ヴルトーレと噂話
泊めてもらったお礼に洗濯物をしますと言ったら、森の中にある小川を利用した洗濯場を教えられて俺たちはそこに向かっていた。
天然洗濯機ーーーヴルトーレは水の力で汚れを落とす為、実はとても時間がかかる。
この村のヴルトーレは大型が二つ、小型が三つ設置されていて、使用してない場所は水が来ないように止められている。今は小型が二つと大型が一つ水が注がれて洗濯中だった。
ヨネさんに頼まれた洗濯物はベッドのシーツ三枚とタオルケットだったから大型を使う事にした。
止水板を外し水を流すと先細の樋から勢いよく木で出来た逆さ円錐台の桶の中に流れ込む。すると水も溜まるが周りから水が出てくる。溜まった水は勢いよく渦を作り、だが上からは溢れてこない。絶妙に計算された天然洗濯機だ。
八割方水が溜まったところでその渦の中に洗濯物を広げて入れていく。洗剤なんてもちろん入れないし、スイッチもタイマーもない。
「…これだけ?」
「これだけよ。あとは時間が経つまでお喋り…情報収集よ。」
「どれくらいかかるんだ?」
「……半日かしら…?」
俺の問にやっと水に沈み込んだ洗濯物をちらっと見てヴェルナがそう答えた。
「…………半日…」
俺は呆然と呟いた。
そんな長時間何するんだ?
1回家に帰るのか?
回ってる洗濯物、放置してもいいのか?
そんな事を瞬時に考えてしまい、突っ立った俺をネフがつついて我に帰らせてくれた。
「えぇっと…終わるまで…どうするんだ?」
ヴェルナに尋ねるとすぐ横の小屋を指して、
「だから…情報収集よ。」
にっこり笑って答えてくれた。
慣れた感じで小屋に入る二人について行く。
中にはこの村の住人だろう女性が3人座ってこちらを見ていた。
その目には警戒心がありありと現れている。
そりゃぁこんな場所に住人でもない人間が入ってきたら不信感で警戒するだろう。
俺でも分かるわ。
「こんにちは。」
ヴェルナがにこやかに挨拶をした。
「「「…こんにちは」」」
「私達は昨夜ダンさんとヨネさんのお宅にお世話になった旅のものです。今日はそのお礼に洗濯を申し出て今ここにいます。」
スマートな説明だ。
「まぁ!ヨネさんのお宅に!?」
「お礼に洗濯なんて…偉いわァ!」
「ここまで少し遠かったでしょ?…ああ、だから荷物持ちにお兄ちゃんも一緒なのね。」
ヨネさんの名前を出した途端に彼女達の不信感が一気に無くなった。
ヨネさんすげぇ…
「ほらほら、こっち来てお座りよ。」
「漬け物食べるかい?」
「あら、貴女獣人族かい?珍しいね。」
俺らは彼女達の好意に甘えて近くに座った。
さして広くもない小屋で樽に板を打ち付けたテーブルが置いてあり、その上にそれぞれが持ってきたと思われる水筒とお茶請けが並んでいる。
「お兄ちゃん。何か出して。」
ヴェルナがそう言ってチラッとテーブルを見る。
飲み物とお茶請けを提供しろという事だな。
「はいはい。何がいい?」
「甘くて摘める物かな。」
「クッキーでいいか?」
「うん。」
気のせいか…ヴェルナが「お兄ちゃん」と呼び出してから甘えてくる様な気がする。
甘えられると何とかしたいと思っちゃうんだよな〜…
ハッ…!!
これが庇護欲というものか!?
なんて甘美な感情なんだ!!
なんてしょうもない事を考えながら俺は収納魔法にしまっておいたお茶のポットとカップ、受け皿を出してそこにポチッと買ったクッキーを並べた。
「これでいいか?」
「ええ、ありがとう!……皆様、よろしければこちらも召し上がってください。」
俺が出したクッキーを受け取ったヴェルナはそのまま先客の彼女達の前に置いた。
……アレ?ヴェルナが食べたいんじゃなかったのか?
「最近何か変わった事とか無かったですか?」
ヴェルナが尋ねた。
「そうねえ…そんなに変わった事とかは無いわねぇ。」
漬け物を勧めてくれたちょっとふくよかな中年のご婦人が俺の出したクッキーを頬張りながら言った。
「あら、変わった事なら今現在進行形で起こってるわよ!?」
席を勧めてくれた細身のご婦人が大きな身振り手振りで訂正する。
「えっ!?…それは…?」
俺たちは少し身を乗り出して話の先を促す。
「こんな辺鄙な村にお客さんなんて、変わったことでしょ?」
……ああ……そういう…
肩透かしをくらった。
「お客さんといえば…」
もう1人の比較的若そうなご婦人が何か思い出したように言葉を繋ぐ。
「この前嫁いで行ったサーヤちゃん!」
「「?」」
「ほら、嫁ぎ先の親戚だか関係者だかが身辺調査に来てたでしょ?」
「あぁ〜!」
「なんだか窮屈そうな、大層なお家柄ね〜って言ってたアレね。でも迎えに来た婿さんはそんなお家の人間には見えなかった事ない?」
「そうそう!迎えに来てた旦那、…言っちゃ悪いけどうちの旦那よりボロい服着てたわよ!?」
「それがどうやら大店の跡取り息子の嫁にって話だったらしいわよ!?」
「「えぇぇ〜ッ!?」」
ええええぇ〜……!
……女の人って、そういう所よく見るんだ……
「貧乏でも一緒になってくれるか試せって言われて家に連れて行くまでは貧乏人装ってたらしいのよ!」
……えぇぇ…ナニソレ……
「結果見事大店の跡取り息子の嫁になったんだって!」
「本当に?玉の輿じゃないの〜!…でもよくそんな事分かったわね?」
「ふっふっふっふ…私の幼なじみの旦那が実はそのお店と取り引きしてるのよ。新嫁の出身村の名前を聞いてもしかしてってメールで教えてくれたのよね!」
「やだ〜すごい偶然〜!」
いやマジですごい偶然!!
コレが田舎ネットワーク……
……っていうか、手紙じゃなくてメールなんだ……
「あ、そういえば…メールっていえば、子供達のスマディに最近怪メール来てるらしいわよ?」
食べかけてたクッキーをお茶で流し込んだご婦人が思い出したように言った。
「怪メール?」
「あっそれうちの子もなんか言ってたわ!」
「そう、送信者不明で『……タスケテ』って一言だけ入ってるんだって。」
怖っ!!
怪談やんッ!
「助けたくても誰かも分からないし、返信しても届かないしってどうしたらいい?って聞かれたのよ〜」
「うちの子も同じこと言ってたわ。」
……スミマセン。
秒で無視を決めました……子供達は立派だ……
「それでどうされたんですか?」
ヴェルナが割と真剣に尋ねた。
「どうしようもないじゃない?可哀想だけど「ママには分からないわ」って答えたわ。」
「そうよね〜」
「……。」
俺もそう思う。
差出人不明のメールなんて犯罪臭か怪奇現象しか連想できないぞ!?
ご婦人の噂話にすっかり聞き入ってると横からヴェルナが服の裾を引っ張った。
「?」
顔を向けるととても小声で「チョコレート出して」と言ってきた。
このタイミングでチョコレートを出せとは……
俺は言われた通りアソートチョコレートを箱ごと取り出し、そっと机に置いた。
「よろしければこちらもどうぞ。」
「「「んまぁ!」」」
ご婦人方は頬を上気させて目を輝かせた。
「食べきれない分はお子様のお土産にでもして下さい。」
「よ、よろしいのかしら?」
「チョコレートだなんて滅多にいただけないのに…」
「じゃあお1つ…むぐっ…」
「構いませんよ。洗濯が終わるまでの退屈な時間が奥様方のおかげで、とても楽しいのですもの。……所で、そのお子さんのメール、見せていただくことは出来ませんか?」
チョコレート選びに夢中の奥さん達にヴェルナがよいしょしながらオネダリをする。
その流れるような間の取り方は百戦錬磨の詐欺師のようだ。
「ええ、良いわよ。洗濯が終わったら井戸の所で待っててくれれば、水汲みついでに連れていくわ。」
「あら、じゃあウチもそうしましょ!」
「うちの子は歳が少し上だけど、そんなメールが来てないかちょっと聞いてみるわね。」
「ありがとうございます!」
いい笑顔でヴェルナがお礼を言った。




