業よりも研究の方がメインであり、彼らは魔法について日夜研究を行っている。
精霊の研究は、その中でも大きな研究の一つ。しかしながら、彼女の研究は異端とまではいわないものの、邪道なものとして扱われていた。
偏に、それは彼女がクライヴの技術を活用しようとしているからである。
(どのようなものであれ、技術は技術。それを無視して活用せずにいるなど、先人の知識への冒涜だ、と――)
リリエーラさんの主張はそんなところだ。
他の学徒たちの考えはわからないが、彼女の主張は決して間違ったものではないと僕は考えていた。
生真面目ではあるが、考え方は柔軟。彼女の印象はそんなところだ。
そんなリリエーラさんが精霊の研究を行っている理由は定かではない。
集めた情報から類推できない辺り、あまり日常的に口にするような理由というわけではないようだ。
けれど、彼女がかなり意欲的に研究へと取り組んでいることはわかる。
彼女にとって、精霊の研究はそれほど重要なものなのだろう。
(素行はまともで、クライヴの技術に対する理解がある。そのうえ、研究に意欲的……条件としては、かなり理想的だ)
あまりにも都合が良くて、作為を疑ってしまうレベルである。
とはいえ、僕たちがここに訪れたのは先日が初めてだ。そんな作為が入り込むような余地はない。
これらを考慮した結論として――僕は、リリエーラさんに協力を依頼することに決定した。
「あ! ほらほらユウ君、来たよ!」
「おおよそ時間通り。パターンはわかりやすいね」
昼下がり、エルネンシアの一角。
都市計画などまるでない雑多な造りをしたこの街は、食事処もあちこちに散らばっている。
そんな中で、リリエーラさんが好んで通っているのは早くて安いというタイプの店だった。
どうやら、食事自体にはあまり頓着しないタイプの人であるらしい。
表にある店のメニューを眺めるふりをしていた僕は、エリちゃんの声に視線を上げ、学院の方から歩いてきたリリエーラさんの姿を確認した。
彼女も、ほぼ同時にこちらの姿を認めたらしく、僅かに目を見開いてこちらのことを見つめている。
「こんにちは、リリエーラさん。先日はどうも」
「ええ。貴方たちも、まだここに滞在していたのね」
「あはは、まだ目的の達成とはいかず……エルネンシアでも、やっぱり難しい課題みたいです。これからお食事ですか?」
「ええ、そのつもりだけど。どうせなら、一緒にどうかしら?」
こちらから同席をお願いしようとしていたところ、リリエーラさんの方から提案してくれた。
都合がいい展開ではあるけど、面倒が無くて実に助かるものだ。
喜んで提案を受けつつ、僕たちは店の中の、奥まった場所にある個室へと落ち着いた。
「人と食事するなら、もっといいお店の方がいいかなとも思ったのだけど……ここも、値段の割には結構美味しいのよ?」
「へぇ、良く通ってるんですね」
まあ、それについては調べ上げているため既に知っているのだが。
とはいえ、味については未確認だ。これを機に、この世界の料理屋を体験してみることとしよう。
リリエーラさんが頼んだ、濃いめの味付けの肉をパンで挟んで食べる料理を一緒に注文しつつ、僕は早速彼女へと話題を振る。
「そういえばリリエーラさん、精霊の研究をされているんですよね? クライヴ・ハルツマンの人工精霊にも詳しいんですか?」
「ああ、人工精霊。知っているのは資料として残っていることぐらいだけどね……学院は、あまりあの技術を好んでいないから」
「やはり、そうなんですね。ここまで来ても、あまり情報を得られなくて……」
「そうでしょうね。学院の書庫でも、あまり残っていないのだもの。あるとすれば、エステラ様の禁書庫だけど……まあ、無理な話よね」
溜息を吐き出しつつ、リリエーラさんはそう告げる。
やはり、学院内では人工精霊に関する情報を得ることが難しいようだ。
とはいえ、他の場所で手に入るものかと聞かれればそうでもない。
何しろ、クライヴが人工精霊を生成していたのがこの周辺なのだから。
「ユウだったわよね? 貴方も、人工精霊について調べていたのね。魔道具師としては、夢のある素材であることは事実でしょうけど」
「エルフとしては、人工精霊を魔道具に使うことは問題ないのですか?」
「精霊教会と繋がりの深い氏族は気にするかもしれないけど、あたしはそんなに。むしろ、人工精霊の方がマナが霧散して消滅するってことも無いでしょう?」
「ああ……確かに、人工精霊の方が存在としては安定しているでしょうね」
どうやら、リリエーラさんはエルフの立場としても人工精霊のことは問題ないと考えているらしい。
ますます、共同研究者としては望ましい思想だ。
そう確信して――僕は、テーブルの下でエリちゃんに合図を送った。
その合図を受け、エリちゃんは猫を被った状態でリリエーラさんへと声をかける。
「あの、リリエーラさん。良ければ、ユウ君の研究に協力してはいただけませんか?」
「研究に協力? 人工精霊の、ってことかしら?」
「はい。人工精霊に関しては、エルネンシアでもほとんど情報が手に入りませんでした。遺跡で少しでも手掛かりがあれば、と思ったんですが……」
エリちゃんの提案に、リリエーラさんは眉根を寄せる。
流石に、いきなり研究に協力と言っても難しいだろう。
だけど、彼女もこれには食いつかざるを得ない筈だ。
「……これを、見て頂けませんか?」
「それは? ――ッ!?」
僕らが持ち運んでいたケース。それを開き、中身を彼女へと提示する。
それは他でもない、あの人工精霊生成室で、エリちゃんが発見した生成器のプロトタイプであった。
きちんと封入器も入っているし、今でもしっかりと稼働させられることは確認している。
あの生成室ほどではないが、これもオーパーツと呼んで遜色ないほどの貴重品だった。
「貴方、これを何処で……!」
「……これは、僕の家に伝わっていたものです。これがクライヴ・ハルツマンの人工精霊生成器であることはわかっていますが、僕たちにはどうしても動かすことができませんでした」
ちなみに、これはこのエルネンシア近郊でしか起動することができないのは事実だ。
人工精霊の生成には純度の高いマナが必要で、それは地脈の上からしか吸い上げることができない。
エルネンシアほどの整った環境でなければ、起動したとしても人工精霊を生み出すことはできないのだ。
「そのヒントを探るため、僕たちはここまで来ました。しかし、結局その情報も残されておらず……」
「この技術を肯定的に見ている研究者は、貴方だけでした、リリエーラさん。どうか、これの使い方を調べては下さいませんか?」
ごくりと、リリエーラさんの喉が鳴る。
目の前の状況を呑み込み切れていないのだろう。
だが、これが彼女にとって千載一遇のチャンスであることは間違いなかった。
「貴方たち……あたしがこれを持ち逃げするとは思わないの?」
「勿論、契約は結んでいただきますよ。もしもの時の請求先は学院にさせていただきますけど」
「……あたしの個人資産で払えるようなものじゃないからね、こんなの」
彼女も学院に籍を置く魔法使いだ。魔道具の貸与契約として、その保証を学院に求めることはできる。
どんな魔道具であるかと書かなければ、それほど問題は無いだろう。
「どうか、引き受けては貰えませんか、リリエーラさん」
「っ……わかったわ。あたしで良ければ、引き受けさせて貰います」
このような機会は二度とない、そう判断したのだろう。
覚悟を決めた表情で、彼女は手を差し出してくる。
それに対し、僕は安堵の表情を作りながら、彼女の手を握ったのだった。




