ハイデル村へ
本当に大事なことで、格好つけたままやれることは一つもない。
ノーマン・メイラー(1923-2007)
「うぅ…、お母さん…、お父さん……」
ラインハルトは暖かい毛布にくるまっているアグネスが、うなされているのを見て心が痛んだ。おそらく村ではある程度の略奪などが行われている可能性があった。それは、ドイツが開戦初期にベルギーで行ったことから容易に想起された。軍部は否定していたが、敵国の誇張プロパガンダとは言い切れなかった。
ラインハルトは早いところ、ハイデル村の救出に行かねばならないと思った。
後日、ラインハルトはルーデンドルフに直接会いに赴いた。
「参謀長、私と砲兵中隊でハイデル村に行かせてください」
「ハイデル村?」
ルーデンドルフは首を傾げた。聞いたこともない村の名前だったのだろう。
「どうしてその村に行く必要がある?」
「ロシア軍がそこで露営しているからです」
「貴官の砲兵中隊だけで敵の露営地を襲撃すると言うのか?それはあまりに浅はかと言うものではないかね?」
ごもっともな意見であった。だが、ラインハルトには考えがあった。
「はい、確かにその通りです。ですが、ハイデル村の位置を調べましたところ、少々不都合な場所に敵が布陣していることがわかりました。ここで、その露営地を叩いて来年での作戦に有利になるようにしておきたいのです」
「ほぉ、なるほど。それならば、砲兵中隊で動く理由はなんだ?騎兵に任せるべきであろう。それに中隊で足りるのか?」
ラインハルトは言葉に詰まった。確かに自分の率いる砲兵中隊で攻める必要はないし、人数もまるで足りてはいない。だが、大人数でハイデル村に行けば、村そのものを破壊するほどの激しい戦闘になる可能性があった。
そして、もう一つの可能性も考えられたからだ。
「大丈夫です、参謀長。クリスマスまでには終わらせてきます」
「出撃許可をもらってきた…?」
「うん」
アグネスはポカンとしている。先日、ラインハルトに村を取り返しに行くと言われたが、まさか本当に行くことになるとは思っていなかったのだ。
「え、あなたってそもそもそんなに権限があるの?若い兵士は普通、戦場で銃を持って戦闘に従事するとかさ」
「う〜ん。まあ、基本はそうだと思う…」
ラインハルトもこれにはどう返すべきかわからなかった。
「でも、ありがとう。あなたのおかげで希望が見えた。村を救える…」
「まだ気が早いよ、アグネス。問題は少ない人数でどうやって村を救うか、だよ。露営している敵の人数はそこまで多くはないんだよね?」
「うん」
ラインハルトは中隊の人数でも十分に戦えるよう作戦を練らねばならなかった。さらに今回は大規模な戦闘ではなく、ゲリラ戦に近い形である。普段と違う形式でのやり方にどう対応するか、相当頭を悩ますことになった。
「ねえ、私も作戦立案に協力するよ」
「いや、アグネスは僕の質問に答えてくれたらそれでいいよ」
アグネスは特に何も言わなかった。
ラインハルトは軍曹や曹長たちとともに作戦をじっくり練ったーー。
出陣当日、ラインハルトは自信がなかった。人質となっている村人たちを生かしたまま奪還をするなど、本当にできるのだろうか。頭の中はそのことでいっぱいだった。
それに今回は、砲兵お得意の大砲が一切使えない状況だ。かなり難しい任務と言えた。
緊張でこわばるラインハルトの顔をアグネスはじっと見つめている。
「大丈夫?」
ラインハルトは正直に、緊張で頭が真っ白だ、と言おうと思った。しかし、かつてゲオハルトが格好良く見えた時のことを思い出すと、こう返さずにはいられなかった。
「ああ、大丈夫。絶対、村を奪還するさ」
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