027:裏側の闘争
「お前はふざけているのか、クレオン」
「……申し訳ありませんが、全て事実です、殿下」
「チッ……意味が分からん、何だそれは!」
召喚者に関する対応について、第二王子エヴァンスが受けた報告は、全く望ましいものではなかった。
作戦自体は、上手く後処理ができるのであれば悪いものではなかっただろう。
強力な治癒魔法使いと、優秀な戦闘成績を収めている召喚者たちのリーダー格。
この二人を確保できるのであれば、十分な成果が見込めるだろうと、エヴァンスはそう確信していた。
だが、結果は――
「死蔵していた筈の古代魔道具が自ら動き、そいつに使われるようになっただと!? 何故そんなことになる!」
「それは……学者たちも、説明はできないようで」
「くそっ」
宝物庫に死蔵されていた筈の、クライヴ・ハルツマンの遺産。
優れた武装でありながら、誰にも扱うことができなかった筈のその武器は、まるで自ら使い手を選んだかのように宝物庫から飛び出した。
それ以降は、倉庫に返還しようとしても再び飛び出してくる始末で、結局は晃司の手に置くしかないという判断が下された。
(使ったのは元より失敗した、切り捨てる予定だった連中だ。そこについては問題ないが、同じ手は使えなくなる。どうする、もっと大きく動くしか――)
舌打ちを零しながらも、エヴァンスは状況打破のために思考を巡らせ続ける。
失敗したとしても、彼に諦めるという文字は無い。
どれほどの犠牲を払い、負債を抱えたとしても、王にならなければ意味がないのだと。
その決意と共に、エヴァンスは次なる策略を練り始める。
しかし、それを遮るように、音を立てて執務室の扉が開かれた。
「で、殿下!」
「何だ、騒々しいぞ」
息を切らせ、慌てた様子の部下。
その姿に異常を感じ取り、エヴァンスは顔を顰めながらも即座に話を促した。
彼の言葉を受けた部下はその表情に気圧されつつも、急ぎ報告の言葉を口にする。
だが、それは僅かばかり遅かった。
「アルドルート殿下が――」
「――失礼するぞ、エヴァンス」
エヴァンスの部下を押しのけるように現れたのは、騎士たちを伴ったアルドルートであった。
今の今までその接近に気付けなかった、その事実にエヴァンスは思わず目を見開く。
「兄上……何の用だ」
「わざわざそれを聞く必要があるのか?」
「ああ、俺にはさっぱりだ。それよりも、先触れも出さずに直接足を運んでくるとは、品行方正な兄上らしからぬ下品さだな」
内心での焦りは一切表には出さず、エヴァンスはそう告げる。
しかし、アルドルートは冷たい表情を変化させることもないまま、その視線をエヴァンスの横にいた側近へと向けた。
「私の用事はそちらだ、クレオン・マークウェル」
「は――」
「貴殿には様々な不正行為に関与した疑惑が浮上している。拘束させて貰おう」
それは、あまりにも一方的な通達だった。
しかし、アルドルートの伴ってきた騎士たちは一切の動揺もないまま、一瞬のうちにクレオンのことを拘束する。
その展開に、エヴァンスは声を荒げながら立ち上がり、アルドルートへと食って掛かった。
「何を言っている! 容疑だと、いったい何の――」
「下級貴族に対する脅迫行為、そして遺物の無断使用。直近ではこの二つだが――さて、いくつ追及してほしい?」
そう告げて、アルドルートはエヴァンスの机の上に紙の束を放り投げる。
それは間違いなく、エヴァンスがクレオン越しに様々な貴族へと働きかけた際の指令であった。
本来、役目を終えれば即座に燃やされ、破棄されるはずのそれは、何故か形を保ってエヴァンスの目の前に並べられていた。
あり得ざる事象に、エヴァンスは零れんばかりに目を見開く。
「な、ぜ――」
「さて、この杜撰さには私も呆れたものだが……洗ってみれば出るわ出るわの不正の数々だ。クレオン、貴殿だけではなく、これらに関わってきた全員を摘発している」
「お、お待ちください、アルドルート殿下! 私には、何のことか――」
「ああ、弁明は不要だ。証拠は既に揃っている。マークウェル伯爵とも協議済みだ。どうやら彼は、君を切り捨てて保身を図ったようだがね」
心底呆れた様子で、アルドルートはそう吐き捨てる。
既に親からも見捨てられていたというその事実に、クレオンの表情は絶望に染まり、その場へと崩れ落ちた。
拘束する騎士たちに体重を預けた状態になった彼は、そのまま引きずられながらエヴァンスの執務室の外へと連れ出される。
残ったのは、机に突いた拳を震えるほどに握りしめるエヴァンスただ一人。
「さて、用事は済んだ。私はこれで失礼するよ、エヴァンス」
「ッ……待て、兄上!」
踵を返すアルドルートに、エヴァンスはただ叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。
本来ありえない筈の失敗が、致命的な一撃となって心臓に突き刺さった――それを、明確に理解して、それでも。
エヴァンスは、これで終わるということを納得できずに、鋭く叫ぶ。
だが、振り返るアルドルートの視線は、何処までも冷め切ったものであった。
「私は、それなりにお前のことを評価している。お前なら、わからない筈は無いだろう。手足を削がれたお前に、できることは何もない」
「そんなやり方で、この俺を……ッ!」
「飽きる程に繰り返してきた闘争だろう? 今回はそれが、お前の命脈を断つものだったというだけだ」
これまで、延々と繰り返してきた権力闘争。
王になる――譲ることのできない共通の目標に向けて、互いに足を引っ張り続けてきた。
故にこそ、アルドルートはエヴァンスのことをよく理解している。それは、逆も然りだ。
そして、だからこそ、アルドルートには一つだけ言えることがあった。
「降って湧いた希望に、目が眩んだか。召喚者というものはそういう存在なんだよ、エヴァンス」
「――はっ」
どさり、と。椅子に沈み込むように、エヴァンスは脱力しながら崩れ落ちる。
最後に漏れた声は、己に向けての嘲笑か。
アルドルートの告げた言葉は、己の目がいかに見通せなくなっていたかを、明確に自覚させたのだ。
「――馬鹿馬鹿しい、結末だな」
「戦いなんてものは、大概はそういうものさ」
最後にそう告げて、アルドルートは今度こそエヴァンスの執務室から退出する。
残されたエヴァンスはただ一人、天井を見上げながら、ただ静かに深いため息を零したのだった。
* * * * *
「さてと……これで、今回の件は決着か」
「お疲れ、ユウ君。結局、直接手出しすることは無かったね」
「それは緊急時だけだからね。今回のこれは、単なる既定路線さ」
襲撃を防ぎ、そして証拠を確保できた時点で、僕らの勝利はほぼ確定していた。
後はアルドルート王子がどう動いてくれるかどうかだったけど――どうやら、彼は僕の期待以上に優秀だったようだ。
僕たちが確保し、そして破棄される前に複製した証拠品の数々。
アルドルート王子は、僕がゴーレムたちを用いて再配置したそれらを、全て見事に見つけ出してくれた。
「それにしても、ユウ君が作ったこのコピー機、大活躍だったね」
「コピー機っていうよりは印刷機だけどね。データから印刷してたし」
エリちゃんがポンポンと叩いているのは、先日僕が作成した印刷用の魔道具である。
コンビニに置いてある複合機のような見た目だけど、中身はほとんど魔法による産物だ。
コイツは、ゴーレムたちが取得してきた映像を元データとして、書類を印刷することができる。
まあ、印刷というよりは再現に近いため、コピー機の形をした3Dプリンターと言った方が実情に沿っているだろう。
アルドルート王子は、これを用いて複製した証拠を見事に見つけ出し、それを有効に活用してくれた。
エヴァンス王子当人に通じるような証拠ではないものの、彼の周囲にいる権力者の大半を摘発することに成功したのだ。
「で、あの第二王子本人は捕まえなくていいの?」
「構わないよ。側近を削ぎ落された時点で、彼は手足を失ったも同然の状態だ。しかも、部下たちの不正は彼にとっても大きな失点になる。継承権の順位も下がるだろうね――結局、何も知ることは無く、この始末というわけさ」
第二王子派の主要な貴族たちに、大きなダメージを与えることに成功した。
そのため、今のエヴァンス王子には実働させるための手足が存在せず、逆転を狙おうにも動けない状況になってしまっている。
その上で、継承権が下がれば第二位となるのはティエーリア王女だ。
暗殺などの手段でアルドルート王子を除いたとしても、継承権は転がり込んでこないのである。
そして、ティエーリア王女を除こうとすれば、精霊教会が黙っていない。流石に、詰みの状況だろう。
「監視は続けるけど、ほぼ無力化したと見て間違いは無いよ」
「それじゃあ、皆はもう安全なの?」
「そうだね。少なくとも、この国の中で危険に晒される可能性は著しく下がったよ」
僕の返答に、エリちゃんは安どした様子でにっこりと笑みを浮かべる。
今の状況は、彼女にとっても不安なものだったのだ。
とりあえず、これで一安心できるだろう。
「さてと……それじゃあ、次の仕事の準備だね」
「ラボの解放だよね、何処に行くんだっけ?」
足元の地固めは済んだ。
であれば、次は僕たちの課題を解決するべきだろう。
そのために向かうのは、次なるクライヴのラボ。その場所は――
「学術都市エルネンシア。魔法使いたちの研究機関、そのお膝元さ」
――かつて、クライヴが嫌った学院。そのすぐ傍に、彼の次なるラボは存在していたのだった。




