秘匿された手段
目的は手段を神聖なものにする。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832)
「……」
ラインハルトは自分の作戦室にこもって地図を見たままずっと悩んでいた。アグネスは資料を整理しては、ラインハルトに届けるため、その様子を見て気にならないはずがなかった。
「中尉殿、何かお困りでしょうか?」
「…」
ラインハルトは反応しない。
「中尉殿!」
「は、はい!」
ラインハルトは思わず変な声が出た。彼にはアグネスがそばにいることさえ気づかなかった。
「なぜ、そんな難しい顔をなさっているのですか?」
「いや、なんか変だなって思って…」
「何がです?」
ラインハルトは答えにくそうな表情をしていた。アグネスは深刻な悩みを抱えているのではないかと、ひどく心配になった。
「私でよければ話してください。力になります」
「ありがとう。ただ、僕個人の悩みというわけではなくて、第九軍の作戦立案について、何か違和感があるんだよね」
「違和感?」
アグネスは首を傾げた。
「うん。先日、ロシア第二軍に攻撃を仕掛けることは決定しただろう?で、どうやって進軍するかも細かく話しあったのに、肝心の手段についてはあまり話が進んでいないような気がするんだ」
「砲兵部隊による砲撃からの敵の塹壕に気を配っての攻撃ではないんですか?中尉殿も進言なさったのでしょうか?」
「進言はした。でも、少し流された。僕もその攻撃方法でやるものだとは思っているけど」
アグネスの疑問は余計に増える。
「なにか我々に隠しているのでしょうか?」
「それ以上の詮索は上官に対する無礼かもしれない。僕は言われた通りに従うことにする」
アグネスは釈然としなかった。それはラインハルトも同じであった。ラインハルトの中には砲撃以外の方法による攻撃が企図されているのではないかという推測が立っていた。
軍人は面子というものを大事にするから、砲撃戦を行わないことに一定の遠慮があって、自分に具体的な話がまわってきていないのだとラインハルトは考えることにした。
「新兵器の導入というのは本当かね?」
マッケンゼンはルーデンドルフに問う。
「ええ、本当です。我が国の偉大なる科学力によって、この兵器は遺憾無く力を発揮できるのです」
「そうか。それならば『カイゼル』もお喜びになるであろうな」
マッケンゼンは満足そうに笑った。
「しかし、陸戦条約で禁止されているのではなかったか?それについてはどう思う?」
ルーデンドルフは不敵な笑みを浮かべて答える。
「ええ、ですが問題ありません。あれは投射物による使用を禁止するのみで、ボンベによる噴射は想定されていません。それに…」
ルーデンドルフは置いてあったコーヒーで一度、喉を潤す。
「それに、なんだね?」
「祖国の勝利に手段は選びません。使えるものはなんでも使う。たとえ、国中の非戦闘員でも…」
マッケンゼンは息を呑んだ。マッケンゼンは眼前のこの男の目には、一点の光もないように見えた。
マッケンゼンはもう一つ尋ねる。
「そうだ、もう一つ聞きたいのだが、シュライザー中尉が彼なりに砲撃戦を考えてくれている。新しい兵器を使用するから今回は守りに徹してほしいと伝えるべきか?」
ルーデンドルフは少し黙った。マッケンゼンはその沈黙を不気味に感じた。このルーデンドルフという男を前にしては、歴戦の老将も背筋が凍るのだ。
マッケンゼンが痺れを切らして口を開こうとした瞬間、ようやくルーデンドルフは口を開いた。
「いえ、彼には黙っておいてください」
「なぜだね?作戦自体は事前に伝えなければ、円滑に遂行できないではないか」
マッケンゼンは至極真っ当なことを述べた。だが、ルーデンドルフは冷静に返す。
「私なりにラインハルト・シュライザーという人間を見てきましたが、おそらく彼は今回の新兵器の使用を嫌うでしょう。彼も、元はと言えば科学者の端くれ。世界条約に反してまで、このような形でドイツの科学力が使われることに彼は納得しないのではないでしょうか?」
マッケンゼンは黙った。ルーデンドルフの分析は確かであった。
マッケンゼンは少し間を置いて答えた。
「わかった。彼には黙っておく…」
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