026:染め上げる、白
「あれこれと、やってくれるもんだね」
屋根の上から戦況を見下ろしつつ、僕はそう呟く。
鏡花ちゃんを救うため、割り込んだ晃司――そして、二人を拘束してしまった鏡花ちゃんのメイド、確かティルカと言ったか。
その状況に、僕は思わず溜め息を零してしまった。
あのティルカというメイド、どうやら父親が第二王子派に所属しているらしい。
つまり、父親からの指示で従わざるを得ず、ああして裏切ってしまったというわけか。
「流石に、使用人の背後関係まで洗ってる時間は無かったからなぁ……」
『申し訳ありません、マスター』
「いや、流石に仕方ないからね、それはどうこう言うつもりはないよ」
アイも、情報処理でいっぱいいっぱいになってる状況なのだ。
流石に、それでこの情報を見逃したなどと言うつもりはない。
それよりも重要なのは、今の状況と今後の展開だ。
「アイ、あの使用人の背後関係に先回りしておいて。それから、クライヴの遺産管理の方にも」
『承知いたしました』
「ねえユウ君、そんなこと言ってる場合じゃないんじゃない? ヤバそうだよ?」
僕と一緒に下の様子を眺めているエリちゃんは、不安そうな様子でそう口にする。
実際、かなり拙い状況であることは事実だ。
クライヴの遺産、そしてメイドの裏切り。どちらも厄介な要素であると言わざるを得ない。
まあ、あの遺産については解除もできるからまだ何とかなるのだけれど――流石に、それの発動を許すわけにはいかない。
「とりあえず、あの道具は連続発動できるものじゃないから、少しの間は大丈夫だよ」
「そっか。でも、結局は手を出さないとダメだよね?」
「まあ、それはね……」
晃司だけで状況を打破できれば良かったのだけど、流石にそうも言っていられない。
ここからの巻き返しには、僕らが手を出す必要があるだろう。
(さて、どうしたものかな)
今後の展開については見えている。
第二王子派は、晃司を手に入れるためにかなりの無茶をすることになった。
使用人の誘拐、そして脅迫。更にはクライヴの遺産の持ち出し――これらは、証拠を残さず行うことは不可能な内容だ。
これは間違いなく彼らにとっての隙になる。故に、その証拠を確保さえすれば後はどうとでもなるのだ。
だからこそ、まずはこの場を潜り抜けることが必要だ。
「……エリちゃん、気づかれないように晃司の拘束を破壊できる?」
「んー、ちょっと難しいかもしれないけど、何とか――ん?」
眼下を見下ろしていたエリちゃんが、唐突に横へと視線を動かす。
それに釣られて僕もまたそちらへと視線を向け――刹那、凄まじい規模の白い魔力が柱となって立ち上り、一筋の閃光がこちらの方へと向けて飛来した。
「ッ……!?」
「何アレ!?」
眩く輝くそれは、一振りの白い剣であった。
膨大な魔力を有するそれに、僕は思わず目を見開く。
「アイ、あれは――!」
『肯定します、間違いありません。あれは、先代の遺産の一つです』
機甲術によって組み込まれた術式を持つ、一振りの長剣。
柄に嵌っている白い宝玉は、恐らく人工精霊の封じられたコアだろう。
だが、あの剣はまるで自ら意思を持ってこの場に飛来してきたようにも見えた。
『あれは、先代の創り上げた失敗作です』
「えっ、あんな凄そうなのに?」
『肯定します。先代の理念は、どのような人間にも扱える道具を作り上げることでしたが、あの剣は光属性のマナ適性が高くなければ運用できませんでした』
「それで死蔵されていたわけか。でもアイ、あの剣の人工精霊は……」
『恐らく、私と同じように顕霊化しています。あの剣は、自らの意思で彼の元に飛来したのです』
つまりは、千年級の魔道具であり、顕霊の封じられた剣――それは最早、伝説の武器と言っても過言ではないだろう。
どういう流れであの剣が動いたのかはわからない。
だが、一つ言えることは。あの剣は、自ら晃司に握られようと、その眼前に浮遊しているのだ。
「ふっ、はははっ……あははははははッ! そうだ、やはり君は最高だ、晃司!」
「ゆ、ユウ君?」
「君は、僕の予想などあっさり上回る! そうだ、それでこそだ! はははははっ!」
素晴らしい、最高だ。こんな劇的な展開を、演出するまでもなく自ら呼び寄せてくれるのだから。
やはり晃司こそが、主人公と呼ばれるに相応しい、異世界ならば勇者と称されるべき存在だ。
だからこそ、僕はその道を彼にとって相応しいものにしなくては。
「もう手出しは要らない。アイ、全ての証拠を洗い出すよ」
『……よろしいのですか?』
「第二王子派を徹底的に追い詰める。そのために――因果応報を、知って貰うとしよう」
さあ、僕は僕の仕事を果たすとしよう。
主人公には似つかわしくない、闇の内側にあるような仕事を。
そのために、僕たちは早々にラボへと帰還したのだった。
* * * * *
――何が起こったのか、俺自身分らなかった。
唐突な、鏡花ちゃんの友人であるメイドの裏切り。
彼女の父親が脅され、こいつらの指示に従わざるを得なかったこと。
そして何よりも――その上で迎えた危機を、丸ごと吹き飛ばしてしまった白い剣。
「これは……」
見覚えのない白い剣は、一枚の金属から削り出されたかのような造形をしていた。
その柄の中心部には白い宝玉が填め込まれ、強力な光の魔力を放っている。
奇妙な感覚ではあったが、俺にはその宝玉が、剣を握るように語りかけてきているように思えた。
「馬鹿な、その剣は誰も握ることができなかった筈……!」
白い光に促されるままに、手を伸ばす。
刀身に精緻な紋章の刻印された、白い剣。
その柄を握りしめた、次の瞬間――放たれていた白い魔力は、余すことなく俺の体へと宿った。
「ッ……!」
そして、同時に理解する。
この剣が、正確には中央に嵌っている宝玉にいる何者かが、意志を持っていること。
そしてその意志が、俺を使い手として選び、求めているということを。
その意志に促されるように柄から魔力を注ぎ込み――剣から、眩い光が迸った。
「なっ!? 操って、いるだと!?」
「……あんた達、ちゃんと防いでくれ。悪いけど、あんまり威力を抑えられそうにない」
際限なく湧き上がってくるかのような力に、俺は逆に冷静になりながらも横薙ぎに刃を振るう。
その瞬間、光は波のように広がり、前方へと向けて押し寄せるように放たれた。
鏡花ちゃんの拘束から逃れてきた騎士たちは、それに対して咄嗟に魔法による防御を発動する。
けれど――それらを根こそぎ飲み込むように、光の波は騎士たちをまとめて吹き飛ばしてしまった。
耐えることができたのは、先程鏡花ちゃんに妙な道具を使おうとしていたただ一人のみ。
「何だそれは……何だ、貴様は! ふざけるな、何故唐突に、そんなものが――!」
「ふざけるなだと? こっちの台詞だ! 理不尽を押し付けてきた側のあんたに、それを口にする資格があると思うな!」
怒りと共に告げ、俺は駆ける。
一人残った騎士は、俺を迎撃するために剣を抜き、カウンターを狙って武器を構える。
けれど、俺は相手の攻撃のリーチよりも手前で白い刃を振るい――地面を砕きながら放たれた白い衝撃波は、騎士の体を飲み込んで後方へと吹き飛ばした。
光は轟音と共に石の壁へと直撃し、それを打ち砕きながら消滅する。
後に残ったのは、崩壊した城の壁と、その瓦礫の中で仰向けに倒れる騎士の姿だけだった。
「何とか、なったか……」
これ以上攻撃してくる騎士の姿が無いことを確認し、その上で警戒心は絶やさぬまま、俺はゆっくりと白い剣を降ろす。
今の轟音で、周囲も異常に気が付いたらしい。
程なくして、他の騎士たちもここに集まってくることだろう。
だが、第二王子派もその状況で動けるはずがない。今回の騒動は、ここまでの筈だ。
だから――
「後のことは頼むよ、裕也」
誰にも聞こえないように、俺は小さくそう呟いたのだった。




