有終の引き際
ホースの水撒きのように弾丸を浴びせられた。そして、気づいたら立っているのは自分一人だけだった。
ソンムの戦いを生き残ったイギリス兵の回想より
ーー7月1日ーー
ピイィィィィィ!!!
「進めえええぇぇ!!!」
突撃の合図を知らせるホイッスルがけたたましく鳴り響くと、イギリス軍は一斉に姿を現し突撃を敢行した。
場所はソンム。遂におよそ四ヶ月に渡る激戦の火蓋が切って落とされた。
「構え!!」
ドイツ軍は塹壕に篭り、迫り来るイギリス兵を待ち構える。機関銃や小銃が敵兵の姿を捉え、動きを止める。
「撃て!!!」
激しい銃声が荒野に響き渡り、硝煙が辺りを包み込む。
銃弾は次々と放たれ、イギリス兵たちを撃ち抜く。一人、また一人と兵士は倒れゆく。横一列に綺麗に並んでいたはずの肉壁は脆く崩れ去り、あちらこちらと穴が開いていく。しかし、彼らに「止まる」という選択肢はない。進むしかないのだ。
「怯むなぁ!!」
第一波の後に第二波が続く。彼らは目の前に横たわる死を前にしても前進を続ける。あまりの数にドイツ軍の機関銃掃射も間に合わない。
「ーー!?あれ?あれ!?」
「おい、どうした!?」
機関銃を操縦する射手が混乱する。
「弾が詰まった!!」
一部の機関銃が弾詰まりを起こしたのを機にイギリス兵が塹壕に押し寄せる。ドイツ兵たちは小銃を撃ち続けるが、その連射速度は機関銃よりも遅く、相手に攻撃の隙を与えてしまった。
「あああああああ!!!!」 「ぐっ!!?!?」 「助けてぇぇ……」
「押せええぇぇぇ!!」 「痛い!!!」
ドイツ軍の塹壕内はまさに混戦状態を極めた。敵味方が入り混じり、右も左もわからず、流血の男たちがナイフで、スコップで、拳でーー殺し合う。
塹壕内の白兵戦は地獄の様相を呈したが、押し寄せたイギリス兵は突破することができなかった。経験の浅い新兵集団の彼らは、ドイツ兵に及ぼなかった。しかし、それでも第三、第四波と横隊を組んだイギリス兵たちはドイツ軍の塹壕を越えるべく突撃を続ける。
彼らの前には、ただひたすらに「死」が広がっていたーー。
「ファルケンハイン司令官!」
ラインハルトはファルケンハインのいる作戦室に飛び込んだ。ソンムで英仏連合軍の攻勢が開始されたことを知ったのだ。
作戦室にはすでに数人の将校たちがいた。彼らの表情は暗い。
ラインハルトは間髪入れずに聞いた。
「ソンムの、ソンムのドイツ軍はどうなっているのですか?大丈夫なんですか?」
ファルケンハインは皆に背を向けたまま後ろで手を組んでいる。彼はラインハルトの質問に黙ったまま、立ち尽くす。
ファルケンハインの代わりに別の将校が答えた。
「今のところ、ソンムにいる同胞たちは敵の攻撃を退けている。しかし、いつ瓦解するかはわからない」
「ならばすぐにでも援軍を……」
「シュライザー中尉!」
ラインハルトは、その場にいた将校に言葉の途中で遮られ口をつぐんだ。ファルケンハインの背中に視線をゆっくりと移す。
彼は依然として動かずにいた。その場にいる将校たちは不安そうに彼の背中を見つめる。
ソンムに援軍を送れば、ヴェルダンの攻撃は続行できなくなる。それは、ファルケンハインがフランスを打倒するために考えだしたこの消耗戦の、「完全な失敗」を意味した。
重い空気に包まれた作戦室の中、ファルケンハインはゆっくりと言った。
「シュライザー君、君なら帝国を勝利に導けるか?」
ラインハルトは突然の仰々しい質問に答えられなかった。
「はい?」
一度作戦室は沈黙する。将校たちはファルケンハインとラインハルトを交互に見る。緊迫感に包まれた。
「……もう一度聞く。君はドイツを勝たせられるか?」
「……」
ラインハルトは考えた。ファルケンハインの問いの真意を。しかし彼が一体なぜこんなことを聞くのか見当がつかなった。
ラインハルトは正直に答えた。
「司令官、私は一介の兵士に過ぎません。私ごときがこの戦争の行く末を、自信を持って答えることなど……」
「違うな」
ファルケンハインはラインハルトの言葉の途中で遮った。彼は振り返ることなく話を続けた。
「君は答える権利がある。答えなければならない」
「……」
「君は自信を持つべきなのだ。君には底知れぬ実力がある。君がそれを認知していようがいまいが、君にはこの戦争を変える力がある。そうでなければ、軍に属してすぐに戦功を上げることなどできない。ルーデンドルフやヒンデンブルクに可愛がられることもあるまい。それに彼の方も……」
「彼の方……?」
「ラインハルト・シュライザー中尉。貴官は、帝国を勝たせられるか?」
ラインハルトは三度聞かれて、遂に答える気になった。答えなければならないと思った。
「……わかりました。帝国をーー帝国ドイツを必ずや勝利に導きます」
ファルケンハインはゆっくりと頷くと告げた。
「中尉、貴官はソンムに赴き、べロウ将軍を助けてやってほしい」
「はっ!!」
ラインハルトは敬礼をするとすぐに部屋を出た。結局、彼がファルケンハインの顔を見ることはなかったーー。
「良いのですか?彼を行かせてしまって」
「ああ、構わん」
ファルケンハインと副官は二人で作戦室に残っていた。
「このまま無意味な作戦に彼を従事させれば、それこそ私の軍人としての居場所がなくなる」
「……」
「良いのだ。後のことはシュライザー君に任せる」
「意地でもルーデンドルフ殿には任せたくないと?」
「五月蝿いのう。良いではないか。私はシュライザー君に希望を託したのだ」
「ははっ。それは失礼しました」
「さてと……。失敗の後処理をして、退場するかの」
「お手伝いします」
ファルケンハインは、作戦地図を開いたーーー。
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誤字がありましたので、訂正しました。
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