リヒトホーフェン
世界の不思議は無数にある。
ソフォクレス(BC497?-406?)
「中尉!!」
アグネスはラインハルトのことを首を長くして待っていた。アグネスはラインハルトを見つけるとすぐに近くに寄った。
「アグネス、ただいま」
「ご無事で、ご無事で……、何よりです」
「大手柄だったじゃないか。君のおかげで助かった」
ラインハルトは戦場での細かい出来事をアグネスに話しながら、休憩所へと向かった。
ラインハルトがイロフスキーと対峙した6月1日、プシェムィシルの三つの大きな要塞は陥落した。しかし、イロフスキーの言う通り、残っていたロシア兵はしばらく抵抗し続けた。ドイツ第十一軍は6月3日にプシェムィシルを奪還。市民を攻撃することを避けて作戦を実行したドイツ軍は現地住民から熱烈な歓迎を受けた。
さらにプシェムィシルの戦いは局地戦では済まなかった。ドイツ軍の進撃は勢いを増し、さらに東100キロメートル先のリヴィウが目標とされた。ロシア軍は攻め入るドイツ軍を前に恐慌状態に陥り、6月22日にマッケンゼン軍はリヴィウに入城した。この一連の戦いを「ゴルリッツ=タルヌフ攻勢」と言う。
「ここまでとは……」
ヒンデンブルクは地図を見ながら唸った。そこには一ヶ月前に引かれた線よりも東側に移動して、線が引かれている。戦線は大きく動いていた。
「ヒンデンブルク殿、私は確信に至りましたぞ。この戦争、勝てますな」
ルーデンドルフは同じく、地図を見て言った。自信に満ちている。
「シュライザー中尉は一体何者なんだ……?」
「彼の実力は本物、利用できます」
「今でも十分に利用しているではないか」
ルーデンドルフはヒンデンブルクを見てにやりとする。ヒンデンブルクは悪寒がした。
「彼をもっと大々的に祭り上げるのです。そうすれば味方の士気は上がり、敵は戦々恐々とします」
「『プロパガンダ』か……」
ヒンデンブルクとルーデンドルフはラインハルトをより利用する気でいた。
「いいですか、皆さん!!中尉はですね……」
ラインハルトは野原で寝そべって、空を眺めていた。風がそよめき気持ちがいい。ただ、一つの点を除いて。
「アグネス、話を盛るのはやめてくれ……。僕は大したことは何もしていない……」
「静かにしていてください!今、いいところなのです!」
アグネスはラインハルトの武勇伝を聴きたいと集まってきた新兵を相手に熱弁していた。彼女はかなり調子が出てきたのか、身振り手振りが激しくなる。
「そこで、中尉はギリギリの戦いを仕掛けるのです!」
「おお!!」
(はあ……)
ラインハルトはため息をつくしかなかった。
「質問です!!シュライザー中尉は『砲撃王』という名前がついているそうですけど、事実なんですか?」
「その通り!中尉殿は敵から『砲撃王』という名前で呼ばれたんです!」
「ねえ、もうやめてくれよ……」
ラインハルトはイロフスキーと対峙した時のことをアグネスに話していた。それ以降、『砲撃王の噂』が出始めたのだから、つまりそういうことであろう。
「シュライザー中尉、用意ができました。行きましょう」
「お!やっとか」
ラインハルトのそばに兵士がやってきて言った。ラインハルトはあるものを見に行くのだ。
「おお!!本物だぁ!」
ラインハルトが眺める光景には鉄十字が塗られた単葉機や複葉機が並んでいた。プロペラが高速で回転し、今まさに飛び立とうとするものもある。
「どうぞ、こちらへ。近くでご覧になれますよ」
「本当ですか?!」
ラインハルトは興味津々であった。かつてロンメルから聞かされた飛行機が、目の前にある。ラインハルトは、上官に見学を願い出ていたのだ。
ラインハルトが飛行機に魅せられていた最中、彼の頭にボールが当たった。
「痛っ!」
「あ、すみません!」
ボールの持ち主と思われる男が走ってやってきた。彼の後ろには数人の仲間がいる。
ラインハルトは地面を跳ねるボールをとった。
「こら、リヒトホーフェン!!飛行場で球遊びなどするな!」
「すみません」
男は手を頭に回して首を垂れた。プロペラ飛行機が飛び交う中でよくも遊んでられるものだとラインハルトは思った。
「えっと、お怪我は?」
「お前!この方を誰だと心得る!!シュライザー殿だぞ!!」
ラインハルトは隣の上官を宥める。リヒトホーフェンはラインハルトの方をじっと見る。
「あ、あなたがあの『砲撃王』?」
「いや、僕はただの砲兵だよ……」
ラインハルトは恥ずかしそうにしているが、リヒトホーフェンはラインハルトの手をとって言った。
「俺、『マンフレート・フォン・リヒトホーフェン』って言います!!よろしくお願いします!!」
「あ、うん。僕はラインハルト・シュライザー。よろしく」
リヒトホーフェンの仲間たちが彼の背後から呼んでいる。リヒトホーフェンは握手した手を見せびらかしながら、仲間たちの輪に戻っていった。
(不思議な雰囲気の人だったな……)
ラインハルトは仲間に囲まれて去り行くリヒトホーフェンの後ろ姿を眺めながら思った。
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