015:工作の術
「ふぅー……あれ、ユウ君何読んでるの?」
「訓練お疲れ、エリちゃん。これはクライヴの手記だよ。魔力を使いすぎちゃったから、休憩中さ」
ほんのりと髪が濡れているエリちゃんは、部屋に入るなりそう問いかけてくる。
実験室を訓練場代わりに使っていたエリちゃんは、自室でシャワーだけ浴びてから工房へとやって来たようだ。
ちなみにだけど、それぞれの部屋には元々シャワーだけが備え付けられていたため、僕自身でバスタブを作ることとなった。
まあ、排水設備は最初からあるし、お湯が出ればいいため作るのは非常に簡単だったけれども。
「へぇ、リビングにあった本棚のやつ? どんなことが書いてあるの?」
「そうだね、ある程度日記のようなものだけど……あまり頻繁には書いていなかったみたいだ」
「ふーん……どんな人だったの、クライヴって?」
「一言で言うなら、協調性のない天才科学者って感じ」
「にひひっ、何それ!」
けらけらと笑うエリちゃんだが、この表現は概ね正しいと思っている。
クライヴは間違いなく天才だったが、交友関係は著しく狭く、友人は一人しかいなかったようだ。
もし、彼が協調性の高い人間であったなら、クライヴの魔道具はもっと世に普及していた筈だ。
まあ、それが良かったのか悪かったのかは置いておくとして――
(この手記も、色々と気になることはあるけど……)
何故かはわからないが、一部の文字が読めないようになっている。
その文字に対してだけ、翻訳が通じていないのだ。
けれど、この世界の文字を理解しているアイに読ませようとして見ても、その文字を認識することができなかった。
如何にしても意味を把握することができないその文字は、果たしてどのような意味があるのか。
――まあ、現状では関係も無いし、今はひとまず手記の件は考えないようにしておこう。
優先すべきことがまだ残っているのだから。
「さてと……エリちゃんは、地上の件について様子を見に来た感じ?」
「そうそう! 何か進んでるかなって!」
わくわくした様子のエリちゃんに、思わず苦笑する。
先生に情報を渡してから、それほど時間も経っていない。
流石に、状況に変化が生じるにはもう少し時間が必要だろう。
とはいえ――
「とりあえず、先生には王女様から情報を得た形で第一王子派の騎士に接触して貰ったよ」
「王女様を? 何で?」
「最初から第一王子派だとか第二王子派だとか、そういうことを知っていることにすると無駄に警戒されるからね」
情報のアドバンテージは、明確にこちら側にある。
しかしながら、それを晒してしまっては相手に強い警戒心を抱かせてしまうだろう。
だから、こちらは何も知らない振りをして手を打つ。
そのために、情報に通じていてかつ味方である第一王女殿下は実に便利な存在だった。
「先生からは、『この騎士たちから強引な勧誘を受けて困っている』という話を王女様にして貰ったのさ」
「あー……そっか、王女様はその騎士がどこの派閥かってわかってるんだね」
「流石に、王族ともなればそのぐらいはわかっているだろうからね」
彼女たちは、自国の貴族の名前ぐらいはきっちり頭に入れていることだろう。
当然、彼らが所属しているその派閥も。
そうなれば畢竟、どこの誰がその勧誘を仕掛けて来ているのか、王女様は把握できるわけだ。
「都合がいいことに、相談する相手として王女様が提示してきたのは第一王子派の騎士だった。つまり、現状については第一王子派に伝わったということだね」
「うーん……それだけ?」
「今はまだね。流石に、第二王子派を失墜させるために協力します――なんて話は、直接はできないからね」
王女様が自分で動かないでくれたことは助かった。
何しろ、仮にも王族なのだから、常にクラスメートたちに付いて回るというわけにもいかない。
第一王女派では抑止力としては利用しづらいため、第一王子派を巻き込んでくれた方が都合が良かったのだ。
まあ、そうしていたらいたで、また別の手を打っていたのだけれども……とりあえず、ここは手間が省けて助かった。
「ともあれ、第二王子派の動きについては第一王子派に伝わったわけだね。その後の動きについては、現在監視中だよ」
「それじゃ、しばらくは暇ってこと?」
「いろいろと作ることになるから、別に暇ってわけじゃないけどねぇ」
練習ということもあるけど、それ以上に挑戦したいことが多すぎる。
かつてクライヴが作り上げた作品の解析、その分析と応用――そして、自分自身で作品を作り上げることへの挑戦。
奇しくも、暇つぶしのために手に取ったクライヴの手記には、それに通じるようなヒントが記されていた。
(機甲術の本質は、物質に術式を刻むこと、か――)
固有魔法は千差万別。その性質は、使い手が自ら見出していくしかない。
だからこそ、エリちゃんは己の固有魔法を使いこなすために訓練を続けているのだ。
正直なところ、彼女は天才だろう。魔力量、扱うセンス、どれをとっても僕より遥かに優秀だ。
それはアイに確認したから間違いないだろう。この世界の基準でも、エリちゃんは確実に天才の部類であった。
尤も――そのエリちゃんすらも超えているのが晃司なのだけれども。
「んー? 何々、ユウ君? エリのことじっと見ちゃって! お風呂上がりのエリちゃんに見惚れちゃった?」
「あはは、確かにエリちゃんが美少女なのは間違いないね」
「にひひっ、ユウ君ってば正直なんだから!」
上機嫌な様子で背中にのしかかってくるエリちゃん。
流石に気恥しいのだけど、役得でもあるので素直に受け入れておく。
しかし、これは単純な好意なのか、それともこの性格のエリちゃんにとっての通常運転なのか。
それを直接問うことは、正直今の僕には勇気が無かった。
まあ、エリちゃんはエリちゃんで、そんな内心を見透かしているような気もするけど。
どうしたものかと、頭を悩ませて――
『マスター、監視対象に動きがありました』
「っと……思ったより早かったね。まだ本丸には到達していないと思うけど」
『はい。どうやら、第一王子の元へと出発したようです』
先生がメモを渡して、それほど時間は経っていない。
にもかかわらず、トップまで話が通ろうとしているということは、驚嘆すべき事実であった。
「成程ね……元々、監視はしていたってことかな」
「ユウ君? 何か気になることでもあるの?」
「いや、今のところは何とも、って感じかな。その王子様のことを確認してから、評価しようと思うよ」
さて、果たして第一王子様はどれほどの器なのか。
仮にも国の頂点を狙う身だ。期待させて貰うとしよう。
* * * * *
アルドルート・ブロスティン・ファレンジア――ファレンジア王国、第一王子。
王太子としての座を最も期待されているその人物は、王城の一角にて配下の貴族たちの報告を聞いていた。
話題に上がるのは、やはり異世界人の話である。
異世界人を派閥内に取り込まないようにしている彼らとて、その存在を無視することはできなかった。
「――エヴァンスは、やはり彼らを取り込もうと動いているか」
報告を耳にして、アルドルートはそう呟く。
想像はできていたことであり、その流れになることは彼も警戒していた事態であった。
しかし――その報告がもたらされた経緯については、アルドルートの想定とは異なっていたのである。
「これはティエーリアからの警告か、或いはその異世界人が優秀だったと見るべきか――」
「殿下?」
「……もしその両方であるならば、使えるかもしれんな」
冷静に、冷酷に、アルドルートは計算を続ける。
異世界からの召喚者――その召喚陣の管理を任されているファレンジア王国は、歴史を紐解けばこれまで幾度となくその召喚に立ち会ってきた。
故にこそ、アルドルートは理解している。異世界人が劇物であり、王国に利益と損害を同時にもたらす存在であると。
「……今のファレンジア王国は安定している。無理に異世界人を国の中枢に取り込む必要はない――卿らも、その意識は共有しているな?」
「は、その通りであると存じます」
「だが、エヴァンスは強引な手に打って出るだろう。彼らを利用し、それこそ王国に混乱を生んででも、な」
第二王子エヴァンスは、巻き返しに必死になっている。
異世界人という存在は、彼にとって逆転の一手にもなりかねない。
実際に、召喚者の中には驚異的な才覚を示している者もいるのだ。
第二王子の派閥に取り込まれれば、事態は大きく変動することになるだろう――ファレンジア王国全体を、巻き込む形で。
「『混乱を避ける』――その大義名分は、自ら私の手の中に飛び込んできた。ならば、私も相応の手配をするべきだろう」
「それでは殿下、騎士たちには――」
「ああ、異世界人たちの相談に乗ってやるよう、通達を出せ。エヴァンスの手勢から、守ってやるようにな」
異世界人を取り込むべきではない――アルドルートのその考えは、一切変わることは無い。
だが、彼らを守ることが自分たちにとっての益となるのであれば、話は別であった。
「勝負を仕掛けるつもりだろう、エヴァンス。ならば――こちらも、応じてやるとしよう」
異世界人の召喚を端に発した事態は、ついに動き始める。
――その様子を、部屋の隅から一匹の蜘蛛が見詰めていた。




