ラインハルト包囲網
「ラーヴァ、私はどうしたらいいの……?」
「随分と沈んでいるな」
アグネスは東部戦線において捕虜となったオホートニクに、許可を得て会っていた。
アグネスは前線で思うように結果が出せず、心身をすり減らしていた。
「私は、全然勝てない……。みんなを無駄に死なせている……」
「……」
自身を責めるアグネスを見てオホートニクは何も言わずに聞いていた。
「私は役に立たない……」
「だったらとっとと兵士なんかやめてしまえ」
オホートニクは口を開いた。アグネスはオホートニクを見る。
「あんたみたいにメソメソしているような奴が前線でろくに戦えるわけがないだろう。自分の責任で仲間を無駄死にさせていると思うなら、とっとと戦争から身を引け。死んでいった奴らに失礼だ」
「……」
アグネスはオホートニクに厳しく言われ黙り込んだ。彼女に反論の余地はなかった。
オホートニクは問う。
「あんたはなんで戦っている?」
「私は……」
アグネスは1914年のクリスマスの日のことを思い出した。あの日、彼女はラインハルトに付き従って兵士になることを決意した。
「シュライザー中尉についていくために……」
「奴が好きか?」
オホートニクは濁さずに尋ねた。
アグネスは顔が火照るのを感じた。
もじもじするアグネスに痺れを切らしたオホートニクは再度問う。
「はっきりしろ。好きなのか?シュライザーのことが」
「……好き」
アグネスは俯きながら、そして小さな声で答えた。
「そうか。だったらあいつのために戦えばいいだろう」
「でも……」
アグネスは少し間を置いて言った。
「みんなは国を守るために戦っている。でも私は、ただシュライザー中尉のそばにいたいから兵士になった。……不純だ」
「……あんた、やっぱり疲れているな?落ち着けよ」
「……」
アグネスは突然席を立つとそのまま部屋を出ていった。
オホートニクは眉間に皺が寄る。彼女は通訳のシュミットの方を向くと言った。
「シュミット殿。シュライザーに手紙を出して欲しい。君の名義でだ。私だと検閲がかかる」
「内容は如何いたしましょう?」
「『アグネス』についてだ」
「伏せて!!!」
ラインハルトの叫び声の直後、すぐ近くで地面が激しく爆発する。爆風によって数人の兵士が吹き飛ばされる。
「ああぁぁ……!!」 「目が……!!」
砲撃による攻撃は恐ろしい。たとえ弾が直撃せずとも、着弾した時に吹き飛んだ破片が兵士にあたれば大怪我を負う。
ラインハルトは砲兵であるが故に、身をもってその攻撃力を理解していた。
「中尉!!ここは危ないです!!部屋の中に……」
「ダメだ!それだと指示ができない!!」
ラインハルトは下士官の制止も聞かず、塹壕から砲撃の指示を取り仕切っていた。だが、大半の大砲は前線から少し下がったところに配置されていたため、ラインハルトがすぐに使えるものはさほど多くはなかった。
フランス軍による砲撃は激しさを増し、ラインハルトの部隊は少しずつ損害を増やしていった。
ラインハルトたちはフランス軍による夜間の毒ガス攻撃の翌日、フランス軍による包囲作戦に気がついた。だが、すでに時は遅く、包囲網はほとんど完成されていた。ラインハルトたちは、包囲する敵軍に一方的に砲撃を受けていた。
「援軍は要請できないのですか!!?」
「連絡手段はほとんど遮断されたよ!無線がうまく通っても傍受されるだけさ!」
「じゃあ、味方が助けに来るその時を待って耐えるしかないと!!?」
「その通り!!」
ラインハルトは爆風で飛び散る土をかわして、砲撃の機会を伺う。敵の位置がほとんど正確に測れない今の状況では、勘を頼りにする他なかった。
「中尉!!もはやここで籠城するなど無理です!!ここはドイツ軍人として華々しく、敵中突破しましょう!」
「ダメだ。それは玉砕に他ならない」
「ですが……」
ラインハルトは具申する兵士の方を振り返って言った。
「いいかい?僕はね、兵士たちを無駄に死なせたくはないんだ。こんな状況になっておきながら言うのは変だけれども、無駄死には許さない」
「わかりました!!」
ラインハルトはなんとかして抵抗する策を考えた。浮いてくる考えを吟味しては否定し、最善の策を考える。
だが思索に耽っている最中、敵の弾が近づいてきているのに気がつかなった。
月が雲に隠れた夜空よりも暗い土の幕がラインハルトに覆い被さる。
ラインハルトは意識を失ったーー。
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