狂娘
「ラインハルト、大丈夫……?」
ラインハルトはケリーの家に辿り着くと、部屋に入って考えを整理した。彼の頭の中は、ルーデンドルフの言ったことやアグネスのことでいっぱいであった。
(ルーデンドルフ殿の言っていたことが実現したら、帝国は崩壊する……。アグネスは一体、どうしたというんだ……!?)
「ねえ、ラインハルトってば!」
ケリーはラインハルトがずっと思索に耽っているのに痺れを切らした。
彼はケリーの方を見ると詫びた。
「ごめん……」
「人の家に入るなり、どうしたのさ?」
ラインハルトは言葉に窮した。一般人に話すにはギリギリ、軍事機密に該当したからだ。
「君に相談したい……。だけれど、機密事項だから……」
「でも、ラインハルトが悩んでて何もできないのはもどかしい……」
「気持ちだけでも嬉しいよ。ありがとう」
ラインハルトは椅子に腰掛けてゆっくりと息を吐いた。参謀本部庁舎での出来事を一回忘れようとした。
「ごめん、突然押しかけてしまって」
「いいよ、別に。貴方のことだし」
「飲み物をいただいても構わないかい?」
「ええ」
ケリーはそういうと台所に向かおうと部屋を出た。
しかし、飲み物を準備するにはやけに長く、ラインハルトは気になって部屋を出た。
部屋を出て玄関を見たラインハルトは驚いた。
「アグネス……」
玄関にはアグネスに詰め寄られているケリーの姿があった。
ラインハルトは慌てて駆け寄った。
「アグネス! どうして君がここに!?」
「大尉殿!!」
アグネスはラインハルトを見るなり喜びの表情を浮かべた。
「私、大尉が心配で付いてきたんです」
「は?」
「だって、参謀本部庁舎を出た時にすごく具合が悪そうでしたから、心配で……」
「じゃあ、なんでケリーに詰め寄っていたんだ?」
「まあまあ、ラインハルト。私は大丈夫だから。ね?」
ケリーは、眉間に皺を寄せるラインハルトを見て宥めた。自分の家で、それも親がいる前で他人が喧嘩したらたまったものではない。
ケリーはひとまず、アグネスを部屋に入れることにした。
「さてと……、アグネスちゃん。久しぶり。元気にしていた?」
「はい……」
アグネスはケリーの質問にはっきりしない返事をした。
「えっと、東部戦線で頑張っていたんだって? ラインハルトから聞いたわ」
「……大したことは何も」
「でも、国のために頑張っているんだものね。すごいよ!」
「ありがとうございます……」
部屋の空気は微妙である。ケリーは気まずい思いがした。
アグネスの機嫌の悪そうな態度には、ラインハルトも気がついた。
「アグネス、なんでそんなに機嫌が悪いんだい?」
「え、私、機嫌が悪く見えますか?」
アグネスはラインハルトの方を目を見開いて向いた。ラインハルトは直前の雰囲気との格差に驚いた。
こういうとき、ケリーは勘が鋭い。
(もしかして、アグネスちゃん……。ラインハルトが私の家に来たから、怒ってる?)
ケリーは少し考えた後に言った。
「ラインハルト、私、これから家ですることがあるからさ、今日のところは悪いんだけれども……」
「あ、ああ、ごめん。すぐに出るよ」
ケリーはラインハルトのそばに駆け寄って耳打ちした。
「ラインハルト、アグネスちゃんとよくよくお話しなさい。いいね?」
「え、あ、うん」
ラインハルトは悶々としながらもケリーの家を出た。
彼は、宿泊中のベルリンのホテルの個室にアグネスとともに入室した。そして部屋に入るなり、背を向けたまま尋ねた。
「アグネス」
「はい!」
「東部戦線は大丈夫なのかい?」
「ええ。現状よろしくはないでしょうけど、この後すぐにロシアの奴らは根を上げます」
「……この二ヶ月で何かあった?」
「というと?」
アグネスは首を傾げた。話している最中、彼女の顔から笑顔が消えることはなかった。
「自覚がないとは言わせない。二ヶ月前の君と、今の君……、何か違う気がする」
「おかしなことを仰いますね、大尉殿は。私は私ですよ?」
ラインハルトは振り返った。
「とぼけないでよ。ルーデンドルフ殿が言っていたあの構想。あれは本当に君が考えたのかい?」
アグネスは、なるほどと言わんばかりの表情をして言った。
「そうですよ! きっと大尉殿も喜んでくださると思っていました」
「喜ぶわけがないだろう!!」
ラインハルトは怒鳴った。少しだけ、沈黙が訪れる。
「……喜べないよ」
ラインハルトは俯きつつ、漏らすような声で言った。
「……そうですか」
アグネスはそう言うと、部屋を出ていった。
「……」
この後、ラインハルトはしばらく軍隊に復帰することはなかったーーー。




