帝国宰相
「どうですか? 久々の帝都の空気は」
ラインハルトは自動車に揺られながら、帝都・ベルリンのブランデンブルク門を通過した。
「願くはもう少しだけ静かに戻りたかったかもしれないです」
ブランデンブルク門を越えた先には、大勢の人々が英雄の凱旋を待っていた。彼らは、ラインハルトを乗せた自動車を見るなり大声で歓声を上げた。
「ははは、大尉殿、それはいささか無理があるでしょう。あなたは今や、国民も熱狂するドイツの戦士なのですから」
「どうしてこうなってしまったんだ……」
ラインハルトは、フランス軍の包囲網を打破し、敵の進撃を食い止めた功績で中尉から大尉に昇進した。彼の出世は異例の速さである。
「ラインハルト!!」
悶々とするラインハルトに向けて、名前を呼ぶ声がした。ラインハルトは思わず声のする方を見た。
「ケリー!?」
沿道にケリーがいた。
「ラインハルト!! おめでとう!」
「ありがとう、ケリー!」
自動車が止まることはなく、すぐにケリーの横を通り過ぎていった。
(後でケリーのところに行こう)
ラインハルトはそう思った。戦場でゲオハルトに再会したことも彼女に伝えたいと思った。
ブランデンブルク門をくぐると真っ直ぐ、ウンター・デン・リンデンという大通りがある。そしてその先に、ベルリン王宮が聳え立つ。ラインハルトたち一行はこの王宮を目指していた。
「もうまもなく到着いたします」
共に自動車に乗る同行人の兵士は言った。
「門を抜ければすぐですもんね」
ラインハルトは皇帝の待つ宮殿に近づくにつれ緊張が増していった。
コツーーコツーーコツーー
(す、凄い……)
ラインハルトは王宮内の豪勢な雰囲気に圧倒されていた。自身の体をぐるぐると回転させ、彫刻の細かい壁や見事な絵が描かれた天井、塵一つ見当たらない光沢のある床を見回す。
彼はさしずめ貴族になったような気分であった。
「ゴホンッ!!」
ラインハルトはすぐ近くで咳払いをされて思わずビクッとした。背後には、立派な髭に唇を覆われ、髪は白く、聡明そうな人物が立っていた。
「貴殿がラインハルト・シュライザー殿か?」
ラインハルトは姿勢を正して答えた。
「はい。私がラインハルト・シュライザーです」
「そうか……。貴殿がルーデンドルフやファルケンハインのお気に入りというのは耳にしている」
「は?」
ラインハルトは自覚がなかった。
目の前の男は続けた。
「奴らには随分と振り回されたものだ。腹立たしい……」
「えっと……」
ラインハルトは困惑した。この目の前の男は何やら機嫌が悪そうだ。
「貴殿が帝国の英雄だろうがなんだろうが知らぬが、奴らに取りいって名をあげたのであれば、私は貴殿を軽蔑する」
「……」
「陛下は、貴殿を試すおつもりだ。心して謁見せよ」
ラインハルトは出会い頭に面を食らった。ラインハルトは、出会って早々この男に嫌われてしまったのかもしれない。心当たりのない彼は困惑する他なかった。
(先が……思いやられるな……)
「それでは、シュライザー殿、共に参ろうぞ」
男はラインハルトを横切るとさっさと行こうとした。だが、ラインハルトは振り返ってその背中に向かって言い放った。
「私を軽蔑するのは構いませんが、名前も名乗らずにいるあなたこそ失礼では?」
男はピタッと動きを止めた。凍りついた空気が二人を包み込む。
彼は振り返らずに言った。
「私の名は、『ベートマン・ホルヴェーク』。帝国宰相だ」
「帝国……宰相!?」
かつて、ビスマルクも務めた由緒正しき役職である。
その責任は皇帝に対してのみ負う、帝国議会とは独立した政治機関である。
ホルヴェークは再び足を動かした。ラインハルトは慌ててその背中を追ったーー。
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