ビヤホール騒動
いちばん簡単で、いちばん明白な思想こそが、いちばん理解しがたい思想である。
フョードル・ドストエフスキー(1821-1881)
「つまり、そこであなたが作戦部に呼び出され、自身の作戦を伝えた結果、それが採用されたと?」
「ええ、まあ、そうですね……」
ラインハルトはビヤホールの舞台上に立たされ、質問を受けていた。なぜこうなったかは、ケリーが起因していた。当の本人は遠くで笑いながら、質問攻めされるラインハルトを見ていた。ラインハルトは心底、腹が立った。
アグネスはまるで監視兵のようにステージ横で、腕を後ろに組んで直立している。ラインハルトはため息しか出なかった。
(これだから、お酒を飲んで酔っ払う連中は苦手なんだ……)
ラインハルトの戦場での話は、観衆たちの興味を大いに引いた。彼らはビール片手に身を乗り出してラインハルトの話に耳を傾けている。
「ラインハルトさん、その後どうなったんですか?」
「えっと、確か夜襲……、そうそうロシア軍の夜襲があったんです」
ラインハルトは話していくうちに記憶が鮮明に蘇ってくる。エドゼル大佐が自身の命と引き換えに敵を引きつけた時のことを話した際は皆、涙を流して感動した。
(あー、あんなこともあったなぁ……。まだ半年なのに、遠い過去のようだ……)
ラインハルトも戦いの記憶を探っていくうちに妙に気が乗ってきてしまい、気がつけば完全に語り手として振る舞っていた。
ケリーはその様子を見て、不思議な感覚を得た。
(ラインハルトって、あんなに人前で話すの得意だったかしら?)
戦争に行く前の彼と行った後の彼の姿は、ケリーにとっては若干別人のようにも感じられた。
ラインハルトが語れる範囲のことを一通り話し終えた時、観衆たちは拍手喝采を送った。
「素晴らしい!!」 「ありがとう!!」 「帝国万歳!!」
皆が口々に言う。そして、ラインハルトに最初に声をかけた男が舞台上に上がる。
「みなさん!今宵はなんと素晴らしい日なのでしょうか!帝国のために命をかけて戦う軍人様から生の声が聞けたのは幸運です!みなさん、改めて拍手を……」
男が再び拍手を求めようとした瞬間、ラインハルト目がけて食器が飛んできた。それは運良く外れたが、当たれば怪我を負うものだった。一同は騒然とする。
「中尉殿!!お怪我は!?」
「大丈夫!!」
ラインハルトは食器が飛んできた方向を見る。そこには肩を震わせる男がいた。同じテーブルを囲むものたちもただならぬ雰囲気を出している。
「いい加減にしろ!!帝国だとか、愛国だとか、そう言うのはもううんざりだ!!」
「なんだと!?」
ビヤホールは殺伐とした空気に包まれる。ラインハルトは息を呑む。アグネスはラインハルトのそばに駆け寄り、守ろうとする。
「お前たちは何者だ!!」
舞台に上がっていた男が怒鳴る。
「俺たちはてめぇらみたいな、お国のことで頭が沸騰するような奴らが大嫌いなんだ!ふざけやがって!!ここは、ビール飲んで楽しくやる場所だろうが!国の話なんか、いちいち持ち込んでくるな!!」
これが契機となった。怒りが最頂点に達した両者は近づきあい、殴り合いの喧嘩を起こし始めた。
テーブルや席はひっくり返り、飲み物や食べ物は散乱する。彼らが鼻や口から血を出す様はラインハルトに再び、戦場を想起させた。
(なんで、こんなことに……)
ラインハルトは舞台上でただ呆然とするしかなかった。前線での戦闘とは勝手がちがう。
乱闘は限度を知らないかのようにしばらく続いた。昏倒する者、逃げる者、怒鳴り合う者ーー。思想が両極端に分かれるだけでなぜこんなにも激しく攻撃し合うのか、ラインハルトは理解できなかった。
人数的にはラインハルトの話を聞いていた愛国的な一団の方が多かったため、反愛国的な人たちは退散しだした。だが、最悪の事態が発生する。
「こいつが変なことを言ったのが事の始まりだ!俺は聞いていた!!」
逃げようとする男の一人がそう叫ぶと、ホールの端で身の安全を確保して孤立していたケリーに男たちが群がり、連れていってしまった。
「ケリー!!!!!」
ラインハルトは舞台上で叫ぶだけでなす術がなかったーーー。
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