024:緊急事態
召喚者たちには、世話役となる使用人がそれぞれついている。
庶民出身の彼らにとっては慣れない環境ではあったものの、固有魔法の使い手はそれだけ重要な存在だったのだ。
流石に賓客対応というほど丁寧というわけではなかったが、庶民の彼らにとっては不自由なく生活できる程度には世話をされていた。
召喚者たちも、最低限の礼儀は弁えていたが故に、使用人たちからの受けもそれほど悪くは無い。
故に、使用人たちと仲良くなる召喚者が現れることも、無理からぬことであった。
「……あれ?」
研究会を終え、自室となっている部屋へと戻ってきた鏡花は、部屋の様子を見て眉根を寄せた。
通常であれば、外出中に整えられている筈の部屋。
それが、朝部屋を出た時と変わらない状態となっていたのだ。
別段、あまり部屋を散らかすタイプではないため、整えられていなかったとしてもそれほど問題は無いのだが――
「……彼女、仕事をサボるタイプじゃないと思うんだけど」
鏡花の担当となっていたのは、年代の近いメイドであった。
元より人当たりが良く、生活習慣も丁寧なタイプであるため、鏡花は使用人からの受けもよかった。
だからこそ、担当のメイドと仲良くなることも自然な流れだっただろう。
そしてそうであるが故に、部屋が整えられていないというこの状況に違和感を覚えていた。
(何か、用事でもあったのかしら)
一日ぐらい部屋の整理が無かったとしても、鏡花は不満に感じるようなことは無い。
だが、一切の連絡が無かったという点に関しては不可解に感じていた。
普段であれば、何かしらの予定があるのならあらかじめ連絡がされていた。
もしも仕事ができないという状況であるのなら、他のメイドに代役を任せていただろう、と。
「何か急な仕事でも――あら?」
疑問を零しながらも机の上に荷物を置いた、ちょうどその時。
鏡花は、部屋を出る前には無かった筈のものが机の上に置かれていることに気が付いた。
それは、封筒に入った一通の手紙。
飾り気のない白い封筒には、ただ一言『キョウカ・ヒジリへ』とだけ記載されていた。
「……」
言いようのない嫌な予感に、鏡花は思わず眉根を寄せる。
そっと持ち上げた封筒の裏には何も書かれてはおらず、胸中に募る不安感を堪えながら、鏡花はすぐにその封筒を開封した。
中に入っていたのは、一枚の手紙。
そこに書かれていた内容に目を通し――鏡花は、乱暴に扉を開いて部屋から飛び出していったのだった。
* * * * *
鏡花ちゃんの様子をゴーレムを使って監視しつつ、僕は大きく溜め息を吐き出す。
予測されていた流れとはいえ、ああもあっさりと敵の手に乗ってしまうと文句の一つも言いたくなる。
「ねえユウ君。あれ、止めなくていいの?」
「残念ながら、僕らが正体を晒さない限りは止めようがない。鏡花ちゃんの交友範囲は広いからね。その全てをカバーしようとすると、どうしても無理が出る」
晃司を脅す方法として最も有効なのは、間違いなく鏡花ちゃんだろう。
だからこそ、エヴァンス王子が鏡花ちゃんを人質として利用する流れは最初から予想できていた。
だが、鏡花ちゃんを捕まえるための人質となると、途端に選択肢が多くなってしまう。
それを未然に防ごうとするのは、流石に難しいと言わざるを得ない。
「手荒な真似をされそうになったら流石に手を出すけどね……けど、彼らは召喚者を戦力とすることを望んでいる。下手に損なうような真似はしないよ」
「そっか……でも、不安だよね」
「大丈夫、いざとなったら何とかするよ」
鏡花ちゃんが人質に取られるところまでは、僕も最初から想定していた。
重要なのはそこからの動きだ。鏡花ちゃんを、そして彼女を誘き寄せるために利用された使用人を救出する。
その役目は晃司のものだ。晃司の手によって下手人を倒し、彼女たちを救い出す。
だが、それはかなり難易度の高い作戦になるだろう。
(この場合、状況を晃司に伝えるタイミングは――)
数多の中で状況の推移をシミュレーションしながら、鏡花ちゃんの監視を続ける。
どうやら、彼女は誰かに伝えることなく手紙の内容に従う道を選択したらしい。
恐らく、一人で来なければメイドを殺すとでも書いてあったのだろう。
残念ながら、事実としてそうなる可能性は高い。鏡花ちゃんを誘き出すための人質など、いくらでも替えが利くのだ。
「……やっぱり、手の不足は課題だな」
僕らは自由に動くことはできる。だが、僕らという存在を隠しながらとなると、非常に難しい話となってしまう。
やはり、現地で自由に動ける戦力というものは魅力的なのだ。
とはいえ、今動かせるのはゴーレムのみ。そして、戦闘能力のあるゴーレムを使えば僕らの存在は感づかれてしまう。
現状、監視と情報収集に徹するしかなかった。
とはいえ――
「……よし、とりあえずの仕込みは終わった。準備ができたら、僕らも行こう、エリちゃん」
「え、行っていいの!?」
「緊急時になった時、現地にいなかったら咄嗟に手出しはできないからね。この間と同じだよ」
何だかんだ、仲間の命がかかっている状況なのだ。
緊急時には、こちらの勝利条件を放棄してでも手出しをする必要があるだろう。
とはいえ、そうはならないと僕は信じている。
何しろ、あの場所には晃司がいるのだから。
「エリちゃんには色々と頼ることになるから、準備はしっかりね」
「にひっ、勿論! ユウ君が作ったあれこれ、持って行っていいんでしょ!? 準備してくるね!」
走って工房を出て行ったエリちゃんは、恐らく自室に置いてある装備を取りに行ったのだろう。
機甲術の練習がてらに色々と装備は作ってあるのだが、流石に今回で全てを使うようなことは無いだろう。
まあそもそも、全て使わずに解決するのが一番なのだけど――
「……鏡花ちゃんには、後で謝らないとね」
防げなかった状況とはいえ、怖い思いをさせてしまうことは事実。
この状況は迅速に解決するしかないだろう。
当の鏡花ちゃんは――彼女は彼女で、自分の手で友人を救出する術を模索しているらしい。
指定された場所には向かったものの、素直に姿は現さず、何とかメイドを助け出せないかと考えているようだ。
(……あれで、鏡花ちゃんも頭が切れるからなぁ)
素直に出て行けば自分が捕まることは予想ができているのだろう。
その後でどんな流れになるのかまでは――流石に、想定はできていないだろうけれども。
陰に隠れた鏡花ちゃんは、メイドが捕まっている場所を確認し、そして周囲を騎士が見張っていることも把握できたらしい。
騎士が自分を狙っているというその事実を、果たして鏡花ちゃんはどのように受け取っただろうか。
「この間から大して時間も経ってないし、当然警戒するだろうね」
先生が襲われた件は、騎士たちが犯人だった。
自分が狙われているとなれば、鏡花ちゃんは当然それを関連付けて考えることだろう。
あの状況に陥ったことで、先生は一部の騎士たちが召喚者を戦力として利用しようとしていることを伝えている。
騎士たちの狙いがそこにあるということに、鏡花ちゃんも気が付くはずだ。
(晃司を狙うための人質、とまでは思いつかないだろうけど――)
今回の件が、以前からの地続きであると判断した鏡花ちゃんは――躊躇うことなく、その魔法を発動した。
治癒に特化した魔法ではあるけど、敵対する相手に一切抵抗できないような固有魔法ではない。
鏡花ちゃんが放った光は鎖となって待ち構えていた騎士たちを拘束し――
「……ここだな」
メイドの救出へと走った鏡花ちゃんの姿を確認して、僕は晃司へと向けて連絡のゴーレムを飛ばした。
残念ながら――今の未熟な固有魔法で、騎士たちを完全に拘束することは不可能。
彼らは簡単にその拘束から抜け出して、鏡花ちゃんを捕らえてしまうだろう。
「今の反応があれば、晃司が気付けたという言い訳が立つ――ちょっとだけ待っててくれ、鏡花ちゃん」
さて、僕もまた動くとしよう。
ここで、今回の騒動を全て終わらせるのだ。




