才能の芽
世界でいちばんむずかしいこと。自分の知能の総和を、発見の総和を、役立たせること。
ポール・ヴァレリー(1871-1945)
「放て!!」
号令と共に砲口から火が吹く。少し経ってから轟音が鳴り響く。
ラインハルトは今、新兵訓練に従事している。彼は自分のグループが放った砲弾が見事に目標物に命中するのを確認すると果てしない快感を得た。
「やった!」 「当たったぞ!」
ラインハルトと共に大砲を操作する兵士は基本的には軍学校で弾道学を学んだりした根っからの軍人たちである。つい最近までベルリンで数学を学んでいた一介の大学生たるラインハルトとは訳が違っていた。
「いやぁ、にしても君、すごいね……。君が僕達のグループに振り分けられてから命中率上がったよ」
事実であった。
ラインハルトは新米兵士であったから、すぐに大砲を操作することは許されないはずだった。だが、体力作りの訓練に参加する傍ら、砲撃演習を見ていたせいで我慢出来ず、上官に無理を言って試射させてもらったのだ。最初の一発目は的外れであったが、突然独り言をぶつぶつ言った後、二発目を撃つとこれが見事に命中。周りをあっと言わせた。
「いえ、僕の力ではありませんよ」
ラインハルトは謙遜したが、彼の実力が大半をしめていることは明らかであった。というのも砲撃に重要な「気象観測」計算を一人でしたのだ。
物理学における計算は、よく真空状態を想定して行われる。それは大気における計算が複雑を極めるからだ。しかし、砲撃においてそれは許されない。砲撃は少しの誤差もあってはならないのだ。もし誤差が生じれば最悪、味方を誤爆する可能性もある。
ラインハルトは今の砲撃の結果を記録した。
ドイツ軍は進撃を順調に進めており、ベルギーのリエージュ要塞もほぼ陥落したとの情報がドイツを沸かせた。だが一方で、東部の方は不穏な空気が漂っていた。ドイツ首脳部はロシアの総動員準備はおよそ六週間かかると見積もっていたが、どうやら現在の時点で既に準備は完了しつつあるらしいとの情報が入った。ドイツがフランスに主力部隊を送り込んで先に討つという計画が破綻する可能性が生じてきたのだ。
ラインハルトは訓練が終了した後もしばらくは大砲の側にいた。他の兵士たちはその様子を不思議そうに見ていたが、特に声をかける者もいなかった。しかし、上官の一人がラインハルトの姿を見て近くに寄ってきた。
「君、何をしているのかね?」
「はい、今日の砲撃の記録を確認しておりました」
「確認?」
上官は首を傾げた。ラインハルトは自分のメモ帳をすっと見せた。上官は手渡されたメモ帳を見て、目を見張った。それは新米兵士が書き込むにはあまりにも丁寧かつ緻密な図と計算式であった。
「最後の砲撃は、着弾地点が目標地点からおよそ100mずれました。右に4.1ミル動かして……」
ラインハルトは聞いてもいないのに勝手にメモ帳の記録から改善案を話しだした。上官はそれを黙って聞いた。ラインハルトは全ての説明が終わった後に我にかえり、慌てて自分が一方的に喋り続けたことに対する謝罪をした。上官は一言、「ふむ……」と言うとラインハルトに告げた。
「食事が終わったら私の部屋に来なさい」
ーーーコンコンコンコン 「ラインハルトです!」
食事を終えてラインハルトは先ほど声をかけてきた上官の部屋へとやってきた。中から「入ってよろしい」の声がかかるとラインハルトは静かに入室した。
ラインハルトはビシッと敬礼をして言う。
「上官殿、私に何か御用でありましょうか?」
緊張して、少し硬くなってしまった。自分が何かしでかしてしまったのではないか、という不安がラインハルトを襲う。
「そう硬くならんでも大丈夫だよ」
笑いながら言われてラインハルトは肩の力を抜いた。
「今、私が君を呼んだのはね、君を推薦しようと思ったからだ」
ラインハルトは眉間にしわを寄せ、腕を組んだ。
「推薦……?」
なんの推薦なのか、よくわからなかった。
上官は露骨に悩むラインハルトを見て告げた。
「君に戦場へ行ってもらいたい」
ラインハルトは組んでいた腕を下ろし、呆気にとられた。訓練をしてまだ数日しか経っていないひよっこの自分が戦場にもう配属されるのか。ラインハルトは複雑な心境になった。
「不満かね?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、訓練もほとんど終えていない自分がそんなすぐに配属されて……その、ちゃんと仕事をこなせるのか不安なのです……」
「そうか。君はそういう人間なんだね。実に結構」
どういう意味だろうか、とラインハルトは考えた。下手な返しをしてしまったかもしれないと焦った。
「いやあね、君のように若い新兵ならもっと、喜ぶだろうと思っていたからね。案外、真面目な返事が返ってきたものだから驚いただけだよ。うん、やはり君のような人間なら前線でもうまくやっていける」
ラインハルトはほっと胸を撫で下ろした。そして、早速の前線配属に奮い立つ思いがした。
「私はどこに向かえば良いのでしょうか?」
「東だ。ロシアが近いうちに東プロイセンに攻め込むという予想が立っている。君の砲術の才能を対ロシア戦で発揮してくれ」
ラインハルトは不安とやる気が渦巻く気持ちを押し退けて高らかに発言した。
「了解!!」
読んでくださりありがとうございます。これから、軍事に関する内容が増えてきます。もし、違和感があればご報告ください。できる範囲で修正を行いたいと思います。次の作品が投稿され次第、ぜひ読んでいってください。