020:勇気ある者
「――――ッ!」
「お、おいッ!?」
ゴーレムが飛び立つと共に、俺は迷うことなく駆け出した。
迷っている暇もない、言葉を交わしている時間すら惜しい。
空を駆ける裕也のゴーレムを追って、木々の間を走り抜けていく。
『返事はしなくていい、状況だけ伝えるよ』
一定の距離を保ちながら飛ぶゴーレムは、俺にギリギリ聞こえる程度の音量で声を発する。
それは間違いなく、この状況を監視していたであろう裕也の声だった。
『第二王子派は行動を開始した。彼らは先生を伴って森の奥に進んでいる。恐らく、そこで先生を殺すつもりだろう』
「ッ……!」
『距離的に、間に合うかどうかは微妙なところだ。本当に危険な状況になったら僕たちの方で介入するけど、可能な限り君の手で対処してほしい』
淡々と、だが何処か怒りを滲ませながら、裕也はそう口にする。
裕也の存在は、認識されていないということ自体が何よりも大きな武器だ。
可能な限り、裕也の存在が露見することは避けたい。
『それから、このゴーレムに対して当たらないように魔法攻撃を行っておいて。魔物を追ってきた、という言い訳はできるからね』
「全く……〈フォトンバレット〉!」
妙なところにまで気が回る裕也には呆れつつ、言われた通りに魔法は使っておく。
とはいえ、使いすぎれば後で息切れすることになってしまう。
消耗しない程度に、魔力を弱めて演技しておくべきだろう。
(鏡花ちゃんと剛志は――)
置いて来てしまった二人のことを確認するため、ちらりと後方に視線を向ける。
すると驚いたことに、そこには鏡花ちゃんを背負いながら疾走する剛志の姿があった。
何となく、何が起こったのかを察して、思わず苦笑してしまう。
『……鏡花ちゃんは、君が何かしようとしていることをもう察してるみたいだね。ひょっとしたら、僕のことまで気づいてるかも』
どうやら彼女は、俺と裕也が何かをしようとしていることを察して、剛志に運んでもらっているらしい。
剛志の金剛術による身体強化は、鏡花ちゃん一人背負ったとしても十分に走れるほどの代物だ。
あの速度なら、俺に追いつけずとも離されることは無いだろう。
『思いがけずではあるけど、二人分の戦力が追加されたのは都合がいい。ただ――危険度はかなり高い。気を付けて、晃司』
「わかってる……!」
最悪、人間を相手に戦うことになる。
その時、果たして俺は剣を抜くことができるのか。
魔物が相手でさえ、命を奪うことにはあれほどの衝撃を受けていたというのに――そんな迷いがあることは、否定できなかった。
けれど――
(悩むのは、後回しでいい)
命を奪うことに対する葛藤も、それに対する恐怖も。全ては、後で思い悩めば済む話だ。
そんなことで手を、足を鈍らせて――もし、先生を失ってしまったなら。
俺はきっと、己の弱さを一生後悔することになるだろう。
そんな結末など認めない。俺は、必ず全員で帰ると心に誓ったのだから!
『……! 目標が動いた。直接手を下そうとしなかったのは不幸中の幸い……だけど、魔物を呼び寄せて先生を襲わせようとしてる』
「騎士なんて立場で、ありながら……ッ!」
『先生も逃げようとしてるけど、とてもじゃないが逃げ切れるものじゃない』
怒りで、憤りで、心を燃やす。
躊躇いを捨てろ。もっと、もっと勇気を!
ふざけるな、人々を守ることを生業にしている人間でありながら、自分勝手な都合で他人を害そうとするなど――
『ッ……流石に間に合わないか、介入を――』
「許せる、ものかぁッ!」
自らの意思で剣を抜く。先生を、俺たちの恩師を奪おうとする理不尽へ。
それと共に編み上げた術式は、抜き放った剣へと眩い魔力を宿らせた。
目指すは、今まさに魔物に襲われようとしている先生の元へ。
「おおおおおおッ!!」
――〈フォトンブレード〉。
振るった剣の軌跡より放つ、閃光の刃。
薄く、鋭く、魔力を放射するというその性質を、俺はこの瞬間に初めて成功させた。
白く輝く一閃は、周りの木々ごと先生に飛び掛かってきていた狼の魔物を一撃で両断する。
周りの魔物すらも巻き込んで荒れ狂った一撃は、奴らの足止めにも一役買った様子だった。
「くっ……天堂君!」
「遅くなりました先生、下がっていてください! ――〈フォトンバレット〉!」
即座に展開した魔法で、こちらへと向かってきた魔物を撃ち抜く。
高速で飛翔する弾丸は、魔物の体を貫くには十分な代物だった。
そして――
「何だかわかんねぇが、コイツはやるしかねえな!」
――状況は把握していないだろうに、躊躇うことなく剛志が参戦してきた。
鏡花ちゃんを降ろしたらしい剛志は、固有魔法の発動を維持したまま俺の隣に並ぶ。
「晃司、どうする!」
「一匹たりとも後ろに通さない! 先生を守り抜く!」
「ははっ、了解だ! 派手な初陣だぜ!」
鏡花ちゃんは、後ろで先生の傍に控えている。
彼女は回復魔法に特化しているのだ。攻撃には回らず、回復による援護をして貰った方がいい。
言われずともそれを理解している鏡花ちゃんは、僕らの様子を見守りながら魔力を昂らせていた。
「剛志、右手側を!」
「了解ッ!」
まだ魔物と戦っていない剛志には、少しだけ不安はある。
だが、彼ならば先生を守るというこの状況で迷う筈がないと、俺は信じていた。
だからこそ、俺は迷うことなく左手側へと踏み込み、襲い掛かってきた魔物へと向けて刃を振るう。
「はああッ!」
飛び掛かってきた角付きの兎を斬り裂く、鈍く重い感触。
けれど、今はそれに恐れを抱くことも無い。
守らなくてはならない。その決意が、俺の背中を押してくれた。
「――〈フォトンスマイト〉ッ!」
さらに、切っ先から放つ光の衝撃波が、迫る鹿の魔物を薙ぎ払う。
体を打ち砕かれて地面に転がったその魔物は、それ以上起き上がることは無かった。
流石に今の威力には驚いたのか、魔物たちも怯んだように動きを鈍らせる。
そして――
「はっ、こんなもんかよ!」
大きなハンマーを武装とした剛志は、それを軽々と振り回しながら迫る魔物を打ち砕いていた。
強気な声とは裏腹に、その顔色は決して良くは無い。
図太い方ではあるが、それでも命を奪うことに思うことはあるのだろう。
それでも、この状況で迷うような男でもない。迫る攻撃をその頑丈さで受け止めながら、剛志はその身一つで魔物たちを迎撃してゆく。
「ふぅ……すまない、皆。私も援護する!」
さらに、そこで駄目押しとばかりに先生が固有魔法を発動した。
先生の持つ魔法は共鳴術と呼ばれている。それは、効果範囲内に魔法の効果を共有する支援特化の魔法だった。
索敵の魔法を併用した先生は、その効果を俺と剛志にも適用し――結果、俺たちの脳裏には迫る魔物たちの位置が俯瞰するように映し出された。
これなら、敵の姿を見失うことも無い!
「ありがとう、先生! 〈フォトンブレード〉!」
横薙ぎに放つ光の刃が、脳裏に浮かぶ魔物たちをまとめて薙ぎ払う。
まるで、ゲームでレーダーマップが見えているかのようだ。
そこに表示されていた魔物を示す光点は、俺と剛志が武器を振るうたびに次々と姿を消してゆく。
――その数は、最早数える程度しか残っていなかった。
「これで、終わりだッ!」
光を宿した剣が、飛び掛かってきた狼の魔物を真っ二つに斬り裂く。
その一撃で、脳裏に浮かんでいた魔物たちの索敵情報は全て消え去った。
それでも、少しの間警戒を続けて刃を構え――増援が来ないことを確認して、俺たちはようやく武器を降ろしたのだった。
降り注ぐ鏡花ちゃんの魔法が、僅かに負っていた傷を癒し、ようやっと対処に成功したことを実感する。
そんな俺の背中に、先生の声が届いた。
「三人とも」
「っ……先生、大丈夫ですか!?」
「ああ、君たちのおかげだ。本当に、ありがとう」
教師として、言いたいことは色々とあるだろう。
それでも先生は、ただ純粋に感謝の言葉を口にしてくれた。
ただ、それだけで――思いがけず踏み出した一歩への後悔は、霞のように消え去ったのだった。




