この知的好奇心は
世の人は 我を何とも 言わば言え
我が成す事は 我のみぞ知る
坂本 龍馬(1835-1867)
「……」
「珍しいわね、そんなに新聞読むなんて」
ラインハルトは特に反応しなかった。新聞を読むことに集中しきっている。
「ねえってば、無視しないでよ」
ケリーにそう言われて、ようやく新聞から目を離すと、ラインハルトは返した。
「心境の変化……」
「どんな?」
「わからない」
ケリーは首を傾げた。だがそれは、ラインハルトが言える最良の答えだったかもしれない。ラインハルト自身も、最近の自分が戦争の推移について興味を抱く理由がわからなかった。以前の彼は数学一筋であったから、例えベルリンに敵が迫ってきていても戦争の類に関心を寄せなかったかもしれない。
「ちなみに、今日はどんな内容が書かれていたの?」
「『我が帝国、勇往邁進。リエージュ攻略に挑む』って書いてる」
「おぉ、順調なのね! でも、どうしてベルギーに迂回するのかしら?」
ドイツ軍は開戦すると、すぐにはフランスに攻め込まずフランス北部の中立国、ベルギーに侵攻した。これは国際世論から非難される結果を生み、イギリスの対ドイツ宣戦布告をもたらした。
「多分、新聞にも書いてあったと思うけどフランスの裏をかこうって作戦だと思う。フランスとベルギーの国境の警備の方が甘いからそこを突いて一気にパリへ攻め込むんじゃないかな……」
「へぇ、詳しい……」
ケリーは首を縦に振りながら、納得した。
「なんか、ラインハルトは軍略を立てるのに長けてそう」
「これぐらいの作戦はみんなわかるでしょう」
ラインハルトがそっけなく言い返すとケリーは膨れた。ラインハルトは慌てて新聞で顔を隠す。
「まあいいけど、別に……。ところでラインハルトはいつ志願するの?」
「そんなに僕に死んでほしいか?」
ケリーは驚いた。そんな返答が来るとは思っていなかったらしい。
「そんな言い方しなくていいじゃない! 別に死ぬとは限らないよ。立派な軍功を挙げられるかもしれないじゃないの!」
「戦争はそんなに甘くない」
ラインハルトは、自分が思ったよりも冷たく返してしまったことをすぐに後悔した。
しばらくの沈黙の後、ケリーは立ち上がってカフェテラスから去っていった。ケリーを見守ってくれ、と言ったゲオハルトの姿をラインハルトは思い出す。ラインハルトは決まりが悪い思いに襲われたので紅茶をゆっくりと飲んで自分を落ち着かせようとした。
(イギリスの紅茶は美味しんだけどなぁ。輸入できなくなったりするのかなぁ……)
翌日、ラインハルトはロンメルに会った。厳密には手紙のやり取りを通して会う日を決めていたのだ。
ロンメルはすぐに召集を受け戦場に赴く準備に取り掛かっていたが、隙をついてわざわざラインハルトを訪ねてきた。
「やあ、元気にしていたかい?」
「はい」
ラインハルトは簡潔に答えた。
二人は前にラインハルトがケリーと一緒に来たカフェテラスで集合した。
「呼び出してすまなかった。君と話せる最後の機会になるかもしれないからね」
「そんなご冗談を……」
ロンメルは少し笑うと、話題を持ちかけてきた。
「大学生活はどうだい?」
「特には何も」
「君の好きな数学はちゃんと学べているかい?」
「はい」
ロンメルは大学生活や学業についての話題を繰り返し持ち出した。ラインハルトはいつ、本題が来るのだろうかと待っていたが痺れを切らし、先に言った。
「ロンメルさん、僕は軍隊には行きませんからね」
ロンメルはきょとんとした。そして少し間をおいて笑った。
「実に君らしいね、ラインハルト君」
ラインハルトは困惑した。何かおかしかっただろうか、と自分の発言を頭の中で再確認する。
ロンメルはラインハルトに問うた。
「ラインハルト君、君は弾道学の知識が実践で通用するか試してみたいと思わないかい?」
突然の質問だったが、ラインハルトは素直に自分の意見を述べた。
「はい、試してみたいです。でも、きっとそれは戦場において相手国の兵士を殺すことを意味するのでしょう? 僕は自分の好奇心で人を犠牲にしたくはないです」
最もな意見だとロンメルは思った。彼は腕を組んでしばらく唸ると口を開いた。
「君の意見は至極真っ当だ。やはり、君は優秀な人材だと思う。ドイツを守るだとか英雄になるだとか言って闇雲に命を散らしにいく連中とは一線を画している」
ラインハルトは小っ恥ずかしくなった。
「しかしね、君は例外だ。その力をドイツの勝利のために使ってほしい」
ラインハルトは驚いた。ロンメルは真剣な眼差しでラインハルトを見つめていた。
「私はね、君に国のために死んでほしい訳ではない。君が持っている力を駆使して他国の帝国主義を打倒してほしいのだよ。君にはその才能がある」
(他国の帝国主義を、打倒する……?)
話が大きすぎるとラインハルトは思った。そもそもドイツも帝国主義的領土拡大を行なっているではないか、とツッコミを入れたくなった。
「私はね、国を大きくするために人を犠牲にすることには納得いかないのだ。この戦争で、この野心的拡大政策の流れを断ちたい……」
すごい大きな構想を持っている人物だとラインハルトは深く感心した。ロンメルは自身の考えを仰々しく主張したことに少し照れながら、席を立った。
「私が君に伝えたかったのはそれだけだ。待っているよ、ラインハルト君」
そう言うと、ロンメルは去っていったーーー。
ーーー……。
ラインハルトは月に照らされた自分の部屋の中でベッドに仰向けになっていた。殺風景な部屋にひとつだけ設置された本棚には数学や物理学といった、ラインハルトが好んで学んでいる学問の教科書や専門書が並んでいる。その中に数冊ほど「弾道学」と書かれた本が並んでいる。
ラインハルトは眠れずにいた。時刻は丑三つ時をまわったところだ。彼はゆっくりと体を起こすと弾道学について書かれた本を手に取る。
(……)
ラインハルトは本を閉じると夜空をずっと眺めた。
不気味な赤みを帯びた空がベルリンを覆うーー。
ーーその日、ラインハルトは志願兵になった。
読んでくださりありがとうございます。今回、ロンメル少尉にあのような台詞を言っていただきました。でも、実際ああいう台詞を言う方であったかはわかりません(というか、あり得ないんですけど)。でも、作品として楽しんでいっていただけたらなあ、と思います。次の作品が投稿され次第、ぜひ読んでいってください。




