睨み合いの作戦室
「何!?撤退しただと!!」
「は、はい……」
「おのれ……、『ニコラーシャ』……」
「で、ですが、ツァーリ、大公の判断は賢明と思われます。このまま無理に戦線を維持すれば……」
「ええい、黙れ!!あのような者を司令官にした余が悪かったのだ!あやつを解任しろ!余が直々に司令官となる!!」
ロシア皇帝・ニコライ二世は、従叔父にあたるニコライ・ニコラエヴィチ大公に激怒していた。彼はロシア軍の戦略的撤退を行い、立て直しを図ろうとしたのだ。そしてこれにより、東部戦線はしばらく落ち着くこととなるーー。
「失礼します!」
ラインハルトは東部戦線の作戦室に呼び出された。部屋には、ヒンデンブルク、ルーデンドルフ、ファルケンハイン、ホフマンなどの重鎮たちがいた。ラインハルトは緊張で顔がこわばる。
「シュライザー中尉、久しぶりだね」
「は!お久しぶりであります、ホフマン参謀!」
「うむ」
ラインハルトはマックス・ホフマンと久しぶりに顔を合わせた。
「シュライザー中尉、よく来てくれた」
ファルケンハインが言う。後ろにいるヒンデンブルクとルーデンドルフはどこか不機嫌そうな表情をしている。
「ご用件はなんでしょうか?」
「うむ、君を呼んだのはこれから君にとある依頼をしたいからだ」
「依頼?」
ラインハルトは首を傾げた。参謀総長直々の願いと言われたら緊張もする。ラインハルトは息を呑んだ。
「君の活躍のおかげでようやくロシア軍の攻撃も収まってきた。私の見方では今後、ロシア軍が態勢を立て直すのには相当な時間がかかると踏んでいる」
ロシア軍の大撤退のことである。事実、ロシア軍の士気は下がっていた。
「私はこう考える。大撤退によって弱体化したロシアと言えども、人的資源は豊富だ。降伏にはまだ至らないだろう。またイタリアは降伏に追い込んでも戦局に影響はないだろう。イギリスは強い。大陸から追い出すには相当手こずる」
「ということはフランスですか……?」
「その通り!」
ファルケンハインは手を叩いて反応した。ラインハルトはこの後に言われることの検討がついた。
「話が早くて助かるよ。そこでだ、敵陣営において最も中心的な存在で、開戦以来最も被害を受けているそのフランスから折るべきだと私は思うのだよ」
ヒンデンブルクは我慢が出来ず、遂に口を挟んだ。
「ファルケンハイン殿、その見通しは甘い。ロシア軍はきっとすぐに再編成して攻撃を始めますぞ」
ファルケンハインは後ろのヒンデンブルクに背を向けたまま答える。
「ヒンデンブルク殿、ロシア軍は現に姿を消したではありませんか。大体、この考えには『カイゼル』も賛同なさっているのです」
ヒンデンブルクは歯軋りをする。ラインハルトはこの二人が険悪な仲であるのを察した。
「さて、話を戻そう。フランスを折るということを主眼におく以上、我々がしなければならないのは西部戦線での攻勢だ。中尉、頭の切れる君ならもうわかっていると思うが、西部戦線に赴いてほしい。もちろん、君の連れる女性は黙認しよう」
「失礼ながら、ファルケンハイン殿。シュライザー中尉は今、東部方面においてなくてはならない人物なのです。第一、見出したのは私であります。どうか彼は……」
ルーデンドルフがファルケンハインに異議を申し立てている途中、ずっと黙って聞いていたホフマンが口を開いた。
「そうやって、手柄を横取りするのですか?ルーデンドルフ殿」
「なんだと?」
作戦室はより雰囲気が緊迫する。ラインハルトは冷や汗が止まらない。
それぞれの睨み合いが続く中、ラインハルトはこの状況を抑えるべく、勇気を出した。
「あの!不肖この私、西部方面に行かせていただきます!!」
四人は一斉にラインハルトの方を見る。ラインハルトは思わず、肩をビクッと震わせる。
「シュライザー中尉……」
ルーデンドルフは気落ちしたような表情を浮かべる。
「そうか!来てくれるか!!それはよかった!」
対するファルケンハインは満足そうな笑みを浮かべた。
「決まりだな。両人は異存はないですな」
ヒンデンブルクとルーデンドルフは肩を落として頷いた。ラインハルトは二人の姿を見て、付け加えた。
「ヒンデンブルク殿、ルーデンドルフ殿。私はあなた方に対する恩は忘れてはいません。いつか、また共に戦う時が来ます」
「ふっ、言うではないか。そうだな、またいつか君と働ける日を待っている」
ルーデンドルフも黙ったまま頷いた。
ラインハルトは西部戦線に向かうことになるーー。
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