025:背後の悪意
「どうしよう、これ……」
手紙に書かれていた、メイドのティルカを人質に取ったという連絡。
一人で来いと書かれていたその場所は、カーマインの城内では裏手に位置する、人影の少ないエリアだった。
わざわざそんな場所を指定した理由は鏡花にも不明だったが――その場所を隠れながら確認したことで、ある程度の理由を察した。
(騎士がいる。しかも、あの時の……)
森の中の演習、そこで教師である亘を魔物に襲わせようとした、危険な騎士たち。
彼らは排除され、クラスメートに近づくことはできなくなり、今後は顔を見ることも無いだろうと鏡花は考えていた。
彼らは、固有魔法を持つ自分たちを自分たちの戦力にするために、襲撃を企てたのだと。
だからこそ、彼らと敵対する派閥の者と協力し、彼らを排除したのだと――そう、亘は説明した。
(目的は……たぶん、変わってない。私たちを捕まえて、自分たちの戦力にしようとしてる)
鏡花は、亘からの説明を思い返してそう判断する。
彼女の持つ固有魔法は、強力かつ有用な回復魔法だ。
その能力が、彼らにとっても非常に有効なものであることは、鏡花にも容易に想像がついた。
だが、恐らくはそれだけではない。
「私だけじゃない……たぶん、晃司君や剛志君も、私を人質にして捕まえようとしてる」
ほとんど想像ではあったものの、鏡花の考えはほぼ正解に近いものであった。故にこそ、鏡花は二の足を踏む。
このまま無策にティルカを救出しようとすれば、仲間たちにも迷惑が掛かってしまうから。
だがしかし、助けを求めればティルカは殺されてしまうかもしれない。固有魔法を持つ自分たちとは異なり、彼女は騎士たちにとって人質以上の価値は無いのだから。
(……ごめんなさい、先生)
本来であれば、自分たちの安全を最優先にするべきだろう。
けれど――鏡花には、仲良くなった相手を見捨てるということはできなかった。
たとえそれがどれほど危険であったとしても、殺されてしまうという可能性は無視できなかったのである。
だからこそ、鏡花はここで困難に挑むことを選択した。
「――祈りを、ここに」
手を組み、意識を集中させる。
鏡花の持つ固有魔法、天治術にはほぼ攻撃性のある魔法は存在しない。
そのほとんど全てが回復魔法と補助魔法によって構成されているのだ。
だが、だからといって敵に対して一切抵抗できないというわけではない。
そのために組み上げた術式を、鏡花は深く集中しながら解放した。
「鎖せ、〈劫罰の縛錠〉」
鏡花の天治術にとって、祈りこそが術式の構築に繋がる。
自らの障害となるものの捕縛、それに対して鏡花は全霊の魔力を注ぎ込んだ。
足元から広域に拡散される、黄金の魔法陣。
騎士たちが気付いたその時には、既に魔法の効果は発現していた。
「拘束魔法だと――!」
足元から伸びた、黄金の鎖。
光で構築されたそれらは騎士たちの体を拘束し、その場に縛り付けた。
それと共に、鏡花は一気に駆けだす。
魔力のほとんどは使い切ってしまった。だが、それだけ強力な拘束効果を発現している。
その時間の間にティルカを救出するため、鏡花は指定された場所へと一気に駆け込む。
――そこには確かに、ロープによって拘束されたティルカと、その周りを取り囲むような騎士の姿があった。
「きょ、キョウカさん――」
「逃げるよ、急いで!」
騎士たちが拘束されているその間に、鏡花は持ち込んでいたナイフでティルカを拘束するロープを切断する。
そしてそのまま、振り返ることなく小屋の外へと駆けだした。
「くそっ、待て!」
「待つもんですか、卑怯者!」
背後から響いた声に、鏡花は怒りを交えながらそう返し――
「――いいや、待って貰わねば困るな」
「っ!?」
唐突に響いた声、それと共に繰り出された拳の一撃に、鏡花はあえなく叩き伏せられた。
地面を転がり、見上げた先。そこに立っていたのは――間違いなく、演習の日に亘を襲わせようとした騎士であった。
「キョウカさんっ!」
「痛った……何で、拘束を逃れて!」
「実に強力な固有魔法だが、まだ未熟だ。これだけの時間があれば解除は可能だとも」
地に伏せた鏡花へと接近し、騎士はそう告げる。
鏡花の固有魔法は確かに強力だ。
だがそれでも、実戦経験豊富な騎士たちにとっては、一分以内に解除できる程度の拘束でしかなかった。
無論、広範囲で一分もの間拘束できるという時点で規格外な性能ではあるのだが――この場に於いて、それでは不十分だった。
「さて、時間も惜しい。すぐに次の仕事へ取り掛からねばならないのでね」
「……晃司君を、脅すつもり?」
「ほう、その程度は想像がついたか」
言外に肯定されたその言葉に、鏡花は顔を顰める。
抱いていた嫌な想像、それが徐々に形を成していく感覚。
表情を歪める鏡花に対し、騎士は冷徹な視線で見下ろしながら、懐より一つの道具を取り出した。
「何をするつもり……!」
「君の固有魔法は実に有用だ。人質というだけではあまりにも勿体ない――故に、君には我々に隷属して貰う」
「そ、それはまさか、城に収められていた……」
慄くようなティルカの言葉に、騎士は歪んだ笑みを浮かべる。
それは、紛れもなく肯定の表情であった。
「この地は、大昔の魔道具師クライヴ・ハルツマンが居を構えていた。その遺産が、この城にはいくつも収められている。これもその一つでね……相手を、使い手の言いなりにする効果を持っている。実に便利なものだろう?」
手のひらに収まる程度の大きさの箱に、黒い宝玉が埋まったその魔道具。
その効果に、鏡花は思わず戦慄していた。
この騎士たちのために魔法を使うなど冗談ではないと考えていたというのに、それを強制させられるというのだから。
騎士の手にある魔道具は、魔力を籠められると共に怪しく紫色に輝き出す。
「ッ……ごめん、助けて――」
失敗したことへの、後悔と謝罪。
誰にも届くことのない筈の、その声と共に、紫色の光は鏡花へと放たれ――
「――止まれえええええッ!!」
――それを引き裂くように、白い閃光が駆け抜けた。
* * * * *
鏡花ちゃんを襲っていた、騎士の魔法と思われるもの。
それを〈フォトンブレード〉で斬り裂きながら、俺は即座にその間へと割り入った。
紫色の魔力は霧散したが、その一閃は騎士には届かず、奴はギリギリのタイミングで回避している。
やはり、思った以上に実力者だ。だがそれでも、恐れることなく俺は騎士の前へと立ちはだかった。
「こ、晃司君!?」
「さっきの派手な魔法で、何かあったのかと思ったけど――こんなことになっているとはね」
そう説明するものの、実際のところは、裕也から警告が来たからである。
鏡花ちゃんのところの使用人が攫われた、鏡花ちゃん自身も人質にされる可能性がある。
下手人は第二王子派の騎士――どこまでも、諦めの悪い連中だ。
「……このタイミングで、君が来てしまうとはな」
「アンタは、俺たちへの接触を禁じられている筈だ」
「さて、それは誰からの命令であろうかな?」
そのような命令に従うつもりはないと言わんばかりに、第二王子派の騎士は冷笑する。
やはり、こいつらは駄目だ。どこまでも俺たちを利用する気しかなく、道具としか考えていない。
そんな連中と、協力などできる筈もない。
「とはいえ、これ以上騒ぎになっても困るか」
「ならば投降しろ」
「ふん、頼みの綱は研究会とやらに出ている騎士たちか? 生憎と、そいつらがここに来ることは無い――仕事が、忙しいだろうからね」
どうやら、根回しは行っていたらしい。
厄介だが、それでも大きな騒ぎになれば駆けつけてこないわけがない。
俺は、なるべく派手な魔法を構築しようと魔力を昂らせ――
「……ごめん、なさい」
地面から伸びた硬化した土によって、その場に拘束されてしまったのだった。
他でもない――鏡花ちゃんの使用人、彼女の手によって。




