ベルリン
大帝国は小胆によりては維持されず。
タキトゥス(55?-120?)
「ベルリンがご実家なのですか?」
アグネスは聞いてくる。
「いや、実家は違うけど、友達がベルリンにいるはずだから会いにいく。なんだかんだ、喧嘩しっぱなしだし…」
「喧嘩なさったままなのですか?!」
アグネスは驚いで身を乗り出す。
ラインハルトとアグネスは列車に揺られてベルリンに向かっている。軍からの手配で宿泊先は確保しているようだ。
「うーん、なんか微妙な感じなんだよね…」
ラインハルトの脳裏にはカフェを黙って立ち去ったケリーの姿が浮かんでいた。
「ーー凄い…」
アグネスはベルリンの駅に着くなり、豪華なプラットフォームに圧倒されていた。さすが帝都と言わんばかりの外観である。
駅は騒然としていた。そこにいたのは仕事に赴く人たちの姿だけではなかった。
「あなた!必ず、生きて帰ってくるのよ!!」 「シュミット!待っているわ!!」
駅は出征兵士とそれを見送る人たちでごった返していた。ラインハルトは半年前の自分の姿を思い出す。
「彼らもこれから戦場に向かうんですね…」
「うん。これが戦争なんだ…」
出征していく若き兵士たちはどこか期待で胸が膨らんだような様子だ。あの笑顔もすぐに絶望に変わるのだろうと思うと、ラインハルトは目を背けたくなった。
二人はホテルに荷物を預けると早速、ケリーの家を訪れることにした。
「中尉殿のご友人はどんな方なのですか?」
「会ったらわかるよ」
ラインハルトは記憶を頼りにアパートだらけの市街地を歩んでゆく。ケリーの家はアパートなのだ。しばらく戦場にいたせいですっかりこの街並みにも懐かしさを感じている。一方のアグネスは、戸建の家が普通だと思っていたせいか、終始目をキョロキョロさせていた。
「ここのはず…」
二人はいたって普通のドイツ風アパートの前に着いた。ラインハルトが扉を開けようとノブに手をかけた瞬間、逆に向こう側から勢いよく扉が開いた。
「ーー!?」
「あ!すみません!!って、あれ?」
ケリーだった。彼女は目を見開く。
「なんで?どうして?…え?」
ケリーはかなりの動揺をしているようだ。
「痛い…。突然訪ねてすまない。色々話したいことがあって…」
「う、うん、そうなんだけど、でも私、これから見に行きたいものがあって…」
ケリーは申し訳なさそうに告げた。
ラインハルトはそれが何かを尋ねた。
「えっと、今日は『カイゼル』が戦線視察に出発なさる日なの。だから、それを見に行こうと…」
ラインハルトは少し考えたが、せっかくの機会だと思いケリーに付いていくことにした。その後でも時間は十分にある。
「ある意味、ちょうどよかったかも。アグネスも行こうよ。せっかくだ」
アグネスはこくりと頷いた。
沿道は物凄い人々だった。『カイゼル』を一目見ようとみんなこぞって繰り出している。ラインハルトはサラエボを思い出した。
アグネスは相変わらず、目眩でもしそうなほど、キョロキョロしている。余程、都会の様子に慣れないのであろう。
「来たわ!!『カイゼル』よ!」
ラインハルトは目をぐっと凝らす。目線の先には正真正銘、ドイツ皇帝・ヴィルヘルム二世がいた。彼は手を振っている。その姿は威厳に満ちている。
「あの方が…」
ラインハルトは自身が帝国と、そして皇帝のために戦っているのだということを再度咀嚼した。今まで感じたことのないような感覚がラインハルトの中には渦めいた。
皇帝の列はすぐに通り過ぎていった。ラインハルトはまだ余韻に浸っていた。
「すごかったわね!」
ケリーが興奮気味に言ってくる。
「すごかった…」
ラインハルトは小さな声で返した。
ケリーは見終わると、早速話題を切り出してきた。
「さてと、話を聞かせてちょうだい。今まで連絡もなしに、どこで何をしていたのか」
ラインハルトは唐突に現実に引き戻された気がした。そもそも、ケリーには自分が軍人になったこと、そこで大きめな戦果を上げてしまったこと、そして一人の少女を随伴していること、それら何一つも伝えていない。説明することが多すぎてラインハルトの頭の中はいっぱいになった。
「変な奴はいない…。よし…」
アグネスは隣で変なことを言っている。ラインハルトは、休日の生活が突然、不安に感じられた。
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